第1章:始まりと断絶
「お前なら…俺を殺せる。終わらせて欲しい…頼む」
三つの月が煌々と眩しい静かな夜。彼の目は、希望と絶望の両方を映していた。人間らしく泣くことも笑うこともできなくなった本当の彼の姿をルミアは目に焼き付けた。
「私に選択肢はないのですのね」
「もう…いいんだ…この月はもう見たくない」
ルミアが彼の延命を望むことは、彼に取って残酷なこと。頭では理解していた。でも同時に全力で否定し続けた。どうすれば彼が生きる希望をまた持てるか、何を言えば正解なのか必死で考えた。
「あなたを失うなんて…私はどうなるんですか!残されたみんなは…」
「俺はお前たちを愛しすぎた。もう…生きていても苦しいだけだ」
「嫌!嫌よ!!」
「…ずっとそばにいてくれるか?無理だろう?」
「そんなの…」
彼は泣きじゃくる弟子に跪き、自らの死を、涙を流してみせて懇願する。彼の意思は揺るがないことを知っていたルミアは、覚悟を決めた。
「リア…頼む…終わらせてくれ」
弟子は師匠にもらった杖を震える手でにぎりしめた。
「あなたと出会わなければよかった…」
「お前は最高の弟子だ。永遠の感謝と愛を…」
「……弟子に殺させるなんて、最低の師匠」
*—————*
ここはグランパール魔法王国。アラネスト大陸の南東にある魔法使いの国。南から東を海に、北から西にかけてフォーク山脈が連なり囲う大陸の端。周囲を蒼の森に守られた、広大な面積を誇る資源豊かな国。そして1000年以上前、女神と精霊王によって創られたとの伝説が残る平和な国。
この国には建国時から王族を支える三公爵が存在する。
魔力のヘイレスト家
知力のジャベリン家
軍力のアヴァロフ家
そのアヴァロフ家末の娘、ルミア・アヴァロフ。
本日、無事6歳の誕生日を迎えて、禁書庫の鍵を手に入れた、黒髪で黒い瞳の女の子。
「ルミアはほんとに本が好きね」
真紅の髪に黒い瞳の美しい女性の母は、ため息混じりに言った。
「スフィラのおてんばを分けてやったらどうだ?」
黒い髪に赤い瞳の大柄な父は、笑いながら言った。
「本なんてつまらないわ。お兄様もアズールも外で遊ぶ方が楽しいもの」
赤い髪に黒の瞳、母譲りの美しい顔を持つ9歳の姉スフィラは、禁書庫の鍵をもらって喜ぶ妹が理解できない様子。
「父上、レオナルド様とヘラルド様も来られるのですか?」
赤が混じった黒髪に赤い瞳の10歳の長男、ジオルドが父に聞いた。
「あぁ、もちろん来られる。お前の時もそうだった」
「エリーも来る?」
深紅の髪に赤い瞳の8歳の次男、アズールはソファから立ち上がって父に尋ねた。
「さぁ、どうかな。エリーの体調が良ければ来てくれるかもしれないな」
父は顎髭を触りながら答えた。
「お父様、お母様、パーティが始まる前にちょっとだけ行ってもいい?」
ルミアは禁書庫の鍵を見ながら両親に尋ねた。
「いけません。今日はあなたの大事なパーティーなのよ?」
「そうだぞ、ルミア。終わるまで我慢するって約束しただろう?それに仕度もあるんだ」
「…うー」
(ドレスかぁ…はぁ…)
「ルミアの誕生日パーティに王子様たちが来られるのよ?絵本で読んだ本物の王子様!私の時は来られなかったのにぃ」
姉スフィラは妹に嫉妬して頬を膨らましながら言った。
「…王子様って…レオ兄様たちでしょ?姉さまいつも会ってるじゃん。それより私は大賢者オルグ様の方が良い」
「オルグ様って…まさかオルグ・メイデンのことか?」
父が若干引き気味に末娘の趣味を疑う。
「オルグ様って?」
アズールが母に尋ねた。母も父も複雑な気持ちで6歳になったばかりの娘を心配した。
「王都魔導学園の創設者で、賢者の称号を持つ大陸一の大魔導士様だよ。名前に魔の付くものなら全てに関わりがあるって教科書に書いてあった」
母の代わりに答えた眉目秀麗の長男、ジオルドは、今年の春から、その王都魔導学園に通い始めたため自信満々に説明した。
「え?あのヨボヨボのおじいさん?」
アズールも同様に家庭教師から教わっていたようで、教本に載っている肖像画を思い出して悪口を言った。そしてスフィラも同じだった。
「あんなのどこがいいの?女の子はみーんな王子様に憧れるのに、ルミアってば、ほんと変わってるわ。本の読みすぎて目がおかしくなったんじゃない?」
父と母はお互い目を合わせ、ため息をついた。
『誰に似たんだか…』
大賢者オルグ・メイデンとは、建国時代から現在に至るまで存在し続ける、不死の魔法使い。多くの弟子を持つ天才で、大陸では知らない者はいない大賢者。そしてこの国の王都魔導学園の創設者。本当に存在しているのか、今や誰もわからない。あまり表に出ず、伝記や伝説は数多くの残っていた。噂では、すでに他界しているのではないかと言われていた。
生きていれば現在913歳。
生きる伝説と呼ばれているのが、大賢者。
ルミアがオルグ・メイデンを知ったきっかけは、絵本だった。物語に出てくる王女が、女神様と精霊王の加護によって魔物を退けた有名な伝説の話。
王女の魔法の師匠として、大賢者が登場し、強くなった王女は、魔物の進行を防ぐため、女神様の加護で結界を張り、精霊王の加護で蒼の森を創り、国を守った。
大抵の子供は、美しく勇猛な王女の奮闘する姿に目を奪われ、憧れる。国を守ったのは英雄的な王女様のお伽話に、自分も頑張って魔法を覚えよう、と寝る前に読んで聞かせる絵本にちょうどよかった。
けれどルミアは違った。
どうして大賢者が直接守らなかったのかと、ルミアは子供ながらに疑問に思ったのだった。そして絵本に出てくる大賢者は、オルグ・メイデンを指しているのではない、と周りから指摘されてもいた。
その後、周りの大人たちに聞いても『加護を賜った聡明な王女様のお話だから』『おとぎ話だから』と言ってルミアが納得する答えを誰もくれなかった。大人たちは見当違いなお嬢様の質問に答えられなかったのだ。
そこで3歳のルミアはもっと本を読めばわかるかもしれない、と誰かに言われて必死に文字を覚えて、難しい本を読み進めた。図書室にある書物は、魔法や戦術に関する本がほとんどだったが、大賢者オルグ・メイデンについても知ることができた。ルミアの中でいつしか絵本の中の大賢者は、オルグ・メイデンと重なっていた。
そこでわかったのは、彼の創造した魔法や魔道具は、平和な現在の生活に多いに役立っていたこと。光る魔石を使った魔道具は、家のどこにでも灯りとして設置してあるし、魔法石を使った調理器具はもちろんのこと、夏や冬を快適に過ごせる空調魔石や体力回復ポーションと魔力回復ポーションなど様々。
調べれば調べるほど、生活必需品の全てにおいて、オルグの恩恵を受けていた。たくさんの伝記や逸話が900年以上経った現在に残っているのは、多くの民から必要とされていた証だと、幼いルミアでもわかった。だからこそ自然に彼を尊敬し、敬愛した。
(オルグ様は今も大陸のどこかで誰かを助けるための魔法を造ってるんだわ。だって『不死の魔法使い』なんだもの)
そんな神のように尊敬する大賢者オルグを、家族に笑われたルミアは、いつしか家族に何も言いたく無くなったのだった。そして自然に他者との間に壁を作るようになった。
(だって話が合わないんだもん)
談話室で家族とのお茶を終えて、自室に戻ったルミアは、ポケットに入れた金の装飾が豪華な鍵をニヤケながら何度も手で感触を確認する。
(やっと手に入った!お父様にお願いし続けてやっと!!オルグ様のことが書かれた本がもっとあるはず!)
「ふふ…」
「お嬢様、お着替えしますよ」
侍女のユナが手慣れた手つきでルミアの支度を進めようと服を脱がせる。ルミアは急いでポケットにしまった鍵を首からぶら下げた。小麦色の髪に青い瞳のルミア専属侍女は手を止めた。
「お嬢様?それはアクセサリーではございませんよ」
「ユナ、お願い。どうしても持っていたいの!」
「…ですが…今日は王太子様たちもお見えになられますし、ちゃんとしなくてはユナが叱られてしまいます」
「…今日のドレス、ポケットある?」
「ポケットはございませんが…そうですね…これならいかがでしょう?」
ユナは透明な水晶の首飾りを手にした。その首飾りには鍵の穴を通せる金具がある。本来は好みの宝石が付け替えれる仕様の首飾りだ。
ルミアは嬉しそうに鍵を取り付けて鏡を見た。
「これならドレスに鍵が隠れて見えないわ!金の装飾がちょっと眩しいけど、ドレスの方が派手だし」
鍵の大部分が胸元のドレス生地に隠れて、透明な水晶だけが見える。水色のドレスに水晶が合っているので、ユナは誰にも叱られない。
「お嬢様、改めまして、お誕生日おめでとうございます。大きくなられましたね。お美しいですよ」
「ありがとう」
「祝福のダンス、コッソリ見に行きますからね」
「うぅ……」
(苦手なんだよなぁ…)




