第16話「十発」
『試合――開始!』
開始と同時。
アキトは右腕を上げた。
「まずは――」
ワイヤーを射出しようとする。
だが。
ヒカルは、それより先に動いた。
『よっと』
《トール》が巨大なブースターハンマーを床へ倒す。
「……?」
何をする。
アキトが警戒する中、《トール》は――。
その上へ乗った。
「…………は?」
巨大なハンマーの柄。
その上に両脚を置き、膝を軽く曲げる。
「いや、何して――」
ブースター点火。
ドンッ!
「乗るの!?」
ブースターハンマーが一気に加速した。
その上に立ったまま、《トール》が突っ込んでくる。
「速っ――!」
アキトは横へ走った。
だが《トール》は落ちない。
揺れるハンマーの上で膝を使い、腰を落とし、上半身をわずかに傾ける。
巨大な機体の重心が移動する。
それだけで。
ブースターハンマーの進行方向が変わった。
「曲がった!?」
『そりゃ曲がるよ』
「どうやって!?」
『こうやって!』
「分かるか!」
ヒカルが笑う。
速い。
それ以上に。
おかしい。
あの巨大なハンマーの上で。
《トール》が完全にバランスを取っている。
ヒカルはダイレクトモーションキャプチャーで、自分自身の身体を動かしている。
膝。
腰。
肩。
重心。
そのわずかな変化を《トール》へ伝え、機体重量そのものを使って巨大なハンマーの進路を制御している。
普通なら。
乗った瞬間に振り落とされる。
『よーし!』
ヒカルが観客席へ腕を上げた。
『今日もやるぞー!』
歓声が爆発した。
「……何を?」
『みんな準備いいかー!』
『『『うおおおおお!!』』』
アキトだけが分かっていない。
『じゃあ――』
《トール》がブースターハンマーの柄を掴む。
『一発目!』
ハンマーのブースターが唸った。
次の瞬間。
ドンッ!!
「っ!?」
超重量ハンマーが跳ね上がった。
ブースターによって強引に振り上げられ、その反動で《トール》の巨体まで宙へ浮く。
普通なら。
ここで姿勢が崩れる。
だが。
ヒカルは空中で身体を折った。
《トール》の脚が動く。
腰が入る。
上半身を倒す。
機体そのものをカウンターウェイトにして――。
ハンマーの軌道を変えた。
「こっち向いた!?」
巨大なハンマーヘッドが。
空中で《凪》を捉える。
『いっくぞぉ!!』
再び。
ブースター点火。
ドンッ!!
「うおっ!?」
アキトが横へ跳ぶ。
ズガァァァァン!!
床が。
爆ぜた。
「…………っ!」
衝撃で《凪》が揺れる。
砕けた床材が機体へぶつかる。
直撃していない。
なのに。
それだけで姿勢を崩しかけた。
そして。
会場全体から。
『『『いーち!!』』』
「…………」
アキトが固まった。
「何?」
ヒカルが笑っている。
『いいねぇ!』
「いや、何が!?」
『一発目!』
「それは分かってます!」
『じゃあ次いこうぜ!』
「待って!」
アキトが叫ぶ。
「なんで数えてるんです?」
『ん?』
ヒカルが首を傾げた。
『ああ、知らないんだ』
「何を?」
ブースターハンマーを担ぎ直す。
『こいつの攻撃用最大出力――』
ハンマーを軽く叩く。
『十発で終わり』
「…………」
アキトがハンマーを見る。
「十発?」
『そ。あの出力で振り回すと蓄電体がもたないんだよね』
「…………」
十発。
アキトの頭が。
即座に回り始めた。
あと九発。
つまり。
「十発避ければ……」
『そうそう!』
ヒカルが笑った。
『みんなそう思う!』
「…………」
『じゃ、二発目!』
「話終わり!?」
『終わり!』
ブースター点火。
超重量ハンマーが跳ね上がる。
《トール》が浮く。
「なら!」
アキトが右腕を向けた。
「射出!」
アンカーが壁へ突き刺さる。
巻き取り。
《凪》が横へ引かれる。
空中でヒカルが身体を傾ける。
ハンマーの軌道が追ってくる。
「そこまで曲げるのかよ!」
さらに巻く。
急加速。
紙一重。
ハンマーが通過した。
ドゴォォォン!!
『『『にー!!』』』
「よし!」
避けた。
アキトはすぐに左腕を上げる。
もう一本。
別方向の壁へ。
アンカーを打つ。
これで。
二方向。
脚だけでは作れない移動経路。
『三発目ぇ!』
「来い!」
ヒカルが振り上げる。
アキトは右へ。
ヒカルが軌道を変える。
途中で左ワイヤーへ切り替える。
《凪》が鋭角に折れた。
巨大なハンマーが空を切る。
『『『さーん!!』』』
「いける」
ヒカルの攻撃は。
速い。
重い。
当たれば終わる。
でも。
「曲がれる」
アキトには。
ワイヤーがある。
ヒカルが機体重量で軌道を変えるなら。
こっちは。
二本のワイヤーで、それ以上に急激な方向転換をすればいい。
『四発目!』
右。
巻き取り。
回避。
『『『よーん!!』』』
『五発目ぇ!』
左。
射出。
巻き取り。
跳ぶ。
ハンマーが真下を通過した。
『『『ごー!!』』』
「五発」
アキトが着地する。
半分。
一発も当たっていない。
いける。
十発。
全部避ければ。
あのハンマーから最大出力が消える。
そうなれば――。
「俺の勝ち筋ができる」
『おお』
ヒカルが楽しそうに声を上げた。
『やっぱ面白いな、お前』
「そりゃどうも!」
『じゃあさ』
ブースターハンマーを構える。
『もうちょっと遊ぼうぜ!』
「遊んでるつもりないんですけど!」
『俺はある!』
「でしょうね!」
◆
『六発目!』
ヒカルがハンマーを振り上げる。
「右!」
アキトはワイヤーを巻く。
《凪》が加速。
右へ。
いつもの回避軌道。
だが。
「……?」
ハンマーが。
追ってこない。
巨大なハンマーヘッドが向かった先は。
《凪》ではなく――。
「そこ!?」
ワイヤーの固定点。
ズガァァァン!!
壁ごと。
アンカーが吹き飛んだ。
『『『ろーく!!』』』
「うおっ!?」
突然張力を失ったワイヤー。
《凪》の姿勢が崩れる。
アキトは身体を捻り、どうにか脚から着地した。
「何してんですか!」
『何って』
ヒカルがハンマーを担ぐ。
『邪魔だったから』
「…………」
『壊した』
「そこ壊す!?」
『ダメ?』
「ダメじゃないけど!」
アキトが砕けた壁を見る。
前の試合。
相手は。
ワイヤーを避けた。
だから。
進路を限定できた。
でも。
ヒカルは違う。
避けない。
邪魔なら。
壊す。
「…………」
その瞬間。
アキトの中で。
何かが切り替わった。
◆
『七発目!』
ブースター点火。
「左!」
残ったワイヤーを床へ射出。
アンカー固定。
巻き取る。
《凪》が斜め前方へ加速する。
その先へ。
ヒカルのハンマーが向く。
「読まれた!」
違う。
狙っているのは。
また。
アキトじゃない。
ズガァァァン!!
床が砕けた。
『『『なーな!!』』』
「くっ!」
固定点を失ったワイヤーが跳ねる。
アキトが走る。
ヒカルは追わない。
笑っている。
まるで。
最初から分かっていたみたいに。
「こいつ……」
アキトは気づく。
ワイヤー。
壁。
床。
アンカー。
自分が作ろうとしていた。
戦場。
その全部を。
「戦場ごと……殴ってやがる」
◆
『八発目いくぞぉぉ!!』
『『『うおおおおお!!』』』
観客席が沸く。
ヒカルが笑う。
みんな笑っている。
まるで。
祭りだ。
でも。
アキトには、もう笑えない。
「考えろ」
残り三発。
十発使わせればいい。
その条件は変わっていない。
なら。
まだ勝てる。
ワイヤーを張るだけじゃダメだ。
固定点を壊される。
なら。
「張る前に使う」
左腕を上げる。
射出。
ヒカルの後方。
壁へ突き刺す。
『お?』
「巻き取り!」
《凪》が一気に前へ出た。
ワイヤーを戦場に残さない。
移動だけに使って。
すぐ回収。
ヒカルとの距離が一気に縮まる。
「でかい武器なら!」
さらに踏み込む。
懐へ。
「振る前に入ればいい!」
刀を抜く。
《凪》が《トール》へ肉薄する。
「もらった!」
振る。
その瞬間。
ヒカルが。
笑った。
『いいね』
《トール》がブースターハンマーを床へ滑らせる。
「え?」
そして。
乗った。
「また!?」
点火。
ドンッ!!
ハンマーごと《トール》が前へ飛び出す。
「近距離でもそれ使うの!?」
『使えるなら使うっしょ!』
機体を傾ける。
《トール》の重量が移る。
巨大なハンマーが。
《凪》の側面へ回り込んでくる。
「くっ!」
アキトがワイヤーを強制巻き取り。
身体が後方へ引かれる。
直後。
轟音。
『『『はーち!!』』』
「っ……!」
避けた。
紙一重。
だが。
着地した《凪》の脚が震える。
あと。
二発。
それなのに。
アキトの呼吸は荒い。
対するヒカルは。
まだ。
笑っていた。
◆
「……なんで」
『ん?』
「なんで数えるんです?」
ヒカルが首を傾げる。
「十発しか使えないって、相手に教えてるようなもんじゃないですか」
『うん』
「だったら普通、隠すでしょ」
『なんで?』
「不利になるから!」
『そうかなぁ』
「だって俺は!」
アキトが叫ぶ。
「十発避ければいい!」
『ああ』
ヒカルが笑った。
『それね』
ブースターハンマーを持ち上げる。
『みんな勘違いするんだよ』
「…………」
『十発しか撃てないって』
残り。
二回。
『違うんだよね』
ヒカルが構える。
笑っている。
ずっと。
同じ笑顔。
なのに。
アキトには。
初めて。
それが怖く見えた。
『十発――』
ハンマーのブースターが唸る。
『あれば十分なんだよ』
「…………っ」
『だって』
ヒカルが観客席へ片腕を上げた。
『俺、十発で絶対当てるから』
一瞬の静寂。
そして。
歓声が爆発した。
『それにさ!』
ヒカルが笑う。
『一人で数えるより――』
観客席を見る。
『みんなで数えた方が楽しいじゃん!』
『『『うおおおおおお!!』』』
『あと二発!』
ヒカルが叫ぶ。
『もっと盛り上がっていこうぜぇぇぇ!!』
会場全体が揺れる。
『『『うおおおおおおおお!!』』』
アキトは刀を握り直した。
残り。
二発。
少し前まで。
あと二発しかない。
そう思っていた。
今は。
違う。
「……二発もある」
ヒカルが笑う。
『九発目』
ブースターが。
点火した。




