071 愛するということ
買い物から帰ってきた海が、呆然と大地を見つめる。
「何……してるの……」
大地は台所で料理をしていた。
「おかえり、海」
そう言って振り返った大地を見て、海の目に涙が溢れた。
「どうしたどうした。泣くほど寒かったのか? 早く入ってあったまれよ」
海の元に進み、そっと抱きしめる。
「そろそろ俺の料理が恋しいんじゃないかと思ってな。久し振りに作ってみた」
「大地……」
「いっぱい迷惑かけたな。ごめん」
「もう……大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
「……終わったの?」
「ちょっとばかり強引だったけどな。何とかなったと思う」
「……」
「海?」
「もう……死にたいって思ってない?」
「思ってないというか、死ぬのが惜しいと思った」
「……」
「死んだら海のこと、こうして抱けないからな」
「馬鹿……」
「それに……これからだろ? 俺たちの人生は」
「大地……」
「とにかく手を洗って座ってろよ。全部ちゃんと話すから」
そう言うと海は肩を震わせ、大地を抱きしめた。
「うわあああああっ!」
大地は微笑み、囁いた。
「愛してるよ、海」
大地の目にも、涙が光っていた。
「そんなことしたんだ、あはははははっ」
風呂から上がり、肩を並べて座り。
ビールを手に、海が笑い転げた。
「……そこ、笑うところか?」
「だって……あはははははっ」
バンバンと大地の背中を叩く。
「どうしたら大地の呪いが解けるのか、私もずっと考えてた。それは大地が考えること、なんて偉そうに言ったけど、正直全然思いつかなかったんだ」
「お前……そんなノリで俺に言ったのかよ」
「ごめんごめん。でもね、大地が考えることだって思ったのは本当だよ? だってほら、いくら私や浩正さんが言ったとしても、大地が納得しなかったら意味ないじゃない? やっぱ自分で考えるしかなかったんだよ」
「まあ確かに……お前にいくら言われても、親父にありがとうなんて、死んでも言えなかっただろうからな」
「はい罰金!」
「いや、今のはいいだろ」
そう言いつつ、500円を貯金箱に入れる。
「でもすごいね。ご両親にもありがとうって言えたんだ」
「ああ。なんて言ったらいいのかな、あの時だけは……そうするべきと言うか、そうしたいって思えたんだ」
「今は?」
「二度と言いたくないな。あいつらはクズで、永遠の敵だ」
「素直でよろしい!」
そう言って大地の頭を撫でた。
「だけどあの時は……そう望んだんだ。うまく説明出来ないけど、そうとしか言えない」
「やっぱり大地はすごいね」
「そうか?」
「そうだよ。私にだって、嫌いな人はいっぱいいる。その人たちの顔を思い浮かべて感謝するなんて、どれだけ努力しても出来ないよ」
「だよな。俺もそう思う」
「でも大地には出来た。それでどう? 何か変わった?」
「心が軽くなった気がする」
「そうなんだ」
「これまで引っかかっていたものが、全部消えていったように感じた」
「よかったね、大地」
「これ、よかったって言っていいのか」
「いいんじゃない? だって大地の顔、憑き物が取れたみたいにすっきりしてるよ」
頬にキスすると、大地は照れくさそうにうつむいた。
「……俺がここまで思えたのは、お前がいたからなんだ」
「……」
「色々考えた。辛かったこと、哀しかったこと。楽しかったことも全部だ。浩正さんやとまりぎのこと、青空姉……青空姉のことも……」
青空の名を口にすると、また涙が溢れてきた。
そんな大地を抱きしめ、海が囁く。
「大地あんた、やっと泣けたんじゃない? 青空さんのことで」
「……今までだって泣いてただろ」
「そうじゃなくてね。今の涙は、本当の涙なんだなって思うの」
顔を上げると、海も泣いていた。
そして微笑み、再び大地を抱きしめた。
「これでやっと、私も青空さんにお別れ出来る」
「お別れか……そうだな、まだちゃんとしてなかったな……」
声が震えた。
「お前にも……辛い思い、いっぱいさせちまったな」
「本当だよ……私だって青空さんがいなくなって、辛かったんだから。哀しかったんだから」
「……だよな」
「でも、大地の方が辛いって分かってたから……それにあんた、見る見るうちに壊れていくから、哀しむ余裕もなかったよ」
「ごめん」
「いいよ。今の大地を見てたら、全部許せる」
「ありがとう、海」
「愛してるよ、大地」
「俺もだ」
唇を重ねる。
涙の味がした。
「……色々考えて、どうしたらこの呪いが解けるのか、真剣に悩んだ。そうしたらいつの間にか、お前の顔が浮かんで」
「うん……」
「俺は海と出会う為に生まれてきた、そう思えたんだ」
「私もだよ……私も大地と出会う為、生まれてきたんだよ」
「俺、これからも多分、いっぱい迷惑かけると思う。人付き合いもずっと避けてきたから、無神経なことをしてしまうと思う」
「今更だけどね。これまでだってそうだったじゃない」
意地悪そうに笑う。
「でも……この想いだけは本当だ。これからもずっと、俺は海と生きていきたい」
答える代わりにキスをした。
「私、言ったことあるよね。一生のうちに訪れる、幸福と不幸は同じだって」
「ああ、言ってたな」
「じゃあ私たち、きっと幸せになれるよ」
「……中々に肯定しにくい解釈だな」
「だってそうじゃない。ある意味どん底まで堕ちて、目の前にまで死が迫ってたんだよ?」
「確かにそうだな」
「そこからの出会いなんだよ? 他の誰が、あんな出会いする?」
「最悪の出会いだったからな」
「でも、私たちらしくていいじゃない」
「そうだな。その通りだ」
「でしょ?」
「今度、二人であの駅に行くか」
「行ってどうするの?」
「まずは駅員さんに謝って。それから一緒にあのベンチに座って、特急を眺めよう」
「なにそれ、悪趣味」
「やりたくないか?」
「やりたい!」
「決まりだな、ははっ」
「ふふっ」
どちらからとなく求めあい、唇を重ねる。
そして顔を見合わせ、笑いあった。
涙を浮かべ、何度も唇を重ね。
抱きしめあった。
「大地……愛してる」
「海……お前に出会えて、本当によかった……」
次回、最終話になります。
よろしくお願いしますm(_ _)m




