2-24 放課後、君とロボットをつくる。
中学三年生の藤井美咲は、六月の大会を最後に三年間続けたバレー部を引退した。受験勉強をしながら、どこか物足りない放課後を過ごしていた美咲は、ある日、校内の掲示板で『中学生ロボットコンテスト 参加者募集中!』というポスターを見つける。
「初心者歓迎」の言葉に惹かれ、説明だけのつもりで技術室を訪れた美咲。そこで出会ったのは、機械とパソコンが好きな無口な男子、高橋拓也だった。
機械の知識はまるでない美咲と、機械には詳しいけれど口数の少ない拓也。
考え方も得意なことも正反対の二人は、ぶつかって、失敗して、それでも一台のロボットを作り上げていく。
ロボット作りに夢中になるうちに、美咲の止まっていた放課後が再び動き始める。そして、いつも隣にいる拓也への気持ちも、少しずつ変わっていって――。
中学校最後の秋。
ロボコンから始まる、不器用な二人の青春物語。
技術の授業が終わって廊下へ出ると、掲示板に貼られた一枚のポスターが目に入った。
『中学生ロボットコンテスト 参加者募集中!』
手書きの文字の横には、四角いロボットらしき絵が描かれている。タイヤが四つあり、その上から長いアームが伸びていた。ロボットというより、どちらかというと小さなショベルカーに見える。
その下には『学年・性別は不問』『初心者歓迎!』『説明会 放課後・技術室』と書かれていた。
「へえ……ロボコンか」
なんとなく足を止める。
「どうしたの、美咲?」
先を歩いていた奈緒が戻ってきた。私の視線の先にあるポスターを見て、眉を上げる。
「もしかして、ロボコンに興味あるの?」
「うん。ちょっと気になって」
「やめときなって」
「なんで?」
「科学技術部の連中が毎年出てる大会でしょ。うちらには無縁の世界だよ」
「あっ、そうなんだ。でも、『初心者歓迎』って書いてあるけど」
「そんな文言に騙されちゃダメ」
「騙してるの?」
「知らないけど」
「知らないんだ」
思わず笑ってしまった。奈緒もつられて笑う。
「ほら、行くよ。次は理科室。遅れたら先生うるさいんだから」
「ちょ、奈緒」
腕を引かれ、掲示板から離れる。
こうして奈緒に引っ張られるのも、昔から変わらない。
奈緒とは一年生のころから同じバレー部だった。二年からは副部長で、面倒見がよく、後輩たちからも頼られていた。
そんな私たちも、六月中旬の大会を最後に引退した。
三年間、当たり前のようにあった放課後の練習。それがなくなった。
最初は嬉しかった。授業が終わればすぐ帰れるし、休日だって朝から練習に行かなくていい。
けれど、一か月もすると慣れてしまった。
今では放課後になると、少しだけ時間を持て余す。
もちろん受験生だから勉強はしなければならない。母にも毎日のように言われている。
分かっている。
分かってはいるけれど、部活がなくなったあとの放課後は、思っていたより長かった。
「ロボコン……」
気づけば、もう一度その言葉を口にしていた。
「ん?」
「何でもない」
奈緒は少し疑わしそうな顔をしたものの、それ以上は何も言わなかった。
ロボットも機械も詳しくない。科学技術部に知り合いだっていない。
奈緒の言う通り、これまでの私には無縁の世界だった。
それなのに、『初心者歓迎』の四文字だけが妙に頭に残った。
説明を聞くだけ。
ちょっと覗いてみるだけ。
それくらいなら――。
「美咲、早く!」
「あ、待って!」
いつの間にか先へ行っていた奈緒を追いかける。
そのときは、本当にそれだけで終わると思っていた。
放課後。
私は技術室の前に立っていた。
開いた窓から、運動部の掛け声が遠く聞こえてくる。
一か月前までなら、私もあの中にいた。
なのに今は、技術室の前にいる。
「……何してるんだろ、私」
思わず呟いた。
別に参加するつもりはない。
ただ、説明を聞くだけ。
それに、あのポスターには『初心者歓迎』と書いてあった。
「行くだけ行ってみよう」
小さく息を吐いて、私は扉に手をかけた。
「失礼します」
技術室に入ると、木材の匂いがした。
壁際には工具が並び、棚には木材が置かれている。何度も入った教室なのに、放課後だと少し違って見える。
もっと大勢いると思っていた。
けれど、その場にいたのは二人だけだった。
一人は技術の先生。
もう一人は、窓際に座る男子生徒。
同じ三年生だろうか。見覚えはある気がするけれど、名前までは分からない。
男子がこちらを見る。ほんの一瞬だけ目が合い、すぐに机へ視線を戻した。
机の上にはノートが広げられ、線や丸、細かな数字が書き込まれている。何かの設計図らしい。
「ん?」
先生がようやく私に気づいた。
「はぁ……」
ため息をついた。
……何なの、この人。
「何の用事だ?」
「ロボコンの説明会があるって、張り紙を見て」
「ロボコン?」
「はい」
「希望なのか?」
「はい」
「お前が?」
カチン。
女だからって馬鹿にしているのだろうか。
「そうですけど。何か?」
思ったより低い声が出た。
先生が黙り、窓際の男子も顔を上げた。
――しまった。
私は説明を聞きに来ただけだったのに。
「そうか。ロボコン希望なのか」
先生は頭をかいた。
「いや、すまなかった。今年は参加希望者が全然集まらなくてな」
机の上には説明会用らしいプリントが何十枚も積まれている。
「もしかして……二人だけですか?」
「そういうことだ」
「科学技術部の人たちは?」
「今年は科学研究発表会に出る。そっちの準備で手いっぱいらしい」
「はあ……」
なるほど。それでため息をついたのか。
「参加するには何人必要なんですか?」
「最低二人」
私は窓際を見る。
男子もこちらを見た。
目が合う。
けれど、何も言わず目をそらした。
「よかったな」
「何がですか?」
「二人揃った」
「待ってください! 私、今日は説明を聞きに来ただけです」
「参加希望って言っただろ」
「先生が変な聞き方をするからです!」
「まあ、座れ。説明だけでも聞いていけ」
「……はい」
それならいい。
私は男子から一つ席を空けて座った。
先生が黒板に『中学生ロボットコンテスト』と書く。
「今回の競技は、制限時間内にロボットを操作して、フィールド上のアイテムを指定された場所まで運ぶ。場所によって得点が違う」
「へえ……」
「ロボットは自分たちで作るんですか?」
「もちろん」
「一から?」
「一から」
「私、作ったことないですけど」
「普通はない」
「……ですよね」
少し安心した。
「設計、加工、組み立て、配線、操作。基本的には全部自分たちでやる」
「全部……」
急に難しそうに聞こえてきた。
ふと横を見る。
男子は真剣な顔でプリントを読んでいた。
こうして見ると、意外と整った顔をしている。
目元もすっきりしていて、黙っているとけっこうカッコいい。
……って、私、何見てるんだろ。
慌てて目をそらしたけれど、少しだけ頬が熱くなった気がした。
別に、顔を見に来たわけじゃない。
そう自分に言い聞かせて、私も手元のプリントに目を落とす。
けれど、そこに並んでいる数字や図を見ても、何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。
もう一度、ちらりと横を見る。
彼はそんなプリントを、難しいとも思っていないような顔で真剣に読んでいる。
やっぱり、私とは違う世界の人なんだ。
そう思うと、さっきとは別の意味で、少しだけ彼のことが気になった。
「ああ、そういえば」
先生が言った。
「紹介がまだだったな。高橋」
「……俺がですか?」
「自己紹介」
男子は少し面倒そうな顔をして、それから私を見た。
「三年二組、高橋拓也」
「……終わり?」
「終わり」
「何かないの? 趣味とか」
「機械。あと、パソコン」
「……なるほど」
奈緒。
あなたの言っていた『無縁の世界』の人が、今、私の隣にいる。
「藤井も」
「あ、はい。三年四組、藤井美咲。六月までバレー部でした」
「バレー?」
高橋くんが少しだけ興味を示した。
「うん」
「機械は?」
「全然」
「工作は?」
「授業だけ」
「パソコンは?」
「インターネットとメールくらい」
「…………」
「何、その顔」
「別に」
「今、大丈夫なのかって思ったでしょ」
「言ってない」
「顔に出てた」
「出してない」
ほんの少しだけ、高橋くんの口元が動いた。
笑ったようにも見えた。
「まあ、ちょうどいい」
先生が私たちを見る。
「高橋は知識がある。藤井は勢いがある」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」
怪しい。
「じゃあ今年は二人で――」
「まだ参加するって言ってません」
高橋くんがこちらを見る。
「……出ないの?」
「まだ分からない」
「そう」
それだけ言って、彼はプリントへ目を戻した。
引き止めもしないのに、その一言が妙に心に残った。
私は手元のプリントを見る。
設計。加工。組み立て。配線。
知らないことばかりだ。
それでも、自分たちで考えて、自分たちで作ったものが本当に動く。
そう考えると、胸の奥がほんの少しだけ弾んだ。
「先生」
「ん?」
「返事、いつまでですか?」
「明日でいい」
「……分かりました」
プリントを鞄にしまった。
技術室を出ると、運動部の掛け声が聞こえてきた。
一か月前までなら、私もあそこにいた。
バレー部を引退してから、放課後は一日の終わりになっていた。
けれど、鞄の中には一枚のロボコンのプリントが入っている。
参加するかどうかも決めていないのに、不思議と明日の放課後のことを考えていた。
三年二組、高橋拓也。
今日初めて名前を知った、何を考えているのかよく分からない男子。
私は歩きながら、ふと振り返った。
技術室の扉は、もう閉まっていた。
このときの私は、まだ知らなかった。
中学校最後の秋。
何となく過ぎていくはずだった私の放課後が、この扉を開けたことをきっかけに、もう一度動き始めることを。





