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3-25 イーストツカの喫茶店とマスターの終わり

私は獣人の美少女。

誰もが振り向く看板娘です。


今日もマスターの喫茶店を盛り上げていきます!


マスターにばちばち鍛えられて強い。メイド服もばっちり似合ってる。

こんな最強の店員、王都にもいませんよ。


とはいえ場所が場所。王都から馬車で140分の田舎にはお客さんがあんまりいません。

万年赤字、マスターのポケットマニーもあと2か月で底をつきます。

でも何とかなるでしょう。マスターのデザートはおいしいですから。


そんなさなかに訪れた世界の危機。魔物に店を吹っ飛ばされてしまいました。

いやぁ困った困った。


世界の危機を解決すれば報奨金たんまり。多店舗展開だってできちゃいます。

マスターと私は、お店の再建のために世界を救いに行くことにしました。

汗だくで目を覚ます。心臓が音を鳴らしている。

見慣れた天井がぼやけて、いつもの日常が始まる。


鳥が遠くで鳴いている。吹き込んだ風がカーテンを揺らす。

息を静かに吐いた。心を整えなくちゃ。


「私は普通(かわいい)。私は無害(かわいい)。私は大丈夫(かわいい)……」


吸って吐いてを繰り返し、落ち着いてから起き上がる。


クローゼットに折りたたまれたメイド服を取り出して、手慣れた手つきで着替えていく。

鏡の前で一回転。フリルが風になびいて白鳥みたい。

ペチン、と頬を叩く。


「よし! 今日も私はかわいい!」


勤続6年。立派な喫茶店の看板娘だ。

階段を下ってお店に出ると、カウンターにマスターが居る。


「おはようございます。マスター」

「おはようオーリス」


王都から馬車で40分。イーストツカは山と田畑に囲まれている鄙びた田舎。

そんな田舎の村の隅にはひっそり佇む喫茶店。

朝日に照らされニスが輝くきらきらした木目調に、額縁入りの世界のどこかの風景画。


そこが私のいつもの職場。喫茶店フトゥールム。

がらんとした店内で私は呟いた。


「ますたー。このままだとほんとに潰れちゃいますよー」


マスターはコップを磨きつつ、ゆっくりと頷いた。


「心配しなくても大丈夫……ポケットマニーにはまだ余裕があるから」

「あと二か月で破産じゃないですか……この店田舎のくせにメニュー多すぎるんですよ。このナマ……ヤツハシ? っていうデザート、どこの料理か知らないですけど、デカフェがデフォで出てくるような王都のデートスポットのデザートでしょうに」


ナマヤツハシを朝食代わりに口に放り込みながら足をぶらぶらさせる。

まあおいしいですけど。


「うちもあるよ……デカフェのアメリカン」

「絶対いらないですって!! こんなクソ田舎に!」

「そうかなぁ……」


赤字でも私が首にならず、店も潰れないのはマスターの貯金のおかげだ。

仕事らしい仕事もしないのに、お金にこまった事がない。


マスターに拾ってもらって十数年。

マスターの事は未だによく分からない。


年齢も、昔の仕事も、彼女がいるかどうかも。

一回だけマスターの寝室に侵入した(いれてもらった)時に見た、綺麗な女の人の肖像についても。床に転がっていた幅広の剣についても。


マスターはいつも「忘れた」とはぐらかすのだ。


軍でちょっとだけ働いていたことがあったそうだが、お人好しかつ抜けてるマスターの事だからきっと出世はしてなかっただろう。

世を統べる偉大な7大騎士(セブンプラネッツ)の配下の配下の配下の配下の配下の禿げたおじさんにこき使われていたに違いない。


何かの間違いで、7大騎士のガウェイン卿と知り合いだったりしないだろうか。

大戦で王国を救った炎の英雄。表舞台から姿を消した影の実力者。

私は彼を探している。


カランカラン。

入り口のベルが鳴る。

いけないいけない。貴重な魚を逃がすわけには。


「いらっしゃいませー。あ、パーシー叔父さん!」

「空いてるね。オーリスちゃんまた美人さんになって……」

「先週ぶりです。多分気のせいです」


扉を開けて入ってきたのはマスターと同い年くらいの剣を携えた男性。

マスターの古い友達らしく、お店の常連さんだ。

叔父さんと私は呼んではいるものの、特に血縁関係は無い。


若い女の子におじさんと呼ばれると嬉しいそうだ。

リテンションのためのファンサ、という奴である。


王都のエリート騎士だが、毎週この不便な田舎まで足を運んでは喫茶店に顔を出している。

騎士も暇なのだろうか。

パーシー叔父さんはカウンターに肘をつく。


「おすすめはあるかな」

「新しいデザートがありますよ。ナマヤツハシ」

「ナマヤツハシ! これまた懐かしいな……」

「知ってるんですか?」

「ああ。海を越えた東の方に桜国(オウコク)っていう王国があるんだが……」

「パーシヴァル」


マスターが割って入る。


「ナマヤツハシとアイスコーヒーでいいかな」

「ああ……悪い。頼んだ」


マスターが厨房へ入っていく。

伯父さんの細身の剣がカウンターに立てかけられている。


「軍はどうですか」

「大変さ。北の方で強力な魔物が出たとかで」

「こんなところで油売ってる場合じゃ無いのでは」

「そうでも無いさ。なあオーリスちゃん」

「なんでしょう」

「マスターしばらく借りてもいいかな。お店が大丈夫なら……」

「まあ大丈夫ですが。何するんですか?」

「ちょっとね」


伯父さんはそう言ってグラスから水を飲む。


「北部に厄介な魔物が出たんだ」

「……マスターが役に立ちますかね」

「そこそこ戦える料理人は貴重さ」

「そんなもんですか」


カウンターの木目をさすって小さく息を吸う。


「ねぇパーシー叔父さん。ガウェイン卿に会ったことはありますか」

「……どうして」

「私ファンなんです。村を魔物から救ってくれて。一度だけでも会いたいなって」


言葉を紡ぐたびに胃の奥がむかむかする。首筋の後ろを冷汗が辿った。

村にいたころは嘘をつくのが苦手だった。

十数年で仮面を被るのが随分と上手くなったと思う。


「…………………………」


叔父さんは押し黙って、遠い目で天井を見上げる。


「もう死んだ」

「そんなこと、国は発表していませんが」

「奴は死んだんだ。だからもう会えない。それに会う必要もない」

「どうしてですか」

「オーリスちゃんが気にするほど大した人間じゃない。酒に溺れていつも後悔に満ちていた。自分のせいで大きなものを失って、それに耐えられなかった。だから死んだ」

「知り合い、だったんですか」

「……なあ、オーリスちゃん。ここにはマスターも、俺もいる。それじゃ不満か?」


首を横に振る。


小さな冷気が私の肩と首を伝う。まるで冷たいブランケットが覆いかぶさるように上半身が冷えていく。

耳元で小さな息遣いが聞こえる。


ああ、来たんだ。

耳元でか細い声が聞こえる。


「嘘だよ」


死んだ妹の、アリシアの声だ。

生きていた時の明るい声とは対照的な平坦で冷たい声で彼女は続ける。


「お姉ちゃん。彼は嘘をついている。そして何かを隠してる」


叔父さんのアッシュグレーの目をまっすぐ見据えて私は言った。


「ガウェイン卿は、どこかで生きてるんじゃないですか。名前を変えたり、仕事を変えたりして。叔父さんは本当に彼の居場所を知らないんですか?」


ゆっくりと叔父さんは首を横に振る。


「言っただろう。奴は死んだ」

「でも――」


暖簾がばさりと舞い、奥のキッチンからマスターが戻ってくる。


「出来たぞ! ナマヤツハシとコーヒー! 自信作だ!」


叔父さんは三角形の菓子をまじまじと見つめる。


「凄い再現度だ……」

「自信作さ。どうだ、喫茶店の俺も悪くないだろう。こうやって年を取っていきたいものだ……」


叔父さんはコーヒーを一口すすり、顔をしかめて静かにコップを置くと、苦々しげに口を開く。


「そうかもな」


ガランガラン!

扉を勢い良く開けて村人が店に入ってくる。


「襲撃だ! タナカさん! 魔獣が出た! ぐっ……ああ」


青い魔法の矢が背中に三本刺さり、村人は床に倒れ伏した。


マスターはとっさにエプロンを外して村人に駆け寄る。

カウンターの下から弓と矢筒を引っ張り出すと私はマスターについていく。


その瞬間。

悪意、としか呼べない黒々とした恐ろしいものが辺りに満ちる。

全身の毛が逆立ち、肌が鳥のようにぶつぶつする。

何かとんでもないものが村にいる。

すぐにその場から逃げ出したくなるほどの圧迫感が村全体を満たしていた。


叔父さんが目を細める。


「……どうしてここに」


マスターが叫ぶ。


「オーリス!」

「はい!」

「絶対に店から出るな! 地下室に隠れていろ!」

「でもマスター! 私も!」

「黙って隠れてろ! いいな!」


普段の温厚な口調から考えられないほどのマスターの気迫に私は気圧され、こくこくと頷く。

マスターは戸棚から剣を取り出すと、叔父さんと一緒に村へ向かおうと入口をくぐる。


叔父さんが村の方を一瞥すると、目を見開いて叫ぶ。


「伏せろ!」


衝撃音。大きな魔力の塊が、店を破壊しながら頭上を抜けていく。

バットで打ち付けられたように体が吹っ飛び、世界がひっくり返る。

全身が痛い。視界がぼやけて耳鳴りがする。

店の屋根がボロボロに崩れ、大穴から真っ青なキャンバスが見えた。

崩れ落ちていく店で、私は攻撃を食らったことに気が付いた。


マスターは!?


起き上がろうとするも、体が動かない。

半壊した喫茶店の入り口で、マスターと叔父さんは剣を敵へ向けていた。

こちらに迫る悪意の塊に二人は正対して叫んでいた。


「オーリスちゃん!」

「オーリス! 無事か!」


声が反響する。

無事だ、と答えようとしても声がうまく出なかった。


頭がガンガンする。視界が揺れて今にも倒れそうだ。

世界の情報がバラバラになっていき、意識が黒に染まっていく。


魔物のくぐもった声が聞こえる。


「XX。こんなところにXXが二人も居るなんで。王国もXXXじゃXX」

「黙れ! 目的はなんだXXX。言え!」

「決まってるじゃないか。聖杯をXXXXXX」


マスターが魔物に切りかかり、私の意識は限界を迎える。

最後に自分の身体が倒れる音を聞いた。


聖杯。

その言葉を聞いたことがある。


ガウェイン卿に全てを壊されたあの日のことだ。

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