第八十二話 『PythonとQASM:原始人が挑む量子のアセンブリ』
第八十二話 『PythonとQASM:原始人が挑む量子のアセンブリ』
今日は、そのままダラダラして家に帰って来た。
けれど、万が一、最終作品が出来なかった時の為に、プレゼン発表は、これまでの日々の顛末を少しずつ書き足していっているのだ。
もし、自分が作っている電子工作とプログラムは失敗しても、卒業制作最後のプレゼンは絶対にやらなければならないのだ。
けれど、一応学校のルールでは、作品自体は、完成しても完成しなくてもどっちでも良かったのはずなのではあるが、最終発表が出来ないなんて、ええ大人がこっぱずかしい話ではある。
学校で、七ヶ月学んだ事の成果を発表するのに、
「何も出来ませんでした」では、流石に阿保阿保阿保である。
それに、いっちゃんは、最後のプレゼンだけは、きちんとやって、プログラムの学校に来た証しを残したかったのだ。
まあ、就職は一安心だが。
今、クラスの学生達が書いているレポートと言うか、最後のプレゼン資料は、次に入学してくる生徒達が読めるようになっている。
なので、学生達は、本当は失敗しても良いのだ。
失敗例の紹介も出来るからだ。
それに、これから、必ず似たようなシステムを構築したいという奴も出てくるはずだから、失敗しても、それを吸収出来る養分くらいにはなるだろう。
なので資料だけは残さなければならない。
いっちゃんは阿保なりに、何とかコンパクトに小型化にとか考えていたが、
290円の超小型マザーボードなんか出て来ると、それを頭脳として、基盤にブッ刺し、有線でプログラムをぶちこんで独立させたらしまいになってしまった。
更に、高度なAIをぶち込めるようになったら、もう勝手にバージョンアップもやってくれるかも知れない。
マザーボードにAIを組み込み、バージョンアップも勝手にやって、あちこち家の中で、好きにカスタマイズの電子DIYが出来るようになるだろう。
今、巷で言われているように、AIが発達して、仕事がなくなるってしまうのは、ある意味正しい。
毎年作り変えていた六法全書や、辞書の類いもAIが更新してくれる。
本屋に行かなくても良くなるし、まあ、漫画や小説は、未だに、紙好きな人は多いが、そんな人でさえ、最近は、スマホで読み書きが慣れてしまっているので、そろそろ紙も要らなくなるかも知れない。
人間は、更に行動が要求される。そういう道具を使って、先に進める人間だけが生き残れるのだ。
先に進めるのはパソコンいじりとかではなく、それを使って宅配サービスやウーバーとか、人間しか出来ない仕事を躊躇なく出来る事が必要なのだ。
仕事に貴賎なし、便利な機械やAIを使いつつ、現場の仕事が出来る人間だ。
介護とかもそうだろう。ロボット介護などまだまだ先だ。
人力が必要な所は人力なのだ。
所謂、見てくれの良い仕事だけがなくなるのだ。
それを出来ないとか言ってる人間はこれからは必要なしで、神に淘汰されるのだ。
更に、量子コンピューターの到来だ。
原始人の人間はこれから未来から来た人間と対話すべく、Pythonという名の身振り手振りジェスチャーと、Cぷらぷらを制御しながら、量子アセンブリ(QASM)に挑んでいくのだ。
会話なんて、出来るのだろうか?!今までのOSのシステムがまるで使えないのだから、最初からのやり直しだ。
性格を持った機械との対話なんてひと昔前は、SF世界だった。
しかし、現実に起こっているのだ。
なので、それに人間慣れていく為には、C言語で書かれたプログラムなど、ジェミニっ子に作らせ、小型マイコンボードにぶち込んで、細かい制御や防犯などやらせて、自分達は人力のバイトをすれば良いのだ。
美味しいラーメンを作ったり、ビーバーイーツでバイトで、会社帰りにバイトしたり。量子コンピューターについてだけ、新しい物理法則を認識してくだけで良いのだ。
昔ワープロから入ったジジイ達連中が、たった10年くらいでスマホまで使えるようになるのだから。
しかし、今度の黒船の量子コンピューターは、そんな簡単には行かないだろう。
(いーぢゃん、まだ性欲や、支配欲をもつラスボスはまだ現れないのだから)
と、いっちゃんは、色々想いながら、シャワーを浴びてウヰスキーを呑んだ。
続く〜




