042 三者尋問
「それで? 告白の返事、いつになったらくれるのよ」
とまりぎ忘年会。居酒屋にて。
海の一言に大地がビールを吹いた。
青空はテーブルを叩いて笑っている。
「げほっ、げほっ……ど、どうした海、藪から棒に」
「薮も棒ももういらないの! そんなことよりどうなのよ!」
「お前……もう限界だろ。頼んでやるから水飲んどけ」
「限界じゃありませーん。酔ってなんかいませーん」
そう言ってジョッキを持つのを大地が遮る。
「いやいや、どう見ても酔ってるから。今日はこの辺でやめとけって」
「うっさいなー。あんたは私のお母さんか」
「せめて父親って言えよ。って、んなことどうでもいいわ。すいませーん、お冷やひとつくださーい」
個室から顔を出し、大地が店員に声をかける。その隙に海はジョッキを手に、残ったビールを一気に流し込んだ。
「ぷはぁーっ! 生きてるって最高―っ!」
「ったく……青空姉も笑ってないで止めろよな。誰のせいだと思ってんだよ」
「にゃははははっ、悪い悪い」
「全く……」
行きつけの居酒屋で始まった忘年会。一年の思い出や来年の抱負など、鍋を囲み和やかな時間が続いた。
そして話題が、青空と浩正の結婚式になった。青空が大地の肩を抱き、「大好きなお姉ちゃんを取られて寂しいか? どうなんだよ、このシスコン野郎」と絡むのを見て、海も楽しそうに笑っていた。
「それで青空さん、ウエディングドレスはもう決めたんですか?」
「この前レンタルの衣装屋に行ってきてね、浩正くんと一緒に決めたよ」
「そうなんだー。楽しみだなー、青空さんのウエディングドレス姿」
「私は海ちゃんのも見てみたいけどね」
「私の……ですか?」
「うん。だって海ちゃん可愛いし、絶対似合うと思う」
「そんなこと……そう思います?」
「うん、思う」
「えへへへっ、ありがとうございます」
「でもその前に、どっかの馬鹿から言質とらないとね」
その言葉が発端となり、海の飲むペースが速くなったのだった。
そして現在に至る。
「大地ってばほんと、ヘタレだよねー」
「誰がヘタレだよ、誰が」
「だって大地、女の私が告白してるのにさ、受け入れるでも断るでもなくずっと逃げて。返事は今日かな、明日かな。そう思ってドキドキしてる私の気持ちなんて、これっぽっちも考えてないでしょ」
追加のジョッキを手に、一気に流し込む。
「どうせあれでしょ。そうやって有耶無耶になるのを待ってるんでしょ」
「そんなことねえよ。俺だって考えてるんだ」
「……私だってね、無理なお願いだってことぐらい分かってる。青空さん以外誰も信じられない、そんな大地に好きって言っても、困るだけだって分かってる……
でもしょうがないじゃない! 好きになっちゃったんだから! 自分の気持ちに気付いちゃったんだから、しょうがないじゃない!」
「とにかく落ち着けって。熱くなりすぎだ……ああすいません、ありがとうございます。ほら海、お冷やだぞ」
「ふんっ、馬鹿」
大地から荒々しくコップを奪い、お冷やを飲み干す。
「……で、どうなのよ。それともほんとに、ずっと誤魔化すつもりなの」
「いや、だから……何も青空姉たちの前で聞くことないだろ」
「証人よ証人。でないと大地、後になってから『そんなこと言ってない』とか言いそうだもん」
「んなこと言わねえよ。俺を何だと思ってるんだよ」
「私の可愛い想い人だよ」
そう言って大地に抱き着いた。
「ふふっ、大地……好きー、だーい好きー」
「ちょ、ちょっと待てって……いくらなんでも人前で」
「別にいいじゃない。毎晩こうして寝てる訳だし」
「誤解を招く言い方すんな。あれはただの添い寝だ」
「でも大地だって、まんざらでもないって思ってるじゃない」
「いやいやお前、ちょっと黙れ」
「こうやっててさ、たまにあるんだよね。大地が興奮してる時が」
「それ本当?」
「そうなんですよ青空さん。だから私、そんな大地が可愛くて。意地悪したくなって、もっと抱き着いてるんです」
「なるほどなるほど……確かに海ちゃんのささやかな胸は、大地にとっては楽園の果実だからね」
「があああああっ! 青空姉、変なところで乱入してんじゃねーよ!」
「それでどうなのよ! いい加減逃げないで、男らしく答えなさいよ!」
「こんな状況で答えられるか!」
「へえええっ、そんなこと言うんだー。じゃあ何、ちゃんとセッティングしたら答えられるんだー」
「そ、そうだ。決まってるだろ」
「はい嘘―っ! それが本当だったら、とっくに返事されてると思いまーす」
「私もそう思いまーす」
海と青空が肩を組んでうなずきあう。
「なんなんだよこいつら……浩正さん、助けてくださいよ」
「こうなってしまった青空さん、僕にどうにか出来るとでも?」
「いや、それは……そうですね、無理だと思います」
「それに僕も、別に止めなくていいと思ってます」
「浩正さんまで……勘弁してくださいよ」
「確かにお酒がこんなに入って、こんな場所でお姉さんの前で。彼女からの告白に答えるのは大変だと思います。ですが、いいきっかけだとは思いますよ」
「……そうでしょうか」
「ええ。時にはこうして強引に、なし崩し的に動いていく運命もあるんです」
「……」
「勿論、決めるのは大地くんです。ですが大地くん、そろそろいいんじゃないでしょうか」
「それって、どういう意味ですか」
「大地くんの中で何がブレーキになっているのか、それは僕にも分かります。至極単純なことですから」
「……単純ですいません」
「ですが、それが大地くんという人間の根幹なんだと思います。でもそれが、海さんによって揺らいでしまった」
「……」
「誰も信じられない、信じたくない。そんな自分は、世界のバグでしかない」
「おおっ、流石浩正くん。新しい表現だ」
「青空さん青空さん、バグって何ですか」
「夢を食べる獣のことだよ」
「それは獏だ。て言うか、変なところで乱入してんじゃねーよ」
「あはははははっ、ごめんこめん。気にせず続けて」
「ったく……」
浩正が日本酒に口をつけ、微笑む。
「幸い大地くんの戸惑いの中に、海さんが相手だから悩んでる、そういうのは感じられません。海さんにとって、これは大きなアドバンテージだと思います」
「そうなんですか?」
浩正の方を向き、海が意外そうに尋ねる。
「ええ。だって海さんと出会ってからの大地くん、すごく楽しそうですから」
「そうなんだ……嬉しいな、大地」
「……うっせえよ」
三人の視線を一身に受けて。
もう逃げられないのか。そう思い、大地がため息をついた。




