3.戸惑いの名前呼び
「最上さん、社会人枠で来たって言いましたけど、やっぱ仕事はキツかったんですか?」
「あ、いえ……そうではないんですけど、でも、そうなのかな?」
「面白いッスね! 最上さん、下の名前はなんです? 下の名前で呼んじゃってイイすか?」
何が面白いのか分からなかったけど、社会人枠で入って来たわたしをあっさりと受け入れてくれたのは、意外だったし嬉しい気持ちになった。
下の名前で呼ばれた所で、何が変わるのかは分からないけれどそういうのはすでに、入社式の後の飲み会でおじさんたちに言われていたことだったから、躊躇う意味なんて失われていた。
「瑞です」
わたしの名前を聞いて、よく分からない位にテンションを上げている彼の名前は、須郷泰史と名乗り、同じく下の名前で呼んで欲しいと言われて正直、戸惑ってしまった。
「あの、他の人って……?」
「もちろん、いますよ。女子もいるんで、そこは安心しちゃって平気っす!」
何が安心なのか分からないけど、みんな年下だろうし目の前の彼みたく、気さくには話さないんじゃないのかな。そう思っていたのに、そんな思いはすぐに覆されてしまうことになるとは思っていなかった。
「こんにちは~」
「ちぃーす! お?」
少しして、メンバーなのかちらほらと集まりだして来た。部屋の中にいるわたしにすぐ気付いて、軽く頭を下げる程度だったけれど、確かに驚かれるようなことは無かった。
「こちら、今日からメンバー入りの、みずほ! みんな、よろしく~」
呼び捨て!? 実のところ、さすがに呼び捨てで呼ばれたことのないわたしは、すぐに否定形の言葉を口にしながら、自分でもよく分からないくらいのジェスチャーをしてしまった。
「ち、違いますから!」
「何か、泰史の言葉を拒否ってるけど? 勝手に呼んじゃってる系?」
「いや、合ってるはずだけど。間違ってた?」
「そ、そうじゃなくて、名前はそうだけど、あの……そういう関係じゃ無いので」
気持ちだけが先行してしまったのか、わたしは思いきり早とちりと勘違いと、意識してしまっていた。あぁ、やっぱり、人と会って話をしないと免疫も失われてしまうのかな。すごく恥ずかしかった。
わたしの反応は、その場にいるメンバーたちには新鮮に映ったようで、みんな素直に自己紹介をして来た。女の子で紹介されたのは彼女、佐脇ナツさんだった。男子は、草凪由之さんと、佐木透馬さんが少しだけ照れくさそうに名前を言って来たのが印象的だった。
「みんな個性ある名前なんですね。覚えやすいです」
「みずほって、年上っすよね? タメ口でいいんで、というかその方が全然いいっすよ!」
そうは言われても、こんなに誰かと話をしたのも久しぶりすぎて言葉に詰まってしまう。人と話すのってこんなに神経を使うものだったんだ。どうすればいいのか分からずにしているわたしに、由之さんが声をかけてくれた。
「オレのことも、よしのって呼んでいいから。だから、みずほって呼んでいい?」
「よしの……くん。じゃあ、それで」
「うん。よろしく」
「みずほさん、泰史はチャラいけど、一応サークル代表だから好きに使ってください。私のことも好きに呼んで下さいね。そのうちに、ちゃんと活動するのでその時になったら教えます」
確かにチャラそうだけど、彼の素直な受け入れがわたしを助けてくれたと言っても間違いじゃないかもしれない。こうして学生生活3年目にして、ようやく誰かとの繋がりが出来た……そんな気がした。
メンバーはそんなに多くなかったけど、わたしには丁度いいかもしれない。何より、チャラくても気軽に話しかけて来る泰史くん、もう一人の女子のナツ。そして、優しく声をかけてくれたよしのくん。透馬さんは、元々口数が多くないらしくて大人しい印象を受けたけど、みんな親切そうで安心を覚えた。
異文化交流というサークルに賭けたのは、国籍の違う人とのコミュニケーションを取る目的だと思ったし、そういうことなら、歳の差は気にしないで接してくれそうな予感がしたからだった。社会人の時でも、消極的で男女問わずに、話をするの事の無かったわたしにとっては正解だったのかもしれない。
「あ、そうだ。みずほ、連絡教えとくから登録しといてね。なんかあったら、発言していいよ。何かなくても気楽によろしく~」
「は、はい。あ、じゃなくて……うん。そうする」
「うし、じゃあ今日はやることないし、どこか行く?」
会社勤めでも誘いを断って来たわたしは、どう返事をするべきなのか悩んでしまった。




