043 認めあい、許しあい
「私が好きだと、大地は迷惑?」
海の言葉に大地が戸惑う。その質問は反則だろ。
「裕司から簡単に乗り換えた、軽薄な女って思ってる?」
「んなこと思ってねーよ。て言うか、アホなこと聞くんじゃねえよ」
「アホなことじゃないよ。私自身、そう思ってるんだから」
「……」
「私にとって、裕司はかけがえのない存在。裕司以外を好きになるなんて考えられないし、裕司以上の人がいるとも思わなかった」
「それでいいじゃないか。お前にとって、裕司はそういう存在だったんだ」
「でも裕司がいなくなって、心に大きな穴が開いて……生きてても仕方ない、そう思って死のうとして」
「そうだな」
「でもそんな時、大地に出会って。大地と過ごしていく内に、どんどん大地に惹かれていって……どうしてくれるのよ!」
「なんだなんだ、いきなり怒るな」
「うるさい馬鹿! 黙って聞け!」
「すいません……」
青空がテーブルを叩いて笑う。
「裕司への気持ち、それが嘘だったんじゃないかって思うぐらい、あんたのことを考えるようになっていって……裕司の存在が、どんどん過去に変わっていって……それに気付いた時、私がどれだけ戸惑ったか分かる? どれだけ泣いたか分かる? 誰のせいだと思ってんのよ!」
「悪い、悪かった。だから少し落ち着けって」
「落ち着いていられる訳がないじゃない! これって、人生全てを賭けた問いでもあるんだから! それなのに大地は……大地は……
私の覚悟を見ない振りして、聞かなかったような顔で逃げ続けて……ヘタレ! 童貞!」
「童貞は余計だろ」
「別にいいじゃん。あんたが童貞なのは本当なんだし」
「青空姉……少し黙っててくれ」
「大地ってば、童貞だったんだ」
「海お前……自分で言っておきながら、なんでそこだけ冷静に突っ込むんだよ」
「だって大地の年齢なんだし、当然経験してるものだとばかり」
「んなもんねえよ。言っただろ、誰とも付き合ったことがないって」
「それでもほら、風俗とか」
「俺は性欲だけで女を抱きたくないんだよ」
「きゃっ」
口に手を当て頬を染める。
「……なんだよそのリアクション」
「だって今の大地、すっごく格好よかったから」
「……」
「夜な夜な部屋で、お気に入りのファイルを眺めてる人には見えなかった」
「があああああっ! その話はするなって言っただろ!」
「あはははははっ、ごめんごめん」
「海ちゃん海ちゃん、そのファイル見つけた?」
「残念ながらまだなんですよ。あんな狭い部屋なのに、一体どこに隠してるのやら」
「海お前……ほんと追い出してやろうか」
「ごめんってばー。悪気しかないんだから許してよ」
「悪気じゃねえか!」
「でもあれだけ探しても見つからないってことは、もう処分してるのかも」
「それはないから安心して。こいつ、大事にしてるものは絶対捨てないから」
「そうなんですね。よかった、じゃあまた探してみます」
「探すな」
「だって大地の趣味、興味あるじゃない。好きな人の性癖を知ることも、惚れた女の責務だから」
「ああもう! 何の話してんだよ!」
「あははははっ、確かにそうだね……
じゃあ改めて。大地、私と付き合って下さい」
「……」
「私は大地が好き。どこが好きか聞かれても困るぐらい、大地の全部が好き。顔も声も、男らしい体つきも。優しいところ、人を助けるところ、青空さんのことを愛してるところも全部好き。そして……私みたいな面倒臭い女に優しくしてくれた、そんなあなたが好き」
「海ちゃんがんばれー」
「私はこれからの人生、あなたと一緒に歩いていきたい。裕司のことは今でも好き。と言うか、裕司は私の一部。だから裕司のことを忘れないし、これからも愛し続ける。
勝手なこと言ってるのは分かってる。でも、大地なら分かってくれるって思えたの。大地なら私のこと、理解してくれるって……
私、こう見えて尽くすタイプだよ? 大地が望んでくれる限り、どんなことでもしてみせる。大地が嬉しいと思うこと、全部してあげる。大地が哀しい時、ずっと傍にいてあげる。雨が降ったら、傘を差して寄り添ってあげる。嬉しい時は一緒に笑ってあげる。いつも隣で寝てあげる。これからは、私が大地に温もりをあげる」
いつの間にか。
静まり返った部屋の中で、海の声が響いていた。
そして。海の目に涙が光っていた。
「大地と出会えたこと、神様に感謝してる。私は大地、あなたと幸せになりたい。だから大地……私の告白、受けてください」
そう言って微笑むと涙がこぼれ、頬を伝った。
「どうすんだよ大地。これでも逃げるならお前、本物のヘタレだぞ」
「……分かってるよ」
そう言って大地が一歩進み、海の涙を指で拭った。
「俺は……海、お前のことが好きだ。いつからなのかは分からない。でも俺にとって、お前みたいなやつは初めてだった。死に魅入られてるにも関わらず、生きてる限り前を向こうとしてる。そんなお前にいつの間にか、俺は確かに惹かれていた。
ただ俺は……自分という存在が許せない男だ。親から否定され、青空姉一人守ることも出来ず、誰も信じられない俺は生きてていい存在じゃない。そんな俺に人を愛する資格なんてない、ずっとそう思ってた。それなのに……
そんな俺を、お前は好きだと言ってくれた。なあ海。俺、まだやり直せるかな。やり直してもいいのかな」
「いいよ。いいんだよ大地」
「青空姉、いいのかな」
「私に聞くな。答えなくても分かるだろ」
「確かにな、ははっ……でも俺、怖いんだ。あまりに都合がよすぎるから……こんな俺が幸せに憧れるなんて、神も腹抱えて笑うだろ」
「何もしてくれなかった神なんてほっとけ。勝手に笑わせとけばいいんだよ」
「青空姉……」
「私はあんたのおかげで今、こうして生きてる。あんたがどれだけ引け目を感じてようと、これだけは私も譲らない。あの時あんたがいなかったら、きっと私は死んでいた。右目がない? 幼児体型? そんなの、あんたと巡り合えた幸運に比べたら、屁みたいな代償だよ」
「……ありがとう、青空姉」
「それに私は、あんたより一足先に幸せになるんだ。浩正くんのおかげでね」
「……」
「だからあんたももう、過去に縛られなくていいんだよ。海ちゃん、裕司くんのことを呪いって言ってた。それと同じだ。あんたにとっては、私がそうだったんだ。そろそろ解放されてもいいんじゃないか」
「なんだよそれ……」
大地の目に涙が光った。
「海……お前は自分のこと、こんな私って言うよな。でも、それは俺の方なんだ。なあ海、こんな俺でもお前のこと、好きになってもいいのかな。幸せになってもいいのかな」
そう言って笑う大地の頭を、海が小突いた。
「私なんて、僕なんてって……ほんと私たち、自分のことなのに最低な言い方するよね。でも……
そんな私たちはお似合いなんじゃない? お互い欠けてる者同士、支え合って一人前になっていこうよ」
大地を抱きしめる。
大地は肩を震わせ、声を震わせて。海を力強く抱きしめた。
「海……好きだ、愛してる……」
「私も……大地、愛してる……」
泣きながら、震えながら。
青空と浩正の前で、二人は強く抱き合った。
そんな二人を見つめ、青空と浩正は微笑み、うなずいた。
青空の目にも、涙が光っていた。




