隠密メガネ(改)
「おはようございます、殿下」
「おはよう。今日は雰囲気が少し違うね」
「はい、今日はいつもより大人しくしてみました」
「雰囲気が変わっても、相変わらず美しいし、可愛いよ」
「…え?」
(効果出てない?)
レオがアヴァロフ家にルミアを迎えにきた、翌日の午前10時過ぎ。護衛に3人の魔導騎士を従え、加えてジオルドが横についていた。今日は王都の修道院に新しくできた診療所へ行く日。
ルミアは昨夜改良した魔道具のメガネをつけ、長い髪は三つ編みにして後ろでまとめていた。
シドヴィスはルミアと並んで立っていた。昨夜からアヴァロフ家に泊まっていたので、一緒に馬車に乗り込んだ。
「シド、診療所で合流するんじゃなかったっけ?」
レオはシドから聞いていた話と違ったことが気になった。ルミアのメガネのことは、提案として聞いていたが、それ以上は知らなかった。
「ルミアのせいで昨夜は酷い目に遭った」
「酷い目って…ちょっと眠っちゃっただけでしょ?」
「あれは拷問だ」
ルミアは昨日、シドと一緒に魔道具の改良に励んだ。迷宮でジオルドに使った安眠効果の香りを出す、失敗からできた液体を魔改造して、安らぎの匂いと睡眠効果を分けたルミアは、それを使って実験を繰り返した。
もちろん、——シドを対象にして。
その安らぎ効果と錯乱を招く狂気魔石を掛け合わせ、新たな魔石へと変えた。成功するまでシドは何度も眠ったり、頭が混乱して暴れそうになったり、正気が保てず、怯え始めたり…とルミアは面白い反応が見れた、とレポートを取っていた。
やっと人に害がないことが確認でき、くたびれたシドを寝かせたまま、食堂で朝食をとって、成果を確かめた。
ルミアは久々に両親に会うことに緊張したが、『隠密メガネ(改)』の効果が知りたかった。
メガネをかけて朝食の席についたが、両親の反応は通常通りだった。母に話しかけても、殿下に失礼のないようにしなさい、と言われるだけだった。メガネがどうか聞いても、知的に見えるからいいんじゃないか、と父はルミアに言っただけだった。忙しい2人は早朝に家を出るので、あまり話はできなかった。けれど、少なくとも女神だ、なんだと騒ぐことはなかった。
「拷問なんでしてないわ。誤解よ!ちょっとメガネの改良に協力してもらっただけなの」
「…俺はもう二度と協力しない」
レオとジオルドは怪訝な顔でルミアを見る。ルミアは俯いて目を合わせなかった。
「あのシドがこんなに嫌がってるなんて…ルミア何したの?」
「……ちょっと存在感を消す魔道具作成に協力してもらっただけです」
(そりゃ精神に作用するものだもん。ユナで試すなんてできないし、アディはいないし、シドなら…)
「そのメガネ?貸してみてよ」
「ダメですよ、殿下!」
レオの差し出す手をペシっとジオルドが払った。けれど、ずる賢い王子、もう片方の手でスルッとルミアからメガネを奪った。
メガネを外した途端————
メガネが外れた、その瞬間、馬車の中の空気が変わった。
ジオルドの息が止まり、レオナルドの瞳が見開かれる。
そこにいたのは、見慣れたルミアのはずなのに——明らかに、何かが、異なる。
神秘的な、未知の美。触れてはいけない領域の輝き。
その身から滲み出るのは、異様なほど濃密な”気配”。
レオはその異様な”気配”の正体が何かわかった。
「ルミア、僕の隣に座って」
「…え?」
レオは声を落として、態度が豹変した。冷静で冷淡にも聞こえる声で、ジオルドに命を下した。
「ルド、ルミアと場所すぐ変わって」
「…はい」
ジオルドはすぐにルミアと席を変わった。ルミアは突然の緊張感に、逆らう暇も与えられなかった。レオはルミアの手首を掴み、隣へと引き寄せる。
そのまま、手を握り、強く、離さない。
ルミアは疑問に思いながらも、レオの右手の甲に刻まれた、精霊王の印が微かに光っているのがわかった。
「はい、メガネ返すよ。ごめんね」
隣で微笑むレオは、普段通りに戻っていた。声音も表情も、誰がみても違和感がない。
「殿下——」
(マナを吸収してる…?)
「手が冷えるからさ、今日はずっと温めてくれる?」
そう言って、握る力をわずかに強めるレオ。ルミアは彼のしたいことがわかった。けれど、その意図はわからない。繋げられた手は、ルミアから熱を奪う。なのに、暖かい。
一見、『恋に落ちた王子』に見える行為だった。
ジオルドもシドヴィスも精霊王の印のことは知らない。
兄と監視者は、ルミア達から視線を逸らし、ため息を吐いて呆れた顔で語っていた。
——『他所でやれ』と。




