「私の方が婚約者に相応しい!」と怒鳴られましても、それを決めるのは陰で聞き耳を立てている王子ですので……
「私の方がグルファン様の婚約者に相応しいわ!ちょっと血筋が良いからって調子に乗らないで頂戴!私は女神に認められた聖女の一人なの!あんたなんかとは格が違うわ!」
学園の庭園に響きわたる甲高い声。ルーラさんの声で、周囲にいた鳥が慌てふためきながら飛び去っていく。
朝から元気なご挨拶、ありがとうございます。おかけで耳がキンキンして、今日一日体調不良で過ごせそうです。
「そうかもしれないですわね。ですが婚約は家同士の取り決めですので。――では失礼いたしますわ」
「待ちなさい!私の話はまだ終わってはいないわ!」
そう言ってルーラさんにがっちり肩をつかまれる。
面倒な相手からはとっとと逃げるにかぎる作戦は、あっさり失敗に終わった。一番有用な技なのに……目潰しをして速やかに逃げる作戦もあるけれど――最終手段に取っておきましょう。手が汚れるのは嫌だわ。
「私、本で読んだのです!――貴族社会では婚約破棄なるものがあるのでしょう!?だからそれをしてください!そうすれば私はグルファン様と……」
「――あの、盛り上がっている所悪いのだけれど。本に出てくる婚約破棄は、あくまでも演出というか、小説だからできることというか。つまり現実ではあまり発生しないことなのですよ」
「そう、頑張ってください。――あぁ、グルファン様!今、私がお救いして差し上げますわ!」
妄想の独り言をここまで大きな声で発するなんて、ただ者じゃないわね……
というか、そろそろ声の音量を落としてはいかがだろうか。私の耳が悲鳴を上げ始めている。発生源のルーラさんの鼓膜が心配で仕方がない。平気そうな顔をして、実は鼓膜は泣き叫んでいるのか、はたまた鼓膜は鉱物で出来ていてこの程度ダメージにならないのか。
――そうか!鼓膜が鉱物で出来ているからこんなに人の話が聞こえていないのね!難儀な体をしているわ。
「ってあなた、人の話聞いてるの!?分かったならさっさと動きなさい!」
「まさかルーラさんに人の話を聞いてるのか尋ねられるとは……一生の不覚だわ」
「何変な事を言ってるのよ!私は聖女なのよ!舐めてると痛い目に遭わせるわよ!」
「痛い目を見るのは嫌ですわね。――分かりました。では、今、直接グルファン様に聞くことといたしましょう」
「今って何を言って」
「グルファン様!聞いてるでしょう!?そろそろ出てきてくださらない!?」
大きな声を出すの、結構体力いるわ……。そう考えるとルーラさんすごいわね。ずっと、近くにいる人の鼓膜を破壊するほど、大きな声を出して歩いていて。今度からルーラ師匠と呼ばせてもらうことにしましょう。
「――ばれていたか。まったく、アリアに隠し事は出来ないね」
庭園に備え付けられた柱の陰から、グルファン様がニヤリと笑みを浮かべて出てくる。わざとらしい笑み。グルファン様が本気で気配を消せば、戦闘経験の乏しい私なんかじゃどこにいるかなんて分かるはずがない。わざと気配を消さなかったくせに。
――それにしても相変わらず小さい顔に、異次元のスタイルの良さね。これでいて、食事制限などはしていないらしい。懸命に体型維持している私にとっては、その発言はもはや嫌味だ。
ルーラ師匠は、現れたグルファン様を一目見た瞬間、髪の毛を撫でつけ始めた。チラチラとグルファンを見ては、目をそらし顔を赤くする。いや、可愛いわねこの子。恋する乙女じゃないの。
「グ、グルファン様!ルーラと申します!」
「あぁよろしく。――それにしても君、朝から元気だね。庭園の鳥達も君の元気にあてられたようだ。あんなに遠くまで飛び立っちゃって」
「あ、ありがとうございます!」
ルーラさん、多分それ褒め言葉じゃないですよ。
「それで、何の話をしていたのかな?あまり聞こえていなくてね。良かったら教えてくれないか?」
「は、はい!――その、聖女の私ならグルファン様を癒やすことが出来ますよね。その話を聞かれたアリア様は、自発的に婚約破棄をしようと決断くださいました。その後グルファン様と私が婚約をしようと、そういう話になりました!」
いつの間にかルーラさんの脳内では、私が自発的に婚約破棄を決断したことになっているらしい。ルーラさんは脳内の食事だけでお腹を満たせる人種なのかもしれない。恐るべき妄想力だ。
「なるほど、アリアが。――しかし妙だな。僕が聞いていた内容とずいぶん違う。僕の耳には、君がアリアに婚約破棄させようと必死に脅していたように聞こえたのだけれど」
――しっかり聞いているじゃないですか。しかも結構初めの方から。グルファン様、いつからあそこにいたのですか?
「そ、それはその。言葉の綾と言いますか……」
「ルーラさん?だっけ?――君、勘違いしているようだけど、たかだか聖女が僕の婚約者になれるわけがないだろう?アリアは王家に嫁ぐために幼少期から英才教育を受けてきた、僕の大切なパートナーだ。ポッと出の君みたいな人間に、アリアの代わりが務まるはずもない」
「で、ですが」
「さっきの発言を、虚偽の申告をして王族を騙そうとした、と解釈しても良いんだよ?その場合は君だけじゃなくて君の親族にまで被害が及ぶ可能性を忘れないことだね」
「そ、それはその」
「……まだ言い訳をするつもりかい?」
「そ、その、すみませんでした!ほんの出来心だったんです!」
ルーラさんはそう言い残して、走って庭園から飛び出して行った。
チラリと見えた彼女の顔は真っ青で、目元に涙を浮かべていた。聖女と認められて浮かれていた彼女には、今回の件は良い薬になっただろう。
「さて、すまない。少し出しゃばりすぎたかな?」
「いえ助かりました。ありがとうございます、グルファン様。私だけでしたら――手加減が出来ませんでしたので」
「フフッ。君が言うと冗談に聞こえないな」
グルファン様はにこやかに笑う。つられて私もフフッと笑った。
「――それにしても、いつからあそこにおられたのですか?」
「さて、いつからいたのだろうな?」
グルファン様はそう言って、意地悪な笑みを浮かべたきり、答えることはなかった。
本当にいつから隠れていたのだろう。初めはルーラさんの声が大きすぎて、陰に隠れて聞き耳を立てていたのだと思ったのだけれど、それにしては来るタイミングが早すぎる。まるで初めからそこに居たかのような。まるで、私の事をストーカーでもして見張っていたかのような。
――さすがにそこまで暇じゃないわよね?
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