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青空と海と大地 ーそらとうみとだいちー  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 それぞれの過去

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019 俺は誰も信じない

 


「親父とおふくろは逮捕。俺と青空姉(そらねえ)は施設に保護された」


 震える海を気遣って、大地が紅茶を淹れた。


「それからご両親とは」


「会ってないな。会いたくもないし、どんな判決が出たのかも知らない」


「……そうなんだ」


「ひょっとしたら、青空姉(そらねえ)は知ってるのかもしれない。でも何も言わないし、俺も聞きたいと思わない」


「……」


「あの時の怪我が元で、青空姉(そらねえ)の右目は光を失った」


「え……」


 出会った時から気になっていた、青空(そら)の眼帯。その意味を知り、海はまた全身が震えるのを感じた。


「眼帯で何とか隠せてるけど、傷跡も残ってる。悪いことをしたなって思ったよ」


「そんなこと……なんで大地が思わないといけないのよ。大地は青空(そら)さんを守ろうとしたんでしょ? 何も悪くないじゃない」


「でもな、あの時俺に力があったら。冷静な判断が出来ていたら。違う結果になってたと思う」


「それでも、それでもだよ。それに大地、まだ小学2年だったんでしょ? 青空(そら)さんだってそんなこと、思ってないに決まってるじゃない」


「そうだな、それは確かだ。失明して、顔に傷が残ると分かった時。眼帯をした青空姉(そらねえ)、笑って俺に言ったんだ。『どうどう? お姉ちゃん、格好良くない?』って」


 その時の青空(そら)の様子、それが当たり前のように目に浮かんだ。

 ああ、青空(そら)さんならきっとそう言うよね。心配させたくなくて。大地に罪を感じて欲しくなくて。

 でもきっと、心は泣いていた筈だ。そう思った。


「……大地も青空(そら)さんも、どうしてそんなに強いのよ……」


「それから俺たちは、新しい生活を始めることになった。生まれて初めて、家に帰ってもビクビクしないでよくなった。でもな、強がってたけど。俺が心配しないよう、いつも笑ってたけど。青空姉(そらねえ)の心は病んでいった。

 まず、飯が食えなくなった。あの日以来、青空姉(そらねえ)は飯を見ると吐くようになった」


 子供のような華奢(きゃしゃ)な体型。青空(そら)のシルエットを思い出し、唇を噛む。


「中学を卒業する頃には、何とか食えるようになったんだけどな。それでも今でも、健康なやつの半分も食えないと思う」


「……大地は大丈夫だったの?」


「俺は青空姉(そらねえ)と違って鈍感だから。馬鹿だから」


「……そういう自虐はいいから」


「それに俺には目標があった。大切な人を守れるようになりたい、その為に強い体を作るんだって目標が。だから馬鹿みたいに食いまくった。食って食って食いまくった。まあ、おかげで無駄にでかい体になっちまったんだけどな」


 180越えのがっしりとした体格。そのルーツがそこにあるのかと海が思った。


「でも青空姉(そらねえ)は違った。誰よりも繊細な青空姉(そらねえ)はあの時、もうひとつの闇を背負うことになった。それが昨日、海が見たやつだ」


「私を見て、いきなり叫んだこと」


「ああいや、あれは海を見て叫んだんじゃない。顔見て叫ばれるって、お前どんだけ怖いんだよ」


「もうっ、そういう突っ込みはいいってば」


「……青空姉(そらねえ)は簡単に言えば、鋭利なもの、尖ったものに恐怖を感じるようになったんだ」


「……」


「まあでも、それじゃ生活出来ない。だから青空姉(そらねえ)、カウンセリングを受けたり自己催眠をかけたり、色々試してたみたいだ」


「じゃああの時、青空(そら)さんが叫んだのは」


「海の持ってたフォークだよ。あれ、プラスチックだけど先が尖ってるだろ?」


 そういうことだったのか。そう思い、海がうなずいた。


「いつもは気を張って生活してるからな、かなり改善出来たんだ。でもたまに、緊張が緩んだ時に目に飛び込んできたら、ああなっちまう」


「それってやっぱり」


「包丁を手にした男に追いかけられるなんて経験、そうそうあるもんじゃないだろ? あと、右目の光を奪ったガラスの破片」


「……」


「だからな、昨日のことで海が気に病む必要はないんだ。言ってみれば、ちゃんと説明してなかった俺たちの責任なんだ」


「……大地の話を聞いて、あんたたちがどれだけ酷い環境で生きてきたのかは分かった。私がどれだけ恵まれていたのかも。

 それなのに大地、それに青空(そら)さんも。どうしてこんなに強いの? 二人にそういう過去があったなんて、全く思えない」


「俺の方は分かるだろ」


「なんでよ」


「現に俺は今、死のうとしてるだろ?」


「……」


「確かに青空姉(そらねえ)は強い。いつか聞いたことがあるんだ。私たちはこれまで、全く笑わない生活をしてきた。ただただ息を潜めて生きてきた。

 だからこれからは、普通の人よりいっぱい笑いたい。泣きたくなるようなことがあっても、あの時に比べたら大したことはない。なんたって私たち、実の親に殺されかけたんだからって」


「……やっぱ強いよ、青空(そら)さん」


「だな。姉弟(きょうだい)とは思えない」


「大地はどうして? 話をずっと聞いていて、昨日二人を見ていて。大地は青空(そら)さんのこと、心から愛してると思った。尊敬してると思った。それなのにどうして、大地はこんな風になっちゃったの? 死にたいだなんて思ったの?」


「資質が違うってのもあるんじゃないかな。俺は元々ネガティブで、青空姉(そらねえ)はポジティブだから」


「……そんなんじゃ納得出来ない」


「施設に入ったことで、俺たちは暴力から解放された。でも、学校ではそうじゃなかった」


「どういうこと?」


「転校して、新しい生活が始まった。でもな、こういう噂はすぐ広まるんだよ。あいつは親に殺されかけたんだ。施設から通ってるんだって」


「……」


「年齢よりも華奢(きゃしゃ)な俺は、いじめの対象になった。多分だけど、あいつらは怖かったんだと思う。人殺しをするような親の子供、あいつもきっとそうに違いない。だったらやられる前に潰そうって思ったんじゃないかな」


「そんな理屈……無茶苦茶じゃない」


「でも俺にとって、同級生のいじめなんて屁でもなかった。何しろ俺たちは、実の親から毎日殴られてたんだからな」


 ははっと笑い、大地は3本目の煙草に火をつけた。


「いじめに気付いた教師たちも、面倒ごとに首を突っ込む気がなかったみたいでな、見て見ぬ振りをしてた」


「……青空(そら)さんは」


青空姉(そらねえ)も酷い目にあってたみたいだ」


「でも青空(そら)さんは」


「俺ら姉弟(きょうだい)にはな、決定的な違いがあるんだ」


「どういうこと?」


青空姉(そらねえ)は、人を信じたいって思いながら生きている。それが自分を攻撃してくるやつらでも、そいつらの中にある善性を信じてる。だが俺は違う。俺は人を悪だと思っている。だから信じる気持ち自体持ってない。性善説と性悪説、こう言えば分かりやすいかな」


「じゃあ……私のことも……」


「いいやつだってことは分かってる。関わっていくことに何の抵抗もない。でも信じるかどうかと聞かれれば、悪いが信じないって答える」


「そう……なんだ……」





 急に大地との間に距離を感じた。

 嘘でもこの数日、彼と共に生活して。少しは彼のことを理解してるつもりだった。

 何より自分は、大地のことを信じている。いつも気にかけてくれて、自分の気持ちを尊重してくれる大地を信じてる。

 デリカシーがないし、いつ死ぬつもりだ、なんて平気で聞いてくる。

 でも。それでも。

 そこに不思議と、彼の優しさを感じていた。

 だけど大地は、自分のことを信じていない。


 偶然の出会い。すぐに切れる縁。

 それなのに少し、寂しくなった。




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