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青空と海と大地 ーそらとうみとだいちー  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 知らなかった世界

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013 葛藤

 


 お茶会が終わり、利用者たちがワゴン車に乗り込んでいた。


「海ちゃん、今日はありがとうね。楽しかったわ」


「こちらこそ、ありがとうございました」


「また来月、会えるかしら」


 そう聞かれ、海は一瞬複雑な表情を浮かべた。しかしすぐに、


「はい。またよろしくお願いします」


 そう笑顔で答えたのだった。


「大地ちゃん。青空(そら)ちゃんは大丈夫なんかい?」


「ありがとうございます。じきに落ち着くので安心してください」


「久し振りだったからね、びっくりしちゃったわ」


「そうですね。でもいつものことですし、大丈夫ですよ」


 誰かが海の頭を撫でる。

 見ると、ストレッチャーに乗った中山が手を伸ばしていた。


「中山さん……」


 中山がゆっくり口を動かす。


 ――ありがとう――


 海が肩を震わせる。


「またお会い出来るの……楽しみにしてます」


 涙ぐみ答えると、中山は笑顔で何度もうなずいた。





「ごめんね、途中でぶっちしちゃって」


 片付けをしている頃に、青空(そら)が照れくさそうに戻ってきた。


青空(そら)さん、その……大丈夫ですか」


「ごめんね海ちゃん、変なところ見せちゃって。もう大丈夫だから」


「でも……顔色、まだすぐれないようですが」


「大丈夫だよ」


 大地が海の肩に手をやる。


「さっきも言ったけど、いつものことだから。心配しなくていいよ」


「そんなこと言っても……青空(そら)さん、私が何か」


「いやいやほんと、気にしないで」


「でも……」


「後で大地に聞くといいよ。そうしたら海ちゃんのせいじゃないって分かるから」


「そうだな。このまま有耶無耶にしてたら、海も気持ち悪いだろうしな」


「と言うことで海ちゃん、後は大地に任せたから。帰ってから聞くといいよ」


「……分かりました」


 かなり重い話のようだ。そんな話を聞いてもいいのだろうか。

 知っておきたいという欲求との狭間で、海がなんとも言えない表情を浮かべた。


「ああ青空(そら)さん、おかえりなさい。もういいんですか」


「ごめんね浩正(ひろまさ)くん。ちょっと気が緩んでたみたい」


「そういう時もあると思いますよ。でも大事に至らなくてよかったです。じゃあ片付けを済ませて、今日は早めに帰るとしましょう」


「晩御飯、いつもの店で食べたいなー」


「はははっ、分かりました。大地くんたちはどうしますか」


「いえ、今日は遠慮します。青空姉(そらねえ)のこと、よろしくお願いします」


「分かりました。海さんも、今日はありがとうございました」


「いえ、私は何も」


「そんなことないですよ。みなさん喜んでくれてたじゃないですか。手伝ってくださって感謝してます」


「……ありがとうございます」


「大地くんは明日、お休みでしたね」


「ええ。すいません、三連休もいただいてしまって」


「たまにはのんびりしてください。それに海さんのこともありますし、よければ明日、この辺りを案内してもいいんじゃないですか」


「そうだね。流石浩正(ひろまさ)くん、いいこと言う」


「ははっ、ありがとうございます。まあとにかく、ゆっくり休んで下さいね」





 帰宅後。

 大地は風呂に湯をはり、海に入るよう促した。


「疲れただろうし、ゆっくり入るといいよ」


 お湯につかりながら、海は思った。

 昨日死のうと思っていた。もしあのまま目的を叶えていたら、今日こうしてお風呂に入ることもなかったんだ。

 大地の布団で一緒に寝て、とまりぎで働くこともなかった。

 利用者さんたちと話をして。知らなかった世界の一部を垣間見て。

 自分がどれだけ恵まれているかを考えることもなかったんだ。

 そして何より。

 今日会ったばかりの青空(そら)さんのことで、こんなに考えることもなかったんだ。

 そう思い、運命の複雑さを強く感じた。


 それにしても、なんて濃い一日だったんだろう。

 そしてそれは多分、これからもっと濃くなるんだ。

 青空(そら)さんの身に起こったことを、これから聞くことになる。

 それが軽々しく聞いていい話じゃないことは分かる。

 そんな話を、会ったばかりの私にしていいと言った青空(そら)さん。

 なんて懐の深い人なんだろう。そう思った。

 同時に。

 自分のことを何も話さず、理解されようともしていない自分。

 死ぬ勇気が出来るまで面倒みてほしい、そう言って大地の優しさに甘えている自分。

 そんな自分に、果たして聞く資格があるのだろうか。そんな思いが渦巻いた。


「身勝手にも程があるよね」


 頭の先までお湯につかり、ぶくぶくと泡を生み出しながら。

 海は自問した。





 風呂上がり。

 時間は21時をまわっていた。

 テーブルを挟み、二人はビールを飲んでいた。


「酒は飲めるのか?」


 大地の誘いに応じ、久しぶりに口にしたビールは美味しかった。

 裕司(ゆうじ)が元気だった頃は、よくこうして一緒に飲んでたな。

 彼が入院してから、ずっと断っていたお酒。

 そう思うとせつなくなった。


「じゃあ話すか」


「え」


「え、じゃないだろ。聞きたかったんだろ、青空姉(そらねえ)のこと」


「そうなんだけど……ほんと大地、デリカシーに欠けるというか、雑というか」


「いやいや、こういうのに前置きもクソもねえから。それにそういうの、俺に求めても無駄だから」


「だよねー、だよねだよねだよねー。そういうところ、改めないとモテないよ」


「いや、だから。もうすぐ死ぬ男に、そういうの必要ないから」


「はい罰金!」


 そう言ってあの貯金箱を前に出した。


「お前……もう酔ったのか」


「酔ってませーん。私はただ、青空(そら)さんとの約束を守ってるだけでーす」


「……ったく」


 ぶつぶつ(つぶや)きながら、大地が500円を中に入れる。

 嘘くさいテンション出してきやがって。そう思いながら。


「ふふっ」


「何かおかしかったか」


「ごめんなさい。でも、ふふっ……なんだかんだ文句は言うけど、大地って素直だなって思って」


「ほっとけ」


「でもそういう大地、私は好きだよ」


「そうかよ」


「照れた?」


「照れるか」


「ふふっ」


「それで? 話、始めていいのか」


「そのことなんだけど、ね」


「なんだ? 聞く気がないならそれでもいいぞ。無理に聞いてもらおうとも思ってないから」


「そうじゃなくて。その前に聞いてほしいことがあるの」


「何だ。変なことじゃなければ聞いてやる」


「私のこと……なんだけど」


「海のこと?」


「うん……色々考えたんだけど、大地がしようとしてる話は、誰にでも話せることじゃないと思うの。でも大地、それに青空(そら)さんは、私のことを信頼して話そうとしてくれてる。

 それなのに、私は自分のことを何も話してない。こんな状態で聞くのはフェアじゃないと思うの」


「フェアもクソもねえよ。そんなことにいちいち資格なんてないから」


「それでも私は話したい。今、心からそう思ってる」


 熱い視線が大地に向けられる。

 大地は大きく息を吐くと、頭を掻きながら「分かったよ」そう(つぶや)いた。


「ただし、俺は聞くだけだ。何か答えを求めてるんだったら、その期待は今すぐ消しておけ」


「やっぱり大地、優しいね」


「どこがだよ。面倒臭いだけだ」


「じゃあそういうことにしておくよ。私がただ(つぶや)くだけ。大地はたまたま、私のひとりごとが聞こえるだけ。それでいい?」


「ああ」


「じゃあ大地……一緒に寝て」


「……はい?」




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