スフィラの秘密
4月になり、温室にある植物たちは競うように鮮やかな花を咲かせていた。ルミアは庭師のビリーと顔を合わせるようになって一段と植物に詳しくなった。まだ風が少し冷たい夕方、ビリーと植物に肥料を与えていた。
『ビリー・ジェイダーズ62歳(男) 魔力F アヴァロフ家の庭師 』
「ビリーさん、温室はずっとあったかいのに春がきたってどうしてわかるの?」
「それは太陽の光に関係してるんですよ。冬より春の方が日差しが多く当たりますからね」
「なるほど。じゃぁ光を多く当てれば冬でも花は咲くってこと?」
「魔石の光じゃ変化はありませんから難しいでしょうね」
「あ、そっか…太陽の光じゃないと意味がないのか…」
ビリーと会話するようになってルミアは植物に興味が湧いていた。女神の加護で鑑定した植物の情報とビリーから教えてもらった植物の情報を確かめていた。
「お嬢様〜お手紙が届いてますよ〜」
温室の入り口からユナの声が聞こえ、ルミアは次女の待つ入口へと向かった。
「手紙?誰から?」
「ヘイレスト公爵からです」
「え?」
(ヘイレスト?)
ルミアは手紙を受け取ると、目を通して眉間に皺を寄せた。内容は明後日、学園の見学のことで迎えをよこす、とのこと。
「これって父様も母様も知ってるんだよね?」
「えぇ、目を通されてましたからご存知ですよ」
「何か言ってた?」
「いいえ、何も」
「ふーん」
(わざわざヘイレスト公爵から手紙なんて…)
「お嬢様。最近食堂へ行かれないのはなぜですか?旦那様も奥様も心配なさってますよ」
「今日は行くよ」
「最近はスフィラ様、ジオルド様、アズール様もお見かけしませんから私どもも心配です」
スフィラは相変わらず部屋に篭り切りで、ジオルドは軍部で鍛錬に忙しい。アズールはどこへいってるのかわからなかったが、朝から夜遅くまで外出してほどんど家にいない。大会が終わってから母が言っていた強化訓練なるものは、実現しなかった。なぜかといえば、他の貴族からの眼があり、ルミアはしばらく軍部に行けなくなったから。
ジオルドには個別にルミアの造った魔法について教えたが、理解してもらえなかった。アズールに関しては聞いてもこなかった。だからジオルドは学園が始まるまで軍部に入り浸り、訓練に励んでいた。
ユナの正体がジャベリンの諜報員だとわかってから、彼女は家族の行動をルミアに教えてくれるようになったので、アズール以外の兄弟の行動を知っていた。
「夕食の前に姉様の部屋に行く」
ルミアはまたビリーの元へ向い、花束を用意して姉の部屋に向かった。
コンコン
「姉様、ルミアです」
姉の部屋からの返事はなかった。なのでルミアは勝手に入った。
「入りまーす」
「ちょっと!勝手に入らないでよ!」
姉は妹に向かってクッションを投げつけ、バン、と地面にクッションが叩きつけられた。
「姉様、お久しぶりです。元気そうでよかったです」
寝巻き姿で髪がボサボサの姉はベッドの上で本を読んでいた。
「これ、温室に咲いた花を持ってきたんです。勝手に飾りますね」
「出てって!入室を許してないわ!!」
「何読んでたんですか?」
「ちょっと!早く出ていきなさいよ!!」
叫び散らす姉に構わず、妹は姉のベッドにある本を覗き見した。姉はひどく動揺するもベッドの端っこに縮こまり布団を被って隠れた。
本のタイトルは『悲壮の涙 第3巻』。ルミアは見たことない本の題名を見て、目を見開いて憤慨した。
「姉様!?この本は書庫にはなかったですよ!?」
「うるさい!早く出てって!私の本なんだから!!」
姉はガバッと布団から出てきて本を掴むと、また布団に隠れた。
「どこにあったのですか!?1巻はどこです!?」
「出てってったら!」
ルミアはスフィラの部屋を物色し始めた。部屋の奥に棚があり、教科書や辞典などが置いてあるのみ。けれど、よく見るとその棚は二重に重なっていてスライドすると奥にも本が隠されていた。
『令嬢の憂』『花びらの露』『壁の向こう』『悲壮の涙 第1巻』
「あった!!」
「ちょっと!!触らないで!!あんたには早いわよ!!」
「何が早いの!?なんの本なの!?見せてください!」
ルミアが手に取った本をスパッと取り上げたスフィラ。その顔は真っ赤になっていた。ベッドから飛んできたスフィラは寝巻きが脱げかけ、必死さが現れていた。
「なんで読ませてくれないのですか?意地悪なんですか?」
「違うわよ!これはあんたが読むには早いの!もう少し大人になってからにしなさい」
「姉様はまだ大人じゃないじゃないですか」
「…あぁ!もう!鍵かけてたのにどうやって入ってきたの!?」
ルミアは綺麗な姉しか見たことがなかったので、顔を真っ赤に狂乱発狂している姿を見て、ますますその本に興味が湧いた。
「読ませてください!気になります!」
「……その前に鍵を閉めてきなさい」
「へ?わかりました」
ルミアはとことこ、と入り口の扉へ行って鍵を閉めた。スフィラはぐったりと気分が悪そうにソファに腰掛け、ルミアに座るように促した。ルミアは姉の隣に座ると、ため息をつく姉をじっと見ていた。
「いい?ルミア。この本のことは秘密にしてちょうだい。誰にも言わないって誓うなら見せてもいいわ」
「そんなにすごいことが書かれてるんですか!?」
「そうよ。ルミアには早過ぎて読んでもわからないかもしれないわ」
「誰にも言いません!!誓います!」
(まさかそんなにすごい情報が!?なんのことなんだろう…こんなに姉様が隠すなんて!)
「持ち出し禁止だからここで読みなさい。家族にも使用人にも誰にも死ぬまで言わないで」
「はい!」
ルミアは『悲恋の涙 第1巻』を渡され、静かに読み始めた。書庫にあった母の恋愛小説の物語と同じような始まり方で拍子抜けした。けれど読み進めるうちに母の恋愛小説とは明らかに違った。内容が生々しく描写され、男女の営みを中心にした卑猥な物語だった。治癒士と戦士の愛憎物語で主人公の治癒士の女性が戦士の身も心もベッドで癒す一方、戦士は別の人と婚約していた物語。
ルミアは眉間に皺を寄せて読むのをやめた。そして隣で熟読している姉を見た。
「姉様、変態だったのですね」
「変態なんかじゃないわ。これは未来のための勉強よ」
「…レオナルド殿下とこうなりたいわけですか?」
「違うわよ!具体的な人をあげないでちょうだい。集中できないでしょ?」
「…キスとかそんなに気持ちいいものでしょうか」
「何言ってるのよ、好きな人とするからいいに決まってるじゃない」
「姉様は殿下としたことあるんですか?」
「もう!殿下は関係ないでしょ!あるわけないじゃない」
スフィラは口を尖らせて本を閉じた。
「こういう本は一人で楽しむものなの。それにルミアには早かったでしょ?」
「母様がどうやって孕ったかについては生物学的に知ってますよ?禁書庫には魔力の流れを使った人体実験もありましたし、媚薬を使った性行為の実験なんかもありました」
「そういうことじゃないのよ。てかそんなの読んでたの!?」
「はい。面白かったですよ。特に政略結婚では男性が困っていたそうで、オルグ様が媚薬や精力剤など作ってらっしゃいました」
ルミアは鼻を鳴らしながら得意げに話した。スフィラは意外にも興味を持ったようだった。
「大賢者ってそんなのにも関わってたのね…ねぇ、ちょっと聞いてみるんだけど、なんとも思われてない人と仲良くなれるような薬ってあるかしら」
「殿下に薬はまずいでしょ」
「だから!殿下じゃないって言ってるでしょ!!」
「殿下じゃない?じゃ誰ですか?」
「…いいから!何かないの?薬じゃなくてもお守りとかおまじないとか!」
「まじない…エルフ族の耳飾りとか?」
エルフ族とはグランパール魔法王国の南東に位置する島、バーレス島の森に住む種族のこと。彼らは人間と見た目が似た種族で寿命が長い。
「なんの効果があるの?」
「女性が男性のことを忘れないようにするまじないで、エルフの女性ってみんな浮気性らしいの。だから男性が自分の瞳の色や髪の色を使った耳飾りを女性に渡すんだって」
「それもオルグ様?」
「そうそう。耳飾りを魔道具化したのがオルグ様。女王様がいろんな男性と関係を持って王位継承がややこしくなるから助けてって王様の依頼」
「ふふ、なにそれ面白い」
「でしょ?オルグ様っていろんな逸話や伝説があちこちにあってすごいの!」
ルミアはまた馬鹿にされるかと思っていたのに、予想していた反応と違い、驚きながらも嬉しかった。それと、こんなに姉と話すことは、かつてなかった。
「姉様は殿下が好きなんじゃなかった?」
「はぁ、周りはそういうわね。けど違うわ」
スフィラは立ち上がり、本を棚に片付け、隠した。大きなため息を吐いてルミアの隣に座るとまたため息をついた。
「確かに殿下とは小さい頃から一緒にいて歳も近いし仲も悪くないわ。けど…」
「けど?」
「そういうのとは違うのよ…」
スフィラは悲しそうな表情で小さく呟いた。遠い目をしたその先に誰かを見ているようなそんな気がしたルミア。母の恋愛小説を読んだからか、わかりやすい姉の表情を読み取るのは簡単だった。その上、スフィラはレオナルド王子の婚約者候補に入っていた。
「なるほど、姉様は他に思う人がいるのですね?」
(違うって誰と比べてるの?)
「…殿下じゃないことは確かよ。それに彼とは全然話してないの。会えてすらないわ」
「ふーん…学園の人?」
「秘密」
「ふーん…」
コンコン
扉をノックする音で強制的に会話が終わった。ユナが夕食の時間だと教えてくれたのだった。ルミアはスフィラを誘ったが、断られた。一人姉の部屋から出ていき食堂へと向かった。
(姉様とあんなに会話できるとは思わなかったな…殿下じゃなかったら誰なんだろう…母様に似て強い人が好きだと思うから殿下だと思ったんだけどなぁ)




