014 つぶやき
ベッドに寝転び壁を向いた大地。その背中を海が抱きしめた。
「一緒に寝ろって、こういうことか」
「顔を見ながらだと、話せそうにないから……」
「まあ、向き合って話すのは戦いみたいなもんだからな」
「そうなの?」
「何かで読んだことがあるんだ。相手の顔を見据えて話すのは、歓談というより交渉に近い。リラックスして話すには、隣同士に座ってとかの方がいいらしい。車の運転席と助手席、なんてのが理想の形だそうだ」
「確かに……面と向かってると、お互い自分の主張を通そうとしてるって感じがする。大地って、色々博識なんだね」
「ただの雑学だ。それよりほら、聞く準備は出来てるぞ」
「……そういうところは本当、デリカシーに欠けるんだけど」
「俺に多くを求めるな。これでも精一杯なんだ」
「他人に興味を持つ。そのことから逃げてるから?」
核心を突かれた、そう思った。
「……青空姉から聞いたのか」
「うん。でも聞いてなくても、何となくそんな気はしてた」
「……そうか」
「私が死にたいのは裕司に会う為。そう言ったよね」
「ああ」
「まあ、話の着地点がそこなのは間違いないの。だからこれからする話は、大地にとっては聞いても仕方のないこと。聞いたところで、どうすることも出来ない訳だし」
「さっきも言った通り、俺はただ聞くだけだ。まあ、合いの手ぐらいは入れてやるが」
「そうだったね、ふふっ……私の両親は、本当に優しい人だったの。たくさんの愛情を注いでくれて、いつも温かく見守ってくれた」
「……」
「でもだからと言って、叱らないってことはないんだよ? 悪いことをした時には、それはもう怖かったんだから」
「親としての責務を、立派に果たしてたんだな」
「うん、そう。叱る時にはちゃんと叱る、褒める時には全力で褒める。私が社会で生きていけるよう、愛情深く接してくれた。だから私、お父さんのこともお母さんのことも大好きだった。嫌いだなんて思ったこと、一度もなかった」
「そうか」
「私は周りと比べても、幸せ度数が抜きんでたと思う。手を上げられたこともないし、能力以上の結果を期待されることもなかった。ありのままでいい、そう言ってくれた。
でもね、人って本当、平等に出来てるの。過度な幸せには必ず調整が入るんだ」
「……」
「中学2年の時だった。二人共、旅行先で事故にあって」
大地を抱く手に力が入る。
「その日から私は、親戚の叔父さんのところで暮らすことになった。叔父さんたちは私を温かく迎えてくれて、そこでも私は何不自由のない生活をすることが出来たの。でもね……
私の心は、そこで一度壊れたの」
「……そうか」
「そんな私のことを、叔父さんたちは本当に心配してくれた。カウンセリングなんかも用意してくれた。私、悪いなって思った。こんな私を引き取って、実の子供のように接してくれていたのに。私は心を閉ざしていた。たくさんの好意を踏みにじって、なるべく関わらないようにしてた。
多分私、怖かったんだと思う。このまま好意に甘えて、叔父さん叔母さんを本当の親のように思ってしまったら。好きになってしまったら。お父さんたちの時のように、別れる時辛い思いをすることになってしまう。それを受け止められる気がしなかったの。
誰も好きになりたくない。友達もいらない。大切になればなるほど、失った時に辛いから。だから……高校に入ってすぐ、引きこもりになった」
背中が海の涙で濡れた。
「そんなある日、クラスメイトが家にやってきたの。クラス委員で、行事予定のプリントとかを持って来て」
「それが」
「うん、そう。裕司」
「そうか。ところで海、それはそれとして、なんで背中に頬ずりするんだ」
「駄目……かな」
「駄目ってことはないんだが。好きな男の話の時に、違う男に頬ずりする。その意図がつかめなくてな」
「意味なんてないよ。でも言ったでしょ? 私はもう、温もりがないと駄目なの。大好きだった裕司はいない。でもまだ、裕司の元に行く覚悟が出来ない。
大地には悪いと思ってる。でも……ごめんなさい、もう少し私の我儘、付き合ってください」
「俺は別に構わない。元々高めだし、体温ぐらい分けてやる」
「ありがとう……それでね、私は勿論会わなかった。ほっといてほしい、大体何で男子なの? こういう時は担任か、女子が来るものじゃないの? そう思った。
玄関先で、叔母さんが謝ってる声が聞こえた。その時初めて裕司の声を聞いたんだけど、なんかこう、今時の男子って感じだった。弱々しくて、愛想笑いばっかりして。それを聞いてね、会わなくて正解だって思ったの」
「最初の印象は最低だったってことか」
「そうね。元気だった頃に出会ってたら、絶対話なんかしないタイプね。
でも彼、それから毎日来るようになったの。その度に授業で使われたプリントとかを持ってきた。最初は叔母さんも申し訳なさそうにしてたんだけど、会ってる内に気が合ったんだろうね、リビングに通してお茶を出したりしだしたの」
「拒絶されてるというのに、中々に肝の座ったやつだな」
「そう! そうなのよ! だから私、段々腹が立ってきてね、裕司が来るとイライラするようになったの。
リビングから、叔母さんと裕司の笑い声が聞こえる。あんた、何しに来てるのよって思った。肝心の私に会えてないのに、何呑気にお茶飲んで笑ってるのよ。私がどれだけ悩んでるかも知らない癖に、物見遊山で来てるんじゃないわよって思った」
「面白いやつだな」
「そんな言葉で片付けられるものじゃないから。毎日毎日、クラスメイトの家でお茶飲んでるんだよ? しかも叔母さん、日を追うごとに彼のことを気に入ってくし」
「ははっ、やっぱり面白い」
「今は笑い話だけど、その時は本当、腹が立って仕方なかったんだから。学校もやめてしまおうか、そこまで考えたんだから」
「それで? そいつと初めて会ったのはいつなんだ」
「彼が通い出して4か月が過ぎた頃」
「4か月も通ってたのか。我慢強いやつだな」
「それも夏休みもだよ? 休みだってのに毎日来てたんだよ? おかしいでしょ、怖いでしょ」
「確かにな。どれだけ暇なやつでも、そこまで続けるのは無理だろうな。心が折れそうだ」
「でね、夏休みも終わりって時にね、裕司と対面したの」
「部屋に入れたのか」
「まさか。このままじゃ埒があかない。こうなったら直接言ってやる、そう思ってリビングに突撃したの」
「……中々に熱い展開だな」




