第49話 深き道(ディープ・ロード)と、チームの初仕事
【プロジェクト・モール】と名付けられた、ジルドン謹製の地底探査車が、数千年の沈黙を破り、古代の扉の向こう側へと、その無限軌道を踏み入れた。
瞬間、外界の光は完全に遮断され、私たちの周りを、絶対的な暗闇と、耳が痛くなるほどの静寂が、支配した。
「…すごい。本当に、何もない…」
操縦席の隣で、リオが、感嘆とも呆れともつかぬ声を漏らす。
モールの強力なヘッドライトが、前方を照らし出す。そこに現れたのは、ただの洞窟ではなかった。
天井は、巨大なドームのように、滑らかに磨き上げられ、壁も、床も、寸分の狂いもなく、巨大な石材が組み合わさってできている。それは、古代ドワーフ族の、神業的な建築技術の結晶。忘れ去られた、大いなる地下の道、『深き道』だった。
「アストライア。内部の環境データを、そちらに転送します。空気成分、魔力密度、その他、特異事項の有無を、即時、解析してください」
『はい、師匠! こちら、神界のメインフレームと直結させ、全力でサポートします!』
通信機から聞こえる、秘書の、頼もしい声。
私は、モールの操縦桿を握り、ゆっくりと、この未知の道へと、進んでいく。
アシスタント・ゴーレムたちは、後部のカーゴスペースで、いつでも出撃できるよう、静かに待機している。
数時間、進んだ頃だろうか。
私たちの行く手を、巨大な、瓦礫の山が、完全に、塞いでいた。大規模な、落盤事故の跡だ。
だが、その様子は、明らかにおかしい。
巨大な岩も、転がっている古代の機械の残骸も、その全てが、まるで時が止まったかのように、不気味な、灰色の石へと、姿を変えていた。
「…これが、『石化の呪い』。…いいえ、これは、呪いというより、『停滞』そのものですね」
私は、モールの外部センサーで、瓦礫を分析する。
物理的な硬度は、計測不能。魔力的な干渉も、一切を、受け付けない。
それは、ただ、そこにある。全ての時間と、変化を、拒絶して。
「さて、と」
私は、マイクのスイッチを入れた。
「研修生。あなたの、初仕事です」
「…へっ。分かってるよ」
リオが、操縦席から立ち上がると、モールの後部ハッチへと向かう。
その背中には、ジルドンが、私の設計図通りに作り上げた、【概念増幅器】が、音叉のように、鎮座していた。
「あなたのターゲットは、あの瓦礫全体を覆う、『停滞』という、概念。瓦礫そのものを消すのではありません。それが持つ、『石化している』という、厄介な“状態”だけを、無効化しなさい」
「…チッ。言うのは、簡単なんだよな」
文句を言いながらも、彼の目には、プロとしての、真剣な光が宿っていた。
リオが、瓦礫の山へと、増幅器を向ける。そして、深く、深く、集中した。
彼の全身から、世界から「何か」を削り取る、あの、独特の「無」の力が、増幅器の先端へと、集束していく。
「――面倒だから、『元に、戻れ』」
彼らしい、投げやりな、しかし、本質を捉えた命令。
瞬間、増幅器から、目に見えない波紋が広がり、瓦礫の山を、包み込んだ。
すると、どうだろう。
灰色の石と化していた瓦礫が、その表面から、ゆっくりと、本来の色を取り戻していく。
不気味な静寂を保っていた魔物の死骸が、塵となり、さらさらと崩れ落ちる。
数千年の時を経て、止まっていた時間が、再び、動き出したのだ。
「…ふぅ。こんなもんだろ」
全ての瓦礫が、ただの「岩」へと戻ったのを確認し、リオが、額の汗を拭う。
私は、彼に、通信で、簡潔に告げた。
「…及第点です。下がって、体力を回復させてください」
「へーへー」
次に、私は、カーゴスペースのゴーレムたちに、指示を出す。
「カストディアン、アーカイビスト。前方ルートを、確保してください」
『御意ニ』
二体の巨大なゴーレムが、モールの外へと降り立つ。
カストディアンが、その剛腕で、巨大な岩を軽々と持ち上げて脇へとどけ、アーカイビストが、その精密な動きで、細かな瓦礫を、古代の道を傷つけぬよう、丁寧に取り除いていく。
そして、道が切り拓かれた後を、私が、モールの先端に装備したポリッシャーで、磨き上げ、仕上げる。
事前処理、実作業、そして、最終確認と仕上げ(わたくし)。
私たちのチームの、完璧な、清掃ワークフローが、ここに、確立された瞬間だった。
瓦礫の下からは、小さな、古代の詰所跡が、姿を現した。
内部を調査すると、一体の、石化したドワーフの亡骸と、彼が、その最期の瞬間にまで、握りしめていたであろう、一冊の日記が、残されていた。
私は、その日記をスキャンし、アストライアへと転送する。
やがて、彼女からの、息を呑むような、報告が入ってきた。
『師匠…! この日記には、こう、書かれています…! 『王都での、大いなる儀式が、失敗した。同胞たちが、永遠の平和を求めた結果、もたらされたのは、永遠の、沈黙だった。…ああ、我らが王よ。あなたは、一体、何を、お創りになったのですか』…と!』
ジルドンの故郷で、一体、何が起きたのか。
この道の先に、何が、待っているのか。
私は、モールのヘッドライトが照らし出す、どこまでも続く、暗闇の道を、見据える。
「行きましょう。…全ての『汚れ』の、根源へ」
私の言葉に、仲間たちは、静かに、しかし、力強く、頷いた。
私たちの、本当の「お仕事」は、まだ、始まったばかりだ。




