③② ロベールside3
ロベールは笑いすぎでまっすぐ歩けていないマルセルとアイナスとともに自室へと向かっていた。
彼らがここまで感情を露わにしたのはいつぶりだろうか。
想像もできないような予想外なことを繰り返すオリヴィアにも驚かせる。
執務室に入ると、マルセルとアイナスは壁に寄りかかりながらまだ笑っている。
「肉体と……肉体のぶつかりっ、くくっ……」
「あの、ロベール様に馬乗りに……なびきもしない、なんてぇ……」
仮面を外して優しく微笑めば、ほとんどの女性はロベールに見惚れて場に流されてしまう。
今までの冷たい態度もあいまって、自分のことを見てくれたのだと勘違いするのだ。
けれどオリヴィアは身を任せるどころか、兄に習ったという間違った知識を信じ込んでいた。
もはや純粋すぎて何もできなくなってしまう。
戦いのことしか頭にないのかと思いきや、胸元を見られることを恥ずかしがったりと表情がコロコロと変わるのもおもしろい。
(大胆なのか純粋なのかわからないな……)
オリヴィアのギャップに翻弄されたことが自分でも信じられなかった。
初夜を戦いだと勘違いしているところもだ。
アリスに紅茶をかけられても、平然としているどころか容赦なく反撃しようとしていた。
普通の令嬢ならば涙を流すか、自分ではないと反対意見を出してアリスに圧倒されてしまう。
体を震わせながら、訴えかけるようにこちらを見るだけで自分から動くことはない。
ロベールに助けてもらおうと待っているだけだ。
それがまず一番に心配したのがドレスの弁償代とはおもしろすぎるではないか。
ロベールは笑ってしまいそうになる口元を手のひらで押さえながら震えていた。
(まさか援助のことを気にかけているとは……)
大胆な行動を見る限り図々しいかと思いきや遠慮がある。そこも貴族の令嬢とは真逆。
(それにあの規格外の力……)
油断していたにしても、ロベールが女性に馬乗りになられることなどありえない。
ディルムーン辺境伯を殴り飛ばしていた母親のミリ譲りの怪力なのだろう。
(ディルムーン辺境伯はオリヴィアはどうするつもりだったのだろうか)
彼は王家の血筋も引いている。
だからこそロベールは彼の弱い部分につけ込んだのだ。
正直、ディルムーン辺境伯が窮地に追い込まれていることになど気づくことはなかった。
そこは英雄としてのプライドだろうか。
だが、その皺寄せが家族にいっているようだった。
「今までどんな暮らしをすれば、あのような考え方になるのでしょうね」
「オリヴィア様は特殊すぎますよ。普通ではありませんから」
笑いすぎたのか横腹を押さえながらマルセルが言うと、表情はなんとか取り繕っているが小さく震えるアイナスも小さく頷いている。
今まで笑うという感情はすべて捨ててきたはずだった。
そんなことも忘れて声を出して笑ってしまった。
エンバルト公爵家の当主とは失格なのかもしれないが、今は彼女のことで頭がいっぱいだった。
オリヴィアは正直で裏表がない。
すべて感情が表に出てしまっているところも好ましいと思ってしまう。
(オリヴィアとは契約結婚だ。利益の繋がりだけなはずなのに……)
そう提案したのはロベールのほうだ。
オリヴィアはすべての条件を飲み込んで自分と結婚した。
一年だけは何があっても耐えてもらう。
ディルムーン辺境伯に投資した金の分は稼いでもらわなければと思っていたが、ロベールが思った以上の働きをする彼女に笑いがとまらない。
必要以上に干渉するつもりはなかった。
自分の目的のため、邪魔者を排除するために利用すればいいと思っていたはずなのに……。
まさか自分からオリヴィアに触れて、助けるようなことをするとは夢にも思わなかった。
だけど体が勝手に動いたのだ。
彼女の存在が、今まで絶対的にロベールを作り上げていたものを徐々に壊していく。
オリヴィアの前ではロベールが当たり前だと思っていた常識は崩れてしまった。
それが恐ろしく思うのと同時に『もっと見ていたい』と思ってしまう。
それはマルセルとアイナスも同じようだ。
ロベールが見ていない間、オリヴィアがどうしていたか報告を受ける。
彼女は心底楽しそうに講師からの授業を受けたあと、あのアリスにまで教えを乞うようなことをしたそうだ。
無意識だろうが貪欲で、何もかもを吸収しようとしている。
講師からの評価も悪くなく、成長しようという意欲もあった。
一年はエンバルト公爵夫人として役目を果たすつもりなのかましれない。
そもそも札束でビンタして泣いたり怒ったりしない女性は、彼女くらいなものだろう。
あのときの直感が間違っていなかったと思えた。
それにベッドで手の甲に口づけたときもそうだ。
そのときだけは少女のような反応をする。男性への耐性はまったくない。
(彼女を甘やかしたらどんな反応をするのだろうか)
役に立てば誰でもいい、そう思っていたはずなのにオリヴィアが気になって仕方がない。
(あの細腕のどこに力があるのだろうか)
ロベールが対峙したどの男性よりも単純に力が強かった。
まだまだオリヴィアる何かを隠し持っていてロベールを楽しませてくれるに違いない。
ふと現実に戻ると、好奇心に負けてしまった自分が嫌になる。
「フッ……」
仮面を取り去り、オリヴィアを押し倒したとき。
彼女の驚いた顔と照れたように赤らんだ顔が忘れられない。
口角を上げて手で額を押さえつつ上を向くロベールを見て、マルセルはそっと紅茶を出した。
「今日はオリヴィアとは別の部屋で寝る」
「……よろしいのですか?」
「オリヴィアがここに慣れるまでは時間が必要だ。それに彼女と戦うのは万全の準備を整えたほうがいいだろう?」
ロベールの冗談にマルセルもアイナスも顔を合わせつつ微笑んだ。
(こんなこと俺らしくないとわかっている。だが……)
ロベールは先ほどの出来事を思い出し、声を殺しながら笑っていた。




