出立
オズの義手と義足が完成した。予定通り良質な板金鎧二領を潰して作った鉄の手足である。魔力で圧縮に圧縮を重ねたので、見た目よりも数倍重い。装着時のオズは成人男性二人分近くの重さになり、馬に乗るのも憚られるほどだった。また、義手義足による打撃は超重量の鈍器の強振に匹敵する。
それだけでなく、「改造人間とは」と言うオズの他人には理解のできない拘りが存分に発揮されたためおかしな仕掛けが幾つか追加されている。
指先には小さな穴が開いており魔力を打ち出す射出口になっており、手首が外れ前腕に格納された実体弾を打ち出せるようになっている。無論打ち出すための動力は魔力である。
右足の踵からは杭を打ち出せるようになっている。これは浪漫兵器であると同時に体を固定するためにも使用する。
出来上がった義手と義足を装着したオズは得意満面の笑みを浮かべて言った。
「ようやく機械の体を手に入れた。永遠の命への第一歩だ」
「いや、機械じゃないよね。ただの鉄でしょ?」
リカの突っ込みも耳に入らない。
「後は変形できるようにしたんだけど、どうしたら良いのか分らないんだよね。曲げたり大きくしたりできたら良いんだけどなあ」
「それ、もう金属じゃないから」
「何かで繋いでたら、飛ばしても回収できるかな」
「調子に乗り過ぎ」
砦の攻防を経て、イガの団の武名は上がりつつあった。大魔術を何度も行使できる魔術師を抱え、寡勢で敵指揮官を討ち取ったこと。また、仕事を選んでいるが故のことだが、イガの団が与した側は負けないとの噂が流布され、あちこちの戦場から声が掛かるようになった。
良い仕事を選べるようになり、更に評価が上がる。良い循環が生まれていた。
子供の頃から訓練を続けている面々は、魔術に関する固定概念がなく、オズ達に教わる魔法や知識に抵抗がないためか飲み込みが早い。彼等なりに考えた魔法を身に着けて戦力になった。
トカウの場合は風を使って遠方との声の遣り取りを得意としている。彼自身の戦闘力はそれほどではないが、作戦立案力と相まって全体を指揮する方向へ特化しつつある。
これまでのイガの団は戦場で与えられた役割を果たすだけだったので、指揮官は小部隊の士気を上げることができればそれで良かったが、団が大きくなるにつれ戦場全体を見ながら戦いの趨勢を見極め、幾つもの部隊を指揮する人間が必要となってきている。トカウの台頭はその要求を満たすものだった。
出奔したとはいえ、サージェン四等爵家で学んだことが存分に生かされ始めていた。
トカウの成長とは裏腹にヤージェは衰えていく。鍛え上げてきた武人とは言え既に五十が近い。まだまだ若い者には負けぬと強がるものの寄る年波にはやはり勝てない。
そんな中でリジュが病にかかった。イガ村全体で医師や薬を探して奔走したが、その甲斐もなくあっさりと死んだ。サージェン家からの逃亡でずっと気を張っていたが、トカウが成人したことでその気が緩んだのだろう。まるで思い残すことのない死に顔だった。
死に際のリジュの言葉にヤージェは泣いた。
「……ヤージェ様、トカウとサージェン家への忠義、本当にありがとうございます。ヤージェ様は私達を捨てて自由に生きられたのに、ずっと守って下さって本当に感謝しております。ようやくトカウも成人しましたが、まだまだ未熟です。あと少しで構いません。トカウを見守ってやって下さい」
「奥方様、わしも老いました。それほどお待たせせずにまたお会いできるでしょう。その時には土産話を沢山して差し上げます。いずれ若様にはサージェン家を継いで頂きますので武勇伝を楽しみにしていて下さい」
リジュの葬儀から数日が経った。家に閉じ籠っていたトカウが村の集会場に姿を見せた。幹部達が集まって各地の情報を交換し、次の戦場をどこにするか会議をしているところだった。
「イガの団に依頼があります。サージェン家の奪還を手伝って頂きたい。報酬は後払いになりますが、タナンの町の近隣の山を一つとサージェン家の兵団としての身分。奪還後三年は山の税は免除します。いかがでしょうか?」
青褪めたトカウの顔は決意に満ちており、団長であるオズの問いかけに間髪入れずに答える。
「本気か?」
「本気です。タナンから逃げた時の私は子供でした。子供故に仇討ちをしたところで領主にはなれませんでしたが、皆様のお陰で成人することができました。今なら亡き父の敵を討ち、憚ることなく領主になることができます。母は家に縛られることなく自由に生きろと言ってくれましたが、私の心には棘が刺さったままです。このままでは私は棘から腐ります」
「そうか。……クシドさん、食料はどのくらいある?」
「村の収穫はまだ大したことないですが、少なく見積もっても村民全員が一年食べていける程度を購入できる金はあります。タナンのある東方はまだ落ち着いていますから穀物も安く買えるでしょう。糧食には問題ありません」
「動けない人はどのくらいいる?」
「妊娠している女が三人に乳幼児が五人、未成年が二十人いますが、半分は戦えます」
「団から十人残す。彼らを中心に守って貰えば滅多なことは起こらないだろう。クシドさん、留守を頼む」
「任せて下さい。団は引退しましたが、訓練はまだ続けています。そこらの輩には引けを取りません」
「トカウ、聞いての通りだ。イガの団の五十人がサージェン家奪還に助力しよう。だが、サージェン家の私兵が百人に民兵が動員されれば最大で七百人程度だったか? 常識で考えれば勝てる相手じゃない。それでもやるのか?」
「やります。正面からぶつかるだけが戦ではありませんから。それに、タナンの町や城のことは良く知っています。策はあります」
「分った。いつ動く?」
「仕度ができ次第」
「良し、全員出立の準備を始めてくれ。七日後に出る!」
「おう!」
幹部達が慌ただしく集会場から出て行った後、残されたのはトカウとヤージェだった。
「若様、ようやくですな」
「ああ、ヤージェ、永く待たせたな。だがこれからだ。老け込んでいる暇はないぞ。今暫く私のために、そして亡き父上のために働いてくれ」
「勿論です。ヘツギめの首級、必ずやこの手で」
「頼んだぞ」
「はっ!」