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第1話 孤高の天才、学級委員、そして転校生

 剣術の授業で行われた、一対一の模擬戦。その勝敗が決まり、ライは苦笑しながらジオラスに握手を求めた。


「……いい戦いだったよ、ありがとう」


 しかし、ジオラスが手を出すことはなく。


「弱えなァ。——反吐が出るぜ」


 そう言いながら、ジオラスは踵を返す。ライの差し出した手が、一瞬小さく動いた。


「惨め、哀れ。自分の息子がこんなんじゃァ、騎士団長もかわいそうだな」


「……っ」


 ジオラスの言葉が、その名が、心を見透かされたかのような表情が、心を突き刺した。


 これは、ライが一学年の時に起きたことだった。


◇◆◇


 国立剣魔学園。ライが通う学園である。


 学園の近くにある寮。そこは、剣魔学園の生徒が集う場所だ。その一室で、ライは目覚めた。


 鏡を見る。紫色の髪に紫色の瞳。綺麗な手のひら。自信なさげに垂れ下がった目。今日もいつもと変わらぬ、自分。


 長い髪を後ろにまとめて、白を基調とした制服を着る。


「いってきます」


 教材の入った鞄と自分の剣を持ち、部屋を出た。


 教室に入れば、一番乗り……かと思いきや、すでに先客がいた。ジオラスが、廊下側の席の真ん中で座っていた。


「……おはよう」


 いつも通り、挨拶をしてみる。しかし結果はいつもと変わらず、無視されただけだった。


 ならば、こちらからも何もすることはない。


 ライはジオラスの手のたこを、見ないふりして窓側の真ん中の席についた。


「ライ、おはよぉ!」


「うん、おはよう」


 アベルが話しかけてくる。


「なぁ、今日補習で朝早かったんだけどよぉ、そんとき訓練場にジオラスがいたんだよ。毎日早く教室いるのって、訓練してっからなのかな」


 アベルの緑のアホ毛が、不思議そうに揺れた。


 ライは笑顔を見せる。


「そうなのかもね」


 机の下で強く手を握っていることは、誰も気づかない。


 気づけば閑散としていた教室は人で溢れ、様々な会話が圧となって耳に入るようになった。


「お前ら、席につけ」


 そう言って入ってきたのは、先生。


 教室に静けさが戻る。


「今日は転校生を紹介する」


 しかし先生の一言で、再び場は大きく盛り上がった。


「入ってこい」


 扉が開き、転校生が教室へと足を踏み入れる。

 扉から覗く、金髪碧眼の優しい顔立ちに、女子の黄色い歓声が辺りを包む。


 髪がふわりと揺れながら、転校生は歩いて黒板の前へと歩いて行く。そしてクラスの人々へと向き直った。


「えっと、リヒトといいます。平民ですが、仲良くしてくれると嬉しいです」


 途端に、騒がしかったクラスが困惑の色を強める。


「え、平民?」


「なんで平民が?」


 その困惑に答えようと、先生が片手を静かに挙げて、場を制す。


「今月から始まった新制度だ。ここは本来貴族しか入ることのできない学園だが、才のあるものだけ、平民でも入学が許されることになった」


 「みんな、仲良くな」その一言で、新制度の説明は終わった。


「それじゃ、リヒトは……委員長の隣がいいだろう。委員長、いろいろ教えてやってくれ」


「はい、わかりました」


 そう、返事をする。ライは学級委員長だから。


 美しい少年が、こちらに歩いてくる。


「よろしくね。えっと……」


「ライ・ヒュドールと申します。よろしくお願いします」


「ライくん。改めて、よろしくね」


 リヒトの淡く透き通るような綺麗な青の瞳と、目が合った。


◇◆◇


「ここが、教員室。先生たちが普段いる場所」


 中では先生が忙しそうに動き回っていた。


「ここが、治療室。怪我をした時に来る場所」


 薬品の匂いが充満していた。


「ここが、訓練場。剣術や魔術の授業は、この場所でやることが多いです」


 木材と汗の匂いが混ざり合っていた。


 転校生であるリヒトに、ライは学校施設の案内をしていた。

 リヒトは周りを見まわし、剣が立てかけてある箱へと近づく。


「おー、これは訓練用の剣かぁ。この的は?」


「それは魔法を当てたり、剣の技術を確かめたりとかするものです」


 リヒトはなんでも積極的に質問をしてきた。その度、ライは学級委員として丁寧に答えていった。


 そうして一通りの案内が終わり、共に教室に戻る。リヒトのその明るい人格が平民と貴族の間の壁を感じさせないようで、リヒトが席についた瞬間、人だかりができた。


 リヒトについての質問だとか、学校はどうだったかだとか、色々言っていたのを見守っている中。ふとアベルが言った。


「ライはな、この学校で2番目にすげぇんだぞ。あの『孤高の天才』を除けば、実質1位だ」


「『孤高の天才』?」


「ああ、リヒトはしらねぇか」


 青い短髪と、サファイアのような瞳。剣の天才的な強さと、鋭い目もあいまって誰も寄せ付けないそのオーラから『孤高の天才』と呼ばれているジオラス・グラジは、窓の外。剣を振っていた。


「卒業後はきっと『孤高の天才』と並んで近衛騎士団に所属するにちげぇねぇ! いつか英雄になるかもしれねぇから、今のうちサインもらっといた方がいいぞ!」


「へー、そうなんだ。ライくんすごいね」


「ありがとうございます」


 ライが笑った。その笑顔が、少し遅れて発生したものだと、ライは知らない。


 皆の視線がリヒトに移った時、静かに、ゆっくり息を吐いた。


◇◆◇


「それでは、剣術の授業を始めます。最初はウォーミングアップから」


 各々、剣を振ってフォームを確認する。


「はぁ!」


 ライの剣は、一言で言えば『まっすぐな剣』だ。基本に忠実で、皆の見本となる剣。


 しかしそれは、なんの特徴もない剣。誰でも振れてしまう剣。


「そこまで。次は一対一の模擬戦をしていただきます」


 一対一の模擬戦。一番基本的な授業だ。戦いたい人を指名し、指名された側が受理すれば戦うことができる。

 相手の剣を落とすか、審判が負けだと判断すれば勝ち。


「誰かやりたい人はいますか?」


 何度もやっている授業内容。皆、思い思いに手を挙げる。


 しかし、今回だけは少し特殊だった。


「——ジオラスくん!?」


 ジオラスが、手を挙げたのだ。


 一年生の頃は積極的に手を挙げていたのを覚えている。しかし、クラスの全員を負かしたところで、手を挙げなくなった。


 なのに今、手を挙げたということは。


「ジオラスくん、誰を指名する?」


「リヒト」


 転校初日。平民のため、剣にどれくらい慣れているかもわからない。


「り、リヒトくん、やめといた方がいいよ」


「そうだ、ジオラスに勝てるわけねぇって」


 皆の意見は一致していた。


「いや」


 しかし、リヒト本人の意見だけは違った。

 

「僕、やってみるよ。自分がどのくらい通用するのか、見てみたい」


「リヒトくん、無理は……」


 ライが言いかけたところで、リヒトが大丈夫と言わんばかりに、ライに微笑みかけた。

 リヒトの剣を持つ手に、力が入ったのがわかった。


「それじゃあ試合成立、ということで。二人とも前へ」


 先生の合図で、二人は立ち上がる。


「いってくるね」


 それだけ言い残し、力強くリヒトは歩いていった。


「お前、俺様の評判はすでに聞いてるだろ。俺様がいうのもなんだがァ、なぜ勝負を受けた?」


「平民として生きた僕と、剣に生きた君。どれくらい通用するのか確かめる。それが、今すべきことだから」


 ジオラスはわざとらしく笑った後、納得したように言った。


「あァ、なるほど。力試しってわけか」


 リヒトは変わらぬ笑顔を浮かべている。


「んー、そうだけど、違うともいえるかな」


「何?」


 しかしリヒトの否定を聞くと、ジオラスの表情に曇りが見える。

 それを無視したのか、はたまた気づいていないのか。


 リヒトは笑顔をそのまま、


「——僕は、負けるつもりで勝負したこと、ないんだ」


 確かに力を感じる声で、言ったのだ。


「ほォ」


 ジオラスはリヒトを嘲笑う。


「口だけならなんとでも言えらァ。そう言って俺様に挑んだやつは全員、地面に伏せてきたぜ」


 ジオラスが剣を構える。それを見たリヒトもはっとした顔で剣を構えた。


「お前もそうしてやるよ。俺様が、最強だと示すために」


「始め!!」


 始まりの合図が、訓練場に響き渡った。

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