第一話 勇者が来ない?
カラン、コロン。
カフェ
月夜夢の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
この、カフェの店主である
習志野 律は、いつものように微笑んだ。
入ってきたのは、スーツ姿の男性だった。
年齢は三十歳前後だろうか。疲れた顔で店内を見回し、カウンターの前で足を止めた。
「あの……こちらで異世界の相談を受けてもらえると聞いたんですが」
習志野 律が経営している、この
カフェ『月夜夢』は、もう1つ隠れた看板がある。
『異世界相談窓口 月夜夢』
異世界に関わる困り事の相談を受けている。
が、
この美しい店主 習志野律は
淡々としている。美しい外見も相まって
どこか儚い。
律が静かに、
「ご注文は?」
「……え?」
相談しにやって来たのに、
それとも、相談料の代わりに注文する
仕組みなのか…?
律が、相変わらず微笑んでいる。
「うちはカフェですから。まずは飲み物でもいかがですか?」
男性がいよいよ困惑する。
律は涼しい顔でメニューを差し出した。
その様子を、カウンター席で眺めていた栗原蓮華は、盛大にため息をついた。
「律ってさ、ほんっと顔だけはいいよね」
「顔だけ?」
「そう。顔だけ。もうちょっと愛想よくできないわけ?」
「しているつもりだけど」
「どこがよ!」
律は答えず、男性に向き直った。
「コーヒーでよろしいですか?」
「……はい」
注文を受けると、律はコーヒーを淹れ始めた。
「ねえ、律」
「何?」
「その人、普通のお客さんじゃないでしょ?」
「そうだね」
「だったら、もっとこう……相談に乗ってあげようとか、困っている人を助けようとか、そういう気持ちはないの?」
「あるよ」
「あるんだ?へぇ。 」
「だから、コーヒーを淹れているんじゃないかな」
「そういう話じゃなーい!律が今しているのは、カフェの仕事じゃん。もう。」
蓮華は頭を抱えた。
この男は、いつもそうだ。
肝心なことは教えてくれないくせに、どうでもいいことには妙に丁寧なのだ。
「蓮華には、甘いラテを作ろうか?」
「アイス! カフェラテ! 甘めで!
あー!チーズケーキもね!!」
大好きな律のカフェラテ。
「はいはい」
律が小さく笑った。
……ほら、こういうところだ。
この美形、ねらってやってるわけじゃない。
素でやってるから、めんどくせぇ、ってやつ。
律は男だけど、男に付きまとわれてしまう。
律の相手が
イケメンだったら、許す。というより、
大歓迎だ!なんて、蓮華は考えている。
律は、マイペース。
見た目がとにかく美しい
ずるいわぁぁ。男だけど、彼氏がいても
いいくらい、儚げな美しさ。
なんだけどね??
どっちにしても、腹が立つ。
相談しに来てる人もどうしていいか
わからないじゃないのよ!もう!
やがて、男性の前にコーヒーが置かれた。
「それで、ご相談というのは?」
やっと律が切り出した。
男性はカップを見つめ、深く息を吐いた。
「勇者が……来ないんです」
「…………はい?えっ?」
蓮華が顔を上げた。
勇者。
今、勇者って言った?
「ちょっと待ってください。勇者って、あの勇者ですか?」
「はい」
「魔王を倒したり、伝説の剣を振り回したり、すごい魔法を使ったりする、あの勇者?」
「おそらく、そうです」
「うわああああ! いるんだ、勇者!」
蓮華は勢いよく立ち上がった。
「私も行きたい! 異世界! 勇者! 魔法! 伝説の剣!」
「蓮華、声が大きいよ」
律は落ち着いている。
「だって、いるんだよ!? 勇者が!
魔王が! やばいわ!
聞いてくださいよ! 私って、異世界だとか、転生ものに憧れてるんです!!」
「落ち着いて」律のため息。
「落ち着けるかぁ!ボケぇ!」
男性が、おそるおそる口を挟んだ。
「……あの、勇者が来ないというのが、今回の相談でして…」
「あっ、そうだった!ごめんなさい。」
蓮華は椅子に座り直した。
男は、
「改めてご挨拶致します。私、異世界で
魔王様に付いている、秘書の柳原と申します。」
律は、蓮華をちょっと睨む。
「それで、どうして勇者が来ないんですか?」
「三日前に召喚される予定だったんです。しかし、いくら待っても現れなくて……」
「召喚って、どこから?」
「よくわからないんですが、召喚すると
確かに連絡がありました。」
蓮華は、ゆっくりと律を振り返った。
「……ねえ、律」
「何かな」
「世界って、いくつもあるの?」
「あるよ」
「じゃあ、私が行ける世界も?」
「あるね」
「私が行ける世界もあるんだ!?」
「でも、蓮華は行けないよ」
「なんでよおおおお!」
店内に、蓮華の悲鳴が響いた。
律は楽しそうに笑っている。
「蓮華は僕の相棒だから」
その言葉に、蓮華は一瞬だけ黙った。
相棒。
そう言われるのは嫌じゃない。
でも。律はなかなか教えてくれない。
何故私が相棒なのかを。
「……それと異世界に行けないこと、何か関係ある?」
「あるよ」
「どんな関係!?」
「それは、また今度」
「今、言ええええ!行けないよっていっつも
それでうやむやにして誤魔化すんだから!!
さあ、律。
何故私は異世界に行けないのか、吐いてもらおうか…………………」
律は笑顔のまま、答えなかった。
蓮華はむうっと頬を膨らませる。
くそ。律のケチ!!
相談者の男性へ向き直った。
「……で、勇者が来ないと何が困るんですか?」
「魔王を倒せないんです」
「世界が滅びるとか?」
「いえ」
「姫がさらわれたとか?」
「いえ」
「じゃあ、何のために魔王を倒すんですか?」
男性は、ひどく真面目な顔で答えた。
「魔王様が、勇者との決闘を楽しみにしていまして」
蓮華は、ぽかんと口を開けた。
それから、律を見た。
「……ねえ。魔王って、暇なの?
暇なら、言ってくれれば、私、
すぐ魔王に会いにいくのにー。」
「どうだろうね」
「勇者が来ないからって、相談窓口に問い合わせる魔王の秘書も大変だね」
「全くそうなんですが、魔王の気持ちを思うと、何とかしたいという気持ちがあります。
ただ、手掛かりがなく、途方に暮れています。」
男性は、心の底から疲れた声で答えた。
律がカップを置く。
「なるほど。それは困ったね」
「律さんよ。一緒に困ったって言ってる場合じゃないっすよ!! ちゃんと考えてよね!!」
蓮華の声が、月夜夢に響いた。
こうして、月夜夢の午後は始まった。




