007 で? いつ死ぬつもりだ?
食事が済むと、大地は「ごちそうさん」そう言って片付け始めた。
「いいよ、大地は座ってて。私がするから」
「いや、海は飯を作ってくれたんだ。座ってていいよ」
「でも」
「ちょっとはくつろげよ。そんなに気を使うな」
「……」
素っ気ない物言いだが、どこか温かい。そう感じ、海は照れくさそうにうなずいた。
「それで? いつ死ぬつもりだ?」
この男、本当にデリカシーがない。
さっき優しいと感じた気持ちを返せ。そう思った。
「どうだろう……分かんない……」
「分からないって、自分のことだろ? 裕司に会いたいんじゃないのか」
「勿論会いたいよ。でも……あの場所に立つまでにだって、ものすごい勇気がいったんだから。あんな勇気、簡単に出来ないよ」
「ちなみにその勇気とやらは、どうやって育てるんだ?」
「分かんないよ……死のうとしたのなんて、初めてなんだから」
「お前にとって、人生はそんなに嫌なものじゃなかった訳だ」
「そういう大地はどうなのよ。本当は大地こそ、度胸なくなったんじゃないの?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、海が問い返す。しかしすぐに、その問い自体が間違いだと後悔した。
「俺は今すぐ死ねるぞ」
真顔でそう言った大地の目には、輝きが全くなかった。
人生に何の希望も見出してない、絶望の瞳だった。
「大地あんた……もう目が死んでるわよ」
「そうなのか? 自分では分からないけど、そう見えるのか」
「自覚なし……なんだ……」
大きなため息をつき、海が呆れた眼差しを大地に向けた。
「ため息をつくと、幸せが逃げるんじゃなかったのか?」
「いちいち癇に障ることを言うのね、大地って」
「悪い悪い、馬鹿にしてる訳じゃないんだ。気にしないでくれ」
「全く……じゃあ何? 大地はこれから死ぬの?」
「いや、今はやめとく」
「どうして?」
「今俺が死んだら、お前はまた見知らぬ男に抱かれにいくんだろ? それが分かってて、一人にさせられないからな」
この言葉に嘘はない。この人、デリカシーに欠けるし口は悪いけど、でもやっぱり優しい。そう思った。
「ここまで関わっちまったんだ、お前が死ぬまで付き合ってやるよ。それまでここにいればいい。俺はお前が死んでから死ぬから」
そう言って微笑んだ。
その笑みに、海の胸が熱くなった。
そして。気付けば瞼が濡れていた。
「あんたってば、なんでそう……あんたみたいな人もいるんだね。正論めいた理屈をこねて、お前は間違ってる、死ぬんじゃない。生きる勇気を持つんだって、説教じみた言葉を投げてこない。私の気持ちを尊重して、認めてくれる」
「お前が未成年だったら、また別の言い方をしてたかもしれないけどな。でもお前も立派な大人なんだ。自分の人生ぐらい、自分で好きに決めればいい。他人の俺が土足で踏み荒らしていいもんじゃない。そうだろ?」
全くもって理解しがたい屁理屈だ。でも、どうしてだろう。この人の言葉に胸を熱くしてる自分がいる。
否定も肯定もせず、自分を一人の人間として見守ってくれる。こんな人、初めてだ。そう思った。
「そんな訳だから。この部屋、死ぬまで好きに使っていいぞ」
「好きにって……あんたってば本当、馬鹿」
そう言って大地の額を軽く小突き、海が笑った。その時だった。
「大地―、いるかー」
玄関から女の声がした。
「げっ……」
その声に、大地がなんとも言えない表情を浮かべる。
「……大地?」
「タイミング、最悪だな……」
「お客さんよね。知り合いみたいだけど、ひょっとして彼女?」
「そんな訳あるか。俺はずっと一人身だ」
「威張るところじゃないと思うんだけど。じゃあ誰?」
「おーい、大地―」
ドアを叩き、もう一度声がする。大地は大きく息を吐き、海を見た。
「とりあえず入れるけど、適当に話、合わせてくれると助かる」
「勿論いいけど、誰なの?」
「姉貴だ」
「お姉さん……」
「ちょっと騒々しいけど、悪いやつじゃないから。ただこの状況、姉貴は間違いなく誤解する。うまく説明するけど、そこは勘弁してくれ」
そう言って何度も瞬きをする。明らかに余裕を失っている様子だった。
そんな大地に微笑み、海がうなずいた。
「分かってるよ。誤解されても怒らないから安心して。それよりほら、早く入れてあげなよ。外は寒いから」
「あ、ああ。じゃあ入れるな」
額の汗を拭いながら、大地が玄関に向かう。海は髪を整え、クッションに座り直した。
「大地―、寒いよー」
ドアを開けると同時に、姉が大地に抱き着いた。
「いきなり抱き着くなって」
「なーに言ってるんだか。いるなら早く開けてよね。それとも何? こんな時間まで寝てたの?」
「起きてた、起きてたから。それより離れろって」
「冷たいこと言うんじゃないわよ。可愛い弟に会いにきたお姉ちゃんなんだぞ。ほれほれ、大地も照れずに抱きしめろ」
「だーかーらー、客が来てるんだって」
「客?」
「そうだよ。だからほら、とにかく離れろって」
大地の言葉に姉が固まる。そしてゆっくり離れると、部屋の奥の海を見つめた。
「女……?」
「まあ、性別は女で合ってるよ。て言うか、初対面でそれは失礼だろ」
「お、お姉さん、初めまして。私、星川海って言います。その……お邪魔してます」
そう言って大袈裟に頭を下げる海に、姉は口を半開きにしたまま、「あ……はい、どうも……」そう呟きうなずいた。