12 鳥の国から 干潟の砂入れ 1月2日の大冠水 1997年2月
すずがも通信102号 1997年2月号 鳥の国から
ゴゴオーッ、ゴーッ
ブルドーザーの轟音がひびきはじめたのは8時半ころでした。12月27日の朝。今回の保護区の再整備工事の中でも最大の難関、「干潟の砂入れ」の仕上げです。
粘土質の干潟の状態を少しでもよくするために、池を掘る時、表層の粘土の下の砂を鈴が浦に運ぶことを計画しました。底質改良のためには、干潟の表面にできるだけ広く薄く砂をひろげたいのです。むかしお埋立のように、砂と海水をまぜて流し出すことができればいちばんよいのですが、あいにく、そんな都合のよい機械があるわけではありません。
「そうだねえ。ポンプで流すっていったら、1年かかっちゃうと思うんですよ。ともかく、先へ先へ出すようにして、運んで少し置いて砂が落ちついたところで、ブルを2台つないで押してみますよ」
砂運びがはじまったのは12月16日のことでした。11月のうちに、干潟のすぐ手前まで、がっちりとした工事用の通路ができました。昨年、雪で泥田のようになった通路にさんざん悩まされたことから、今年は大型ダンプがすれ違うことができるような堂々たる通路、さらに、30m四方もあるUターン場所までできています。運ぶ砂は、今年度の工事のうちえ唯一深めに設定した「長靴池」から掘り上げます。ふたをしたように保護区の全体をおおっている粘土の層の下に、通常の埋立に用いられた砂の層があり、それを使おうというわけです。砂層が思ったよりも深い位置にあって大きいユンボー(パワーショベル)のアームが届きにくく、どうなることかと心配しましたが、さすがプロ。まず50㎝ほど土を掘り下げてユンボーを据え、ダンプの通路には鉄板を敷き、着々と砂層を掘りはじめました。
さて、少しでも工事がしやすいよう、夜中の潮時をみはからって干潮時に水門を閉め、翌日、保護区内の水位よりも外の水位が下がる時間に再び水門を開け、何時間かたって外から海水が入る前に閉める、という操作をくりかえし、下げられるだけ水位を下げました。保護区と外の海をつないでいるのは幅3mの「千鳥水門」と、180㎝径のパイプである「暗渠水門」の2ヶ所。暗渠水門からの水の出入りはそれほど多くないので、千鳥水門だけの操作です。
通常の最大干潮時よりおよそ3時間遅れて、外と中の水位が同じになるころ、ざあざあ音をたてて流れている水流がゆるやかになって水音が消え、いっときぴたっと止まりますが、1、2分のうちに逆方向へ動きはじめ、10分もたつとまた水流が音をたてるようになります。潮の時間を見定めるのはむずかしく、ちょうどタイミングよく潮が止まったところに行きあうと、やったね、とほくほくしますが、開閉に10分ほどかかる水門がまだ動いているうちに、水流がまたざあざあと音をたてはじめるのです。
砂運びは通路確保のおかげで思ったより早く、2日半で終わりました。干潟に山積みになった砂は水を含み、人が歩いてもずぼっと足がもぐります。石川君が毎朝のように胴長をはいて干潟に下り、せっせと排水路を掘ってくれたおかげで、10日ほど放置された砂はいくらか落ちつき、いよいよ最終日をむかえました。
オレンジ色のブルドーザーは蕪木さん。キャタピラがぜんぶ埋まるところまで突っ込んでいます。乱暴なほど大胆な動きですぐわかります。ワイヤーロープでつながれた黄色のは黒沢さん。こちらは慎重で正確無比な動き。2人ともベテラン中のベテランです。呼吸を合わせてバックし、安全な位置までもどりました。私が仕事をしている傷病鳥舎の治療室からは、真正面の現場が手にとるように見えます。二重にした太いワイヤーも何度か切れたとのこと。もぐるか、埋まるか、もどれるか。息詰まるような二時間あまりがすぎ、二台のブルがひきあげはじめた時には、心底ほっとしました。
何度か潮をかぶった砂は干潟らしくなだらかに落ちついた地形になりました。1年もたてば、チゴガニのダンスが見られることでしょう。もう、オナガガモが上がったり、アオサギがまわりで獲物をねらったりしています。よかった。
さて、潮といえば、1月2日の夜に珍事がありました。原因はよくわかりませんが(註;猫実排水機場の水門操作をされていた住み込みの管理員の方が、操作時に倒れ、後に亡くなられたとのこと。後で伺いました)、下流の猫実水門が開けっ放しになって、丸浜川をはじめ、南行徳一帯の排水路に潮があふれたのです。Dマート(現在はヤマダ電機とイオン)の前の道路などあちこちが冠水し、南行徳駅付近には水びたしになった公園がありました。何しろ、欠真間三角は潮がいっぱいで、福栄公園横の暗渠から湊排水機場に向かって勢いよく流れていたのです。幸いに小潮、またお正月の夜遅くで交通量も少なく、実害はほとんどなかったと思いますが、丸浜川のミミズやネズミにとっては大災害。この日の日中は南風で潮がひどく高く、こんな時に水門がこわれたら行徳沈没か、とぞっとしました。
駐車場脇のロウバイが香りのよい半透明の薄黄色の花をつけました。冬の小鳥がたくさんいます。赤いトキワサンザシから黒いトウネズミモチ、黄色のセンダンまえ、木の実はほとんど食べつくされてしまいました。餌場のセグロカモメの群れにシロカモメがまじったり、キジの雄のけんかが見られたリ、ちょっと楽しみな鳥の国です。本年もどうぞよろしく。




