表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/72

009 言霊貯金

 


「それで大地。今日のこと、忘れてないよね」


 青空(そら)の言葉に、大地が一瞬固まった。

 カレンダーの赤丸を見て、「そうだった……」そう(つぶや)いた。


「やっぱりか。迎えにきてよかったよ」


「悪い。色々あってすっかり忘れてた」


「今日は結構な人数だからね、人手はいくらあっても足りないんだよ」


「何時からだっけ」


「14時から。だから慌てなくていいよ」


 大地と青空(そら)が当たり前のように話を進める。自分には関係ないことだ、そう思った海が、カップを洗おうと立ち上がった。

 その時青空(そら)が、不自然に声を上げた。


「そうだ! 人手ならここにもいたんだった! ねえ海ちゃん、暇だったらなんだけど、手伝ってくれないかな」


「手伝いですか?」


「うん。さっきも言った通り、今日はちょっと忙しくなりそうなんだ」


「お世話になってますし、私なんかでも手伝えるのでしたら」


「よーし! 人員一名ゲット!」


「おいおい青空姉(そらねえ)、強引に進めるなよ」


「いいじゃんいいじゃん。これもお互いを知るいい機会でしょ? あ、そうだ大地。煙草きらしてるんだ。買ってきてくれない?」


「本数、守ってるよな」


「大丈夫だって。ちゃんと守ってるよ」


「分かった。じゃあちょっと買ってくる。海は大丈夫か?」


 大地がそう聞くと、海は笑顔でうなずいた。


「子供じゃないんだから。大丈夫だよ」


「ちょっとちょっと。私と二人にするのが危険みたいじゃない」


「みたいじゃなくて、危険だからだよ。いいか海、変なこと聞かれたら無理に答えなくていいからな。すぐ帰ってくるから耐えるんだぞ」


「いいからさっさと買ってこいって。このままだとお姉ちゃん、ニコチン切れで倒れちゃう」


「分かった分かった。じゃあ行ってくるな」





「さてさて……ほんと、厄介事に愛されてるよね、あいつ」


 青空(そら)がそう言って、煙草をくわえ火をつけた。

 なるほど。自分と二人で話したくて、大地を追い出したんだ。そう思い、海が表情を引き締める。


「さっきも言った通り、詳しい事情を聞こうとは思ってないよ。海ちゃんが家出少女だってことも、大地が咄嗟についた嘘だって分かってる」


「……」


「教えといてあげるよ。あいつね、嘘をつく時は視線を右下に下げるんだ。ほんと、分かりやすいんだから」


「じゃあ青空(そら)さん、どうして私を受け入れてくれたんですか」


「それはね、海ちゃんのこと、気にいったってのが一番の理由」


「……」


「どんな事情かも、どうやってあいつと出会ったのかも知らない。でも海ちゃんを見てたらね、面倒みたくなるのも分かるなって思ったの」


「……ありがとうございます」


「あとはそうね、あいつが他人に興味を持ったみたいだったから。これって結構レアなんだよ」


「レア、ですか」


「うん、そう。付き合っていけば分かると思うけど、ほんとあいつ、他人に興味がないんだから」


 青空(そら)にそう言われ、なるほどと海は思った。

 昨日から今日まで。確かに彼は、私の本質に迫ろうとする行動を一切見せてない。

 私が死ぬつもりだと言っても、引き留める素振りも見せない。それどころか、いつ死ぬんだとぶっきらぼうに聞いてきた。

 そんな彼が、私に興味を持ってる? 否定しようとしたが、それならどうしてあの時、男から私を助けたの? そんな疑念が脳裏をよぎった。


「どんな理由であれ、あいつが自分から面倒をみると言った。だから私は信じた。姉だからね」


 そう言った青空(そら)の笑みに、海もつられて笑った。


「……自分のこと、出来れば青空(そら)さんにも打ち明けたいって思ってます。でも……すいません、今はまだ勇気がなくて」


「出来た時でいいよ。私は基本、無理強いしない主義だから。どんなことでも相手の気持ちを尊重したい。だって海ちゃん、立派な大人なんだし」


 こういう考え方、大地と同じだな。流石姉弟(きょうだい)、そう思った。


「あの、それでなんですけど……これからどこに行くのですか?」


「ん? ああそうだね、説明しとかないとね。私たちは今から、喫茶店で接客するの」


「接客……ですか」


「苦手?」


「苦手ってほどじゃないですけど、得意でもないって言うか」


「そうなんだね。でも大丈夫だよ。スタッフは私と大地、そしてオーナーの三人だけ。それに今日のお客さんは、海ちゃんが想像してるような人たちじゃないから」


「それってどういう」


「行けば分かるよ。それにまあ、その場で無理って思ったら、休んでていいからさ」


「は、はあ……」


 行き当たりばったりと言うか、出たとこ勝負と言うか。

 この人やっぱり面白い。そう思い、海はうなずいた。


「分かりました。お役に立てるか分かりませんが、頑張ってみます」


「あはははははっ、元気があってよろしい。でもまあ、無理しないようにね」


 そう言って二本目の煙草をくわえた時、大地が帰ってきた。


「ただいま……って青空姉(そらねえ)、なんで吸ってるんだよ」


「やばっ……もう帰って来たんかい」


「早くて悪かったな。海が心配だったからな」


「ほおおっ、お優しいことで」


「うっせえよ。ほら煙草」


「サンキュー」


「それ、二本目だよな。残り三本だからな」


「わーってるって。ちゃんと守ってますよ」


「海、大丈夫だったか?」


「うん。色々お話し出来て楽しかったよ」


「変なこと聞かれなかったか?」


「大丈夫だって。心配してくれてありがとう」


「おうおう、アラフォーの姉の前で見せつけてくれちゃって」


「だーかーら、そんなんじゃないって言ってるだろ」


「あ、そうだ海ちゃん。もうひとつ、大事なこと聞きたかったんだ」


「人の話を聞けって」


「うるさいうるさい、弟は少し黙ってろ。海ちゃん、嘘はなしで正直に答えてほしいんだけど」


「なんでしょう」


「出会ってから今までで、こいつ何回死ぬって言った?」


「ぎっ!」


「え……」


「いやね、こいつってば、口癖のように死にたいって言うんだよ。そんな気がない時でも、それがさも当然なような顔で口にするの。

 でもね、言霊(ことだま)ってあるじゃない? 嘘でもそんな言葉を吐いてたら、そういう方向に人生が進んでいくと思うんだ。だから私、いつもこいつを見張ってるの」


「……」


 自分も今、そうなんです。そう思った。


「楽しい、嬉しい、幸せだ。無理にでもそういう言葉を口にしてたら、気持ちもそういう風になっていく。マイナスの言葉を口にしてたら、どんどん心が沈んでいく。そう思わない?」


「そ、そうですね……言われてみたら、確かにそんな気がします」


「でしょでしょ? それでどう? こいつ、何回死ぬって言った?」


「ええっと……」


 さりげなく大地に視線を移すと、大地は諦めた様子で両手を上げた。


「こいつのことは気にしなくていいよ。大丈夫、逆恨みなんて私がさせないから」


「具体的な回数までは覚えてませんが……そうですね、何回か口にしてました」


「よろしい、よく言ってくれた。おい大地、あれ持ってこい」


「分かったよ」


 大地がため息をつき、スチール製の貯金箱を青空(そら)に渡した。


「海ちゃん、だいぶあんたに気を使ってるみたいだね。かばいたいって気持ちがひしひしと伝わってきた。そんな海ちゃんに免じて、5回で許してやる」


「5回もかよ」


「何言ってるのよ。今の海ちゃんの言い方だと、絶対それ以上言ってたでしょ」


「はいはい、5回分ね」


 そう言って、大地は財布から2500円を取り出し、中に入れた。


青空(そら)さん、それって」


「これは罰金なんだ。一回死ぬって言うたびに500円」


「なるほど……」


「この貯金箱で何個目になるのかな。とにかくこいつ、何かあったらすぐ死にたいって言うから。罰金制にでもしないと、際限なく吐きまくるんだ。

 そういう訳だからさ、こいつのこと、しっかり見張っててね。罰金がたまったら、海ちゃんの好きに使っていいから」


「おいおい、何勝手なこと言ってるんだよ」


「いいえ、これは決定事項だから。今日この時、この瞬間に私が決めました」


「全く……」


 笑顔で話す青空(そら)。呆れ気味にため息を吐く大地。

 二人を見ながら、海はいつの間にか笑顔になっていた。

 ここにいると、気持ちが温かくなっていく。ほんと、不思議な人たちだな。

 そう思いながら。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ