3 草薙恭祐【現し世-決意】
「くそっ!!!」
草薙恭祐(31)はヘッドセットを外すと、床に叩きつけた。
部品が散らばる。
身体は汗にまみれ、肩で息をしている。
しばらくそのまま呆然としていた。
――まさか光秀がプレイヤーだったとは。
しかも女で17歳だと……?
恭祐は、ゲームで討たれた事そのものではなく、1年近くもその存在に気付けず騙されていたことが許せなかった。
これまでは順調だった。
恭祐は、足利義昭が朝倉家に居候していたところにログインした。
歴史にも詳しかった恭祐(足利義昭)は、自分がどういう立ち位置で、今がどのような状況なのかを瞬時に理解した。
情報は金。
それを現実世界で理解していた恭祐は、まず方々に手の者を遣わして情報を集めた。
そうして自らの立ち位置だけでなく、周囲の諸勢力の状況、環境について把握した。
情報を把握した次は、それをどう生かし自らに利するか。
その第一歩として、恭祐は美濃へ向かった。
美濃へ向かった理由は大きく2つ。
1つ目は史実通り織田信長の力を利用し上洛を果たすため。
2つ目は、その織田家にプレイヤーが居る事だった。
この仮想世界には、『管理者権限』を持つ絶対権限者が居る。
要は、ゲームで言うところの設定を変えられる権限だ。
そしてこの権限はある条件によって奪い取ることが出来る。
それは、『管理者権限を持つ者を殺すこと』だ。
殺した者にその権限が移る。それがこのゲームのルールだった。
恭祐の目論見は上手く行った。
想定外だったもう一人のプレイヤー、三好政勝が美濃を攻めてきたものの、信長はこれを見事に撃退。
その勝った勢いを恭祐は意図的に利用、後押しし、そのまま上洛させたのだ。
上洛するとすぐに恭祐は暗躍した。
手始めに挨拶に来た松永久秀を足利家の勢力下に引き入れた。
そして浅井家は先代の久政に再度実権を握らせ、以前庇護を受けていた朝倉勢も併せて足利家に靡かせた。
そして信長が美濃へ戻る道中、一気に襲い掛かった。
その結果、信長は討てなかったものの、多数の織田家武将を討ち取り大勝した。
ここまでは完璧とは言えないものの、恭祐の思惑通りに事は進んでいた。
しかし、である。
細川藤孝と並ぶ懐刀であった明智光秀は、プレイヤーだった。
そして恭祐は、その17歳の小娘に敗れたのである。
恭祐は、これまでほぼ負けを知らなかった。
学生時代も、社会人になってからも。
もちろん学ぶべき時に失敗はしている。
失敗は、負けではない。学ぶステージだ。
その失敗を生かして二度、同じ失敗はしてこなかった。
ただ、このゲームが初めてのプレーだったが、今回の結果は失敗ではなく負けであった。
それが自分ではよく分かっているからこそ、悔しかった。
――もう一度。
そう。
負けではなく失敗とすればいい。
もう一度ログインして他の武将になり、光秀に、プレーヤーたちに雪辱を果たす。
最後に勝てばそれは、成功だ。
恭祐は気を落ち着けてPCのデスクに座った。
ヘッドホンは修理すればいい。
まずは同じ世界にログインが可能かを調べようとした。
ゲームアプリをクリックする。
すると――
赤い文字。
―警告
―歴史乖離率
―12.5%
―条件を逸脱しているためログイン不可
――なんだと?
何度やっても、ダメだった。
歴史乖離率。
これは、ただ単に史実との乖離している割合を示していたものと思っていた。
どうやら、違うようだ。
これが原因でログインできないらしい。
そうなると、だ。
逆を言えば歴史乖離率が減少すれば入れるようになる、という事だ。
恭祐は大きく一息つくと、椅子に深く座った。
――よし。分かった。
――待ってやろう。歴史乖離率が下がって入れるようになるまで。
そう決めると恭祐は椅子から立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと一気に喉に流し込んだ。
恭祐は、自分が思っている以上に、この世界に入り込んでいたのだった。




