ムチャ振りと無茶苦茶
「(そんなん、聞いてなあい!)」
あたしは、心の中で大絶叫していた。
我が彼氏さんこと 匠さんに誘われ、本日来ているとある公民館。
地域の神社のお祭りの練習、とは聞いていたよ?
でも、参加者の大半が外国人で、今日は通訳補助で呼ばれたなんて、そこまでは聞かされてなーい!!
「え?アイちゃん、匠から聞いてないの?」
隣で同じく驚いた顔をしているのは、彼氏さま 匠さんのお兄様。
「俺の彼女、こういうの…好きじゃないみたいでね。
だから、匠に声掛けたんだけど…悪いことしたね。
匠は、こっちから怒っておくよ。」
おにーさまは、参加者の輪に飛び込んだまま帰ってこない弟 匠さんを困った声で見つめていた。
まあ…
義姉さんは、ナンパ男の相手も苦労してたくらいだから、確かに来ないと思う。
「…で、アイちゃん、英語は?」
おにーさまは、話せるかどうか聞いてきた。まあ、主催側としては気になるところよね。だから、迷惑掛けないためにも、聞いてみた。
「完全な受験英語ですよ。受験で使って縁が切れた瞬間、忘れました。英会話で使い物になるかな…」
とはいえ、今、仕事では、片言日本語を操りながらも逞しく働く在日留学生たちと接点がある。
彼らに出来て、私に出来ない訳がない。
人は皆、どこかに可能性を秘めているはずなんだから。
あたしは、前を向いた。
「…でも、何とかします。」
むしろ、やるしかない。
「英単語に困れば、スマホが通訳してくれるだろうし、
相手も在日なら少なからず日本勉強中ですよね。
仕事でも、日本語で話しても話の通じない在日日本人はどっさり!みてきましたから、善良市民の片言くらい大丈夫です。」
私は、「うっし!」気合いを入れ直した。
私に課せられたお題は、炭坑節を英語で説明する、だった。
炭坑節は踊れる。というか、炭坑節しか踊れないけど。
音楽を流して貰いながら
「dig,dig!
Reverse side!
dig,dig!
third dig starts reverse side!」
掘って、掘って~
逆側向いてね~
3回目の掘って~は、逆側でっせ~
発音も見苦しい程のカタカナだけど、こっちは、通じればいいやの根性だからクオリティなんか構っちゃない。
とりあえず、誘ってくれたおにーさまの顔は潰さないよう…それだけしか考えないように頑張り、楽しむ余裕もなく「国際交流」とやらは、やっと幕を閉じたのであった。
…まあ、結果オーライ
何とかなったから良かったけど…なんか、疲れた。
会場の片付けを始めた時に、ようやく匠さんは、帰って来た。
「楽しめた?」
んなわけないでしょ。
「何とか終わってくれて良かったって感じでした。」
もう、脳ミソ、くたくた。
「無理、させちゃったみたいだね。ゴメン。」
匠さんは、素直に謝ってくれたけど…なんだかな。
「俺、今回 アイちゃんの器用さにちょっと甘えてた。多分、何とかやりこなすだろうって。」
わかってんね、そうなの。
皆そう思って、あたしに 甘ったれてくるんだよね。
でも。
あたしも、バカなんだよね。
作り上げてきた『あたし』があるから、出来ないとか、簡単に言いたくなくてね。
どこまでなら出来る、
その先は応援下さい、
とか、線引きを提示するくらいの状況把握してこそ、大人のNO。
と、真面目過ぎるから、仕事でいつも損してる。
分かってるのにね。
「…何とかで良ければ、やるにはやりますよ…」
言っちゃうんだよね、バカだな…って思いつつ、自分のイメージ守りたさに。
隠しきれなかった疲れた声になったあたしへ 匠さんが また笑ったときだった。
「俺には、嫌な時は、ストレートに『嫌』って言っていいよ?
今回、説明不足だったのは、俺が悪いんだし。」
私たちの視界の端で、おにーさまが参加者側の代表者と流暢な英語で何か話している。
冗談も交えているのか、リラックスした笑いが何度か上がっていた。
それを、お互い気がついていたからか。
「アイちゃんは、高いクオリティを自分に課しすぎなくていい。
俺は、むしろ、下げまくった所から始めて、そこから楽しくしたいんだ。
どんなアイちゃんとも、楽しくない時もそれを一緒に楽しくしていきたい。」
はあ、
疲れたアタマが、辛うじてため息を圧し殺した。
楽しくない時もそれを楽しく…ね。
貴方、メンタルが鉄のファイターだね…どんだけ前向きなのよ。
それに、どんだけ彼女に前向き求めるのよ。
そして過る一抹の不安。
もしかして、
貴方のハイパーメンタルに疲れるとき…いつか 出てくる?
弱気になった時のあたしが、付き合いきれない時とか…そのうち 起きる?
気が付いてしまったからには、聞いてみた。
「嫌、って言ったのに 却下とか、あったりするの??」
すると、目の前の人は、一瞬驚いた顔をしたけれど。
「絶対は…約束出来ないけど、アイちゃんの『嫌』は、取り除きたいから、一緒に考えよ?」
そんなの、信じない。
だって、仕事で 会社で 職場で さんざん騙されたもん。
『権田、相談にはのるから』
相手には、そう言われたのに、時が経てば
『それぐらい出来るだろ?』言われた。
仕方なく、自分で判断して失敗すると
『何で相談しなかったんだ!』怒られて。
悔しかったから、出来るようになったら、また仕事増やされて。
…そんな言葉、信じない。
ふと、匠さんが呟いた。
「アイちゃん、俺は、逆に無理せずNOを出された方が安心する。
『早く知りたかった』とか、俺が後悔するより ずっといい。
それより、アイちゃん…
そういう時は『助けて』って、早々と俺を頼ってくれた方が、嬉しい。」
えっ…そういう人なの?
「勿論、頑張ってやりきってくれるアイちゃんも助かるけど、
アイちゃんに頼られるって、気分いいモンなんだよ?」
そういうモンなの?
出来ないって言っていいの?
あたし、頑張り抜かなくていいの?
余裕残して断ってもいいの?
…受け止めて、くれるの?
弱気になった時のあたしでも?
「アイちゃんは、一人で抱えて無理をしちゃう。
俺と一緒に考えるのを、当たり前にしよ?」
それは、受け止めてくれるってこと…?
返す言葉に困り、沈黙が流れた時だった。
「匠、帰れるか?」
参加者を見送ってきたおにーさまが戻ってきた。
「あらためて、アイちゃん…今日はありがとう。困ったこととか、あった?」
いや、寧ろ今、お宅の弟さんに困ってますが?と思ったりしたけど。
「むしろ、匠の無茶振り?」
…あ。
思ってたこと、そのまま言われた。
おにーさま、優しい顔して意外に直球投げるんですね…
「弁解の余地もないだろ?匠?」
しかも、連投とは。
でも、この沈黙の間に思っていた事がある。
「確かに…
いきなり英会話とか衝撃デカかったですが。
時間が短くて、話す構文が限られてるなら大丈夫です。
フリートークや意見を述べ合う、だったりすると、お手上げですけど。
次回また誘って頂いても大丈夫かもしれません。
…匠さん、頼ってくれていいって、さっき言ってくれたし。」
確かに今回、無茶振りだったけど。そもそもが、あたし自身が、普段から無茶どころか、無茶苦茶してる。そんなあたしを受け止めるのだ。
それぐらい普段の生活に余裕のキャパが無きゃ、あんな発言すんなり出てくる訳がない。
もし、出たとしても、キャパを見ずには、信じてはいけない気がする。
この人は、信じて良いと思う。
「あたしが 究極困ったら、助けて下さい、ね。」
匠さんを見た。
「うん、大丈夫だから。」
匠さんは、あたしを見返して頷く。
そのやりとりを見ていたおにーさまが、そう、とだけ言った。
「じゃあ、俺…帰るね。」
その表情は、柔らかくて優しくて、年上の「おにーさま」だった。
おにーさま、大丈夫です。
いいお付き合い、させていただいてます。