002 TSF、そして塩パスタ
スズキは輪廻転生したらしい。
10歳頃まで昔の記憶は霧の中に沈んでいたが、11歳の誕生日を境に、すべてが鮮明に蘇った。まるで長い眠りから覚めたように、前世の記憶が怒涛の勢いで押し寄せてくる。
「こだわりがないからって、女にすることはないだろうに」
父は白人、母は日本人。この世界での名前は『セラ・スズキ』。生まれ育った場所は、前世では存在しなかった『アンゲルス連邦共和国』だ。直訳すれば天使の国。やけに御大層な名前だと思う。
見た目は金髪碧眼の三白眼。身長142センチ、体重38キロ。鏡を見るたび、別人の顔がそこにある。両親はすでに離婚しており、苗字は母親の旧称に戻っていた。その旧称が『スズキ』というのだから、なにかの因果めいたものを感じずにはいられない。
母親は正社員としてバリバリ働いており、家を空けることも多い。そのためスズキの食卓は、パスタを茹でて塩だけぶっかけるという、修行僧のような食生活が続いていた。食べ物なんて、腹に入ればなんでもいっしょだ。そう思っていた。
「ふーむ。塩パスタもそろそろ飽きてきたな」
さすがに一週間も続けると、食へのこだわりのないスズキでも飽きてくるらしい。しかしスズキの暮らす『ピースランド』は、前世でいうグリーンランドに相当する極寒の地だ。食事のレパートリーが少ない上に、外は今日も凍えるように寒い。唯一の救いは、本島からの資本でコンビニが建っていることくらいか。
「しゃーない。コンビニでピザでも買ってくるか」
スズキはコートを羽織り、オートロック式のマンションを出た。
『現在の温度:氷点下15度』
壊れかけたデジタル掲示板が、そう示している。実際、吐く息は白く、頬を撫でる風は刃のように冷たかった。スズキは肩をすくめながら、300メートル先のコンビニを目指して歩き始める。
「スズキさん。11歳で記憶を取り戻したようですね」
ふと顔を上げると、目の前にピンク髪の女が立っていた。白い吐息の向こうに、見覚えのある大きな瞳。
「マーズか。なんの用だ」
「貴方、TSFしたんですよ? それに対して文句もつけないのですか」
「つけたら、男に戻してくれるのならつけるけど」
「……とことん変人ですね」マーズは呆れたように目を細める。「それより、記憶を取り戻した貴方に朗報があります。前世で得た力を付与することにしたんですよ」
「ふーん」
「嬉しくないんですか」
「まぁ、ないよりはマシだけど。あればあったで、変なのに狙われそうだしな」
「それを跳ね除けてこそでしょう」
「あぁ、そう」
スズキはやや口を尖らせる程度で、それ以上感情を見せなかった。
「あの力のせいで散々な目に遭ってきたからな。脳を分割されたときは、さすがに嫌気が差したよ」
「大丈夫ですよ。アンゲルスには貴方より強い者もいます。それを乗り越えた貴方なら、きっと脳を分割されることもないでしょう」
「そうかよ。んじゃ、さっさとよこせ。おれはピザが食いたいんでね」
「マイペースの極みですね……。良いでしょう。頭に触れますよ」
マーズがスズキの頭頂部にそっと触れた瞬間、ほんの少しの目眩とともに、爆発的な力が全身へ流れ込んできた。血管の隅々まで熱が走るような、それでいてひどく不快な感覚だった。
「嫌な力が入り込んできたな。これでおれも、化け物のひとりってわけか」
銃弾をいくら喰らっても痛みを感じない身体。レールガンくらいなら歯で噛み砕け、核兵器を撃たれてもスズキだけは死なない。度し難い力を、今スズキは手にしてしまったわけだ。
「ケッ、くだらねぇ」
スズキは目を閉じて、力なく笑った。
「それでも、貴方には貴方にしかできない役割があります。それだけは忘れないように」
言い放つと、マーズは風のように消えていく。静寂が戻った極寒の路上で、スズキは首を傾げた。役割。前世でも散々聞かされた言葉だ。結局スズキは深く考えることをやめ、ピザを買いに歩き始めるのだった。




