96話 ヴァレニー・くっきんっ
【 12歳 晩夏 】
少し遅めの昼食をみんなと取る。試作に少し時間が掛かってしまったからな。今はみんなから感想を聞きながら俺も現地の料理を食べている。
とは言っても決まった定食みたいな物など無いのでお惣菜をかき集めた感じになっているけどね。メイドを大量に連れているせいか、好みが知られているお陰か、この旅の途中ではご飯を炊いたり前日の夜にパンを焼いたりしてるんで食事の不満がほとんど無いんだ。
なのに何故か旅より遥かに余裕があるはずのこの街の方が偏っていて、揚げたご飯があるのに何故か炊いたご飯が無かったり、微妙に大きい上に硬く焼いたパンなど食べ難い物が多かった。
そんな中漸く見つけたのが揚げパンと言うか、揚げ餃子と言うか、ピロシキ? だった。やはりイースト菌が無い影響なのか、無発酵の生地で具材を多めに包んで揚げる料理がここでは発達したようなのだ。
特に変わった具材の物は無く、猪の肉や根菜類の入った物を動物性の油で揚げたものだったので通り過ぎようと思ったら、50cmくらいはある極太のバゲットみたいなピロシキが目についたのさ。
しかも口に入るぎりぎりか超えてるくらいの太さだし、どうするのかと聞いたら態々切って渡すとか言うんだよ。太巻き状にしたって食べ難いんじゃないかって思う訳じゃん、普通さ。
お薦めだとは言うが断ろうと思ったのだが、メイドが試しに買ってみたらと言うので買ってみたんだよ。そうしたらさ、店員は極太のピロシキを縦方向で 2分割にし、断面に千切りにしたリンゴの皮とソースを掛けてく渡してくれた。
そっち方向で切るのかよと…… 二人前で良いのか、これ?
で、結局それが今日の俺の昼ごはんとなった訳だ。
まぁもう半分は新人メイドたちの胃袋に入ったがな。デカすぎんだっての。
◆
食後は休みがてら男爵家の 3人と雑談をした。
3人が出歩いて食べる事は滅多に無いらしいらしいのだが、長男のサルフレクスさんが美味しいものを見つけると家族に買って来る事があるのだとか。彼も領兵から聞いたり、狩りの帰りに匂いに釣られて見つけたりと頻繁ではないらしい。
話しを聞いていると、どうもこの町の料理の傾向は労働者向けの脂と塩が効いたものと、行商人向けの味を抑えた日持ちするもので別れるようで、当然彼女たちは行商人向けのものはほぼ食べた事も見た事も無かったそうで、揚げたご飯も見たのは今日が初めてだったらしい。
「フェンさん、あの揚げたご飯って行商人向けだったの?」
「ええ。ですので持ち運びやすいよう同じ大きさと厚さでしたでしょう?」
まぁ確かに全部草鞋みたいな形と大きさだったな。
「あれは日持ちするので、そのまま食べたり水で戻して食べる物ですな」
「水?!」
「ええ。魔道具があれば湯で戻すのでしょうが、まず行商人は使いません」
「あ~ 火属性魔法も使えないからか~」
「使えてたら料理人でも何でも成れますからなぁ」
「ルァニエス兄さまは色々とできるのですねぇ」
オルサリクス君がキラキラした目を向けて言ってくる。
くっ 濁り無き目が眩しいっ 浄化されてしまいそうだ。
「家は兄が継ぐからね。何でもできるようになっておきたいんだよ」
「そうなんですね。じゃ、ボクも頑張らないといけないのですよね」
「好きな事から始めて、できる事を増やしていけば良いと思うよ」
「はいっ」
可愛いわぁ 愛い奴めぇ~
観光しておいて何だが、ここで何日も滞在する訳にもいかないので、みんなに旅程の相談する事にした。ダラダラしていては、無理に付き合わせてしまっているロァヴェルナさんにも申し訳ないからな。
「別に私は構わないわよ? 連日珍しい経験ばかりだもの」
「そうなの? かな? となるとドワーフ領で待ってる人がどう予定を考えているかだけって事かな?」
待ってるよな? たぶん。
「若様、予想ですがあちらの想定されてる旅程をかなり前倒されていると思いますぞ。通常、初日以外は歩く速度が落ちますし、真冬でもない限り行商人でも 2日歩けば 1日は休むものです。もちろん、回復魔法を使いながら移動する行商人など存在しませんぞ」
「それもそうか…… フェンさん、無理させてた?」
「まさかっ 魔道具をお借りしてますし、回復魔法も掛けて戴いてますのでわたくしは大丈夫ですぞ」
わたくしはか…… だよね。
「アリーとティーエは旅の間、きつくは無かった? 遠慮せず答えてね」
「 ……ティーエはどう?」
アリーがティーエに促す。
「えーと、少し速かったですけど、疲れてはいないです」
「「良かった」もちろん、わたしは全然平気ですわっ」
アリーは元気過ぎるし…… 空いてる時間で魔物の解体をするぐらいだものなぁ
よーーし、のんびり行こう。多分フェンさんとティーエが一番きつそうだ。
ここからドワーフ領の先の調査も考えないといけないし、少し準備もしようか。
「ここから山道だし、ゆっくり休んで、物資も揃えてから進もうか」
「は~い」「賛成です」「おー」
足りなくなってから途中で帰っても良いけど、数人だけ帰すとかは不安だしな。
食料と資材は切らさないようにしないと。
「ねー、ルァニ~」
「なに?」
「思ったんだけどさ。あの乾燥室ごと買ったら?」
「 ……何、無茶言ってんだ」
「そうしたら現地で作れるじゃん」
「運ぶの大変じゃん!」
「いや、魔力次第だし、魔導器に変えて夜だけ使うとかさ~」
「いや、店が売ってくれないんじゃない? と言うか、買うならドワーフ領でじゃない?」
「それもそうか……」
ヴァレニーにしては鋭いが、相変わらず方向がぶっ飛んでる。店が困るだろ。
「 ……いやっ、ルァニが作れば良いじゃんっ!」
「無茶言うなしっ!」
「「「作れるのですか?!」」」
「多分作れ「無理っ!」る…… 諦めちゃうのぉ?」
「現物あっても無理だってば」
「そうかなぁ~」
多分アイドル魔法で再現できそうなんだろうな。
複数の属性を扱う魔道具は何段階も難しいんだよっ
午後も魔道具を見たり保存食の買い出しを行なったりと町を散策した。
もちろん乾燥室を調べたりはしていない。店に設置されている物以外に現物は無いんだよ。大きな物は全て受注生産が基本だからな。
それに、ここに置いてある物も大体が定番品の発展型で、村などで使用される物を想定して販売しているんだ。つまり、想定している顧客はあくまで地方の行商人なのさ。当然、俺が作れない物を数多く売ってはいるのだけど、流石に業務用や工業用なんて物を作れる人は居ないんだわ。
「若様、食べてすぐで何なのですが、夕食はどうされるのでしょうか?」
「あっ 父様が何か一品作ってくれないかと言ってたのを伝え忘れてました」
オーレイリア嬢が申し訳なさそうに言う。
「そうなんだ。昨日とは別の物が良いよね? きっと」
「昨日狩った鳥を料理したら? 折角だし~」
「それも良いかな? でも、被害者を出してる鳥だけど大丈夫かな?」
「そうですわね、聞いてみますわ」
オーレイリア嬢付きのメイドがパタパタと屋敷へ戻って行ったので、慌ててメイドを付いて行かせた。念話が使えないと合流するのに商店街をぐるぐると回る事になるからな。
「あたしも手伝おうかぁ?」
「「ダメ」遠慮しまーす」
ロァヴェルナさんとハモる。
「なんでよ! 熱するくらいはできるけど」
「加熱も結構大事だからダメ~」
ヴァレニーは料理のセンスが壊滅してるからなぁ……
前に森で狩った猪を焼くのを任せたら、頭と腕をもいだ後、内臓をツボ抜きしてそのまま直火で焼きだしたんだ。 ……毛皮のままでな。
生木を強引に燃やすから煙が凄い事になるし、猪の毛だけを焼いてそのあとどうにかするのかと思ったら、鮎の塩焼きみたいに串差しでそのまま焼きだすしで飛んでもないんだもの。どのタイミングで止めて良いか判らなかったから、ルティ姉と何で止めないんだと責任の擦り付け合いをしてしまったわ。
血抜きも中途半端な上に肉を切ってもいないから、肉が焼けるんじゃなく内部の水分で炊き上がるんだよ。毛の焼ける匂いと、血やら何やらが混じって沸き立つ悪臭にロァヴェルナさんやルティ姉までげっそりとしていた。
ヴァレニーは煙が自分に当たらないよう魔法の風で守ってたから、断面から出てくる美味しくなさそうな色の煮汁を見るまで失敗と匂いに気付かなかったんだわ。
もちろん埋めたぞ……
そのやり方は甲殻類だけにしてくれっっ
中々に凶悪な体験だった。
作中の世界には生野菜を食べる習慣は現時点で無いです。もっと南の地域が出ればあるかも? 作中のハーブの記載は大体乾燥したハーブで、子爵領のように家庭で畑を持っていれば生で使いますが、エルフのように専門の調理師が大量に料理して出す外食中心の文化では余り使いません。年中使うには乾燥させるか塩蔵、オイル漬けする必要があります。
ちなみに果物の皮だけで生野菜風って発想自体も、作中では珍しかったので主人公以外の住人も結構驚いてたりします。
こちらの世界でも生の野菜は南方から北方に伝わったようで、東南アジアの空心菜やパクチーとか、エジプトのレタスや大根(蕪)など南方が原産です。中国を含め北方は保存食が発展する傾向にあるようですね。どの時期でも生えてるのと、生えているところから運ぶって違いもあるかもしれませんね。
体育座りで肉が焼けるの待つヴァレニーと、誰が止めるかで話し合う外野陣……
大型の虫の足を蒸し焼きするなら合ってはいます。




