第50話 静寂の都と、目覚める脅威
【プロジェクト・モール】が、古代の道を、静かに、しかし、力強く進んでいく。
数時間、進んだ頃だろうか。狭く、単調だった地下道が、突如として、巨大な空洞へと開けた。
『し、師匠…! こ、これは…!』
通信機から聞こえるアストライアの息を呑む声と、私の目の前に広がる光景は、完全に一致していた。
そこには、一つの「都市」が、まるごと、眠っていた。
天を突くような尖塔、幾何学的なデザインの家々、巨大な歯車が組み込まれた橋。その全てが、ドワーフ族の、神業的な建築技術の粋を集めた、かつては壮麗だったであろう、地底の都。
だが、その全てが、あの、不気味な、灰色の石へと姿を変え、完全な静寂に、支配されていた。
「…都市まるごと、ですか。これはまた、大掛かりな『汚れ』ですね」
「マジかよ…。街ごと、時が止まってやがる…」
操縦席の隣で、リオが、呆然と呟く。
私は、モールの外部センサーを最大にし、都市全体の汚染状況をマッピングしていく。
汚染レベルは、均一ではない。都市の中心に近づくほど、「停滞」の呪いの密度が、指数関数的に高まっている。
「…まずは、小規模なエリアで、浄化テストを行います。リオ、研修生。あなたの出番です」
私は、都市の入り口付近にあった、一軒の、小さな鍛冶工房をターゲットに定めた。
「あの工房だけを、限定的に、デ=ペトリファイ(脱石化)しなさい。周囲への影響は、最小限に」
「へいへい。…『面倒くさい石化状態、解除』っと」
リオが、増幅器を工房へと向ける。彼の、研ぎ澄まされた「無効化」の力が、工房を覆っていた「停滞」の概念だけを、的確に、消去していく。
灰色の石の外装が、みるみるうちに、本来の、温かみのあるレンガと、黒鉄の輝きを取り戻した。
だが、次の瞬間。
ガシャン! と、激しい音を立てて、工房の扉が、内側から、吹き飛んだ。
中から現れたのは、一体の、作業用の機械腕だった。しかし、その動きは、正常ではない。全身から、錆色の魔力を噴き出し、手にしたハンマーを、無差別に、狂ったように、振り回している。
「うおっ! なんだよ、コイツ!」
リオが、慌てて身を隠す。
暴走する機械腕が、モールの装甲に、ガキン! と、激しい音を立てて、ハンマーを叩きつけた。
『カストディアン!』
私の指示に、カーゴベイから、巨大な番人ゴーレムが、即座に出撃。機械腕の攻撃を、その屈強な体で、全て、受け止める。
私は、その隙に、暴走する腕の動きを、冷静に分析していた。
「…敵意はありませんね。これは、ただの、作業ループの暴走。石化が解けた瞬間、内部の魔術回路が、汚染された魔力でショートを起こした、と見るべきです」
私は、ケルベロスから降ろし、自らも工房へと向かう。
そして、アーカイビスト・ゴーレムに、その腕を、精密な動きで、拘束させた。
「失礼しますよ」
私は、暴れる機械腕の、制御盤を、こじ開ける。
そして、ポーチから取り出した、精密機器用のクリーニングキットで、腐食した回路を、丁寧に、修復していく。ホコリを払い、錆を落とし、淀んだ魔力を、浄化する。
やがて、機械腕の動きが、ぴたり、と止まった。そして、主を失った道具のように、静かに、その場に、佇んだ。
「…ふぅ。やはり、単純に石化を解くだけでは、ダメですね。呪いの根源を断たない限り、目覚めたものは、全て、汚染された脅威と化す」
私は、新たな方針を固めた。
「アストライア。今、わたくしたちがマッピングした、この都市の構造データと、先日、詰所で見つけた日記の記述を、照合してください。この都市の『心臓部』…儀式が行われたであろう、中心地を、特定するのです」
『はい、師匠! すぐに!』
通信の向こうで、秘書が、慌ただしく動き出す。
その間に、リオが、修復された工房の中を、調べていた。
「おい、アカリ。こっちに、また、日記みたいなもんがあったぜ」
彼が指差した先には、一人のドワーフ職人が遺したであろう、作業日誌が、奇跡的に、綺麗な状態で、残されていた。
私は、それをスキャンし、アストライアへと転送する。
数分後、彼女からの、興奮した報告が、届いた。
『師匠! ビンゴです! 二つの情報を照らし合わせた結果、全ての道が、都市の最高地点にある、『王の大溶鉱炉』へと、繋がっています! 日記には、こうも…! 『王は、炉の火に、星の心臓を投じ、我らに、永遠の安らぎを与えると、約束された』と…!』
「星の心臓…。…どうやら、次の『現場』が、決まったようですね」
私は、モールの操縦席に戻ると、都市の、最も高く、そして、最も、禍々しいオーラを放つ、巨大な塔を、見据えた。
あの塔の頂上に、この街を沈黙させた、全ての元凶が、眠っている。
「これより、作戦目標を、『王の大溶鉱炉』の、無力化及び、完全清掃に設定します」
私は、チームの仲間たちに、静かに、しかし、力強く、宣言した。
「――行きましょう。この、静かすぎる街の、一番うるさい『汚れ』の、大掃除に」




