第85話 洗脳解除
カインは破損した右腕のパーツを取り換え、第5フロアのミュージアムルームに到着していた。カインは懐かしい物たちのショーケースの脇を歩く。
「このハープ、懐かしいな。300年前よく見かけたものだ。金がなくて貯金してたなぁ…」
古い記憶を探りながらかつての憧れや日用品たちを眺めている。今度は鮮やかな翡翠色のドレスに目をつける。
「これは――確か販売後猛毒が染料から検出されて製造停止になった…。あぁやはりそうだ。世界に10着――思っていたよりあるな」
そしてさび付いた金属製の腕。
「…これは籠手か?…ほう初期の義手か。サイボーグ化の原点にもなったのか――ん?」
ショーケースの上部の大きな額縁を発見する。中にはかなり古い男性の写真。
「これが開発初期のサイボーグ…初めて見るな」
カインは視線を落とす。プレートに書かれた『マサムネゼロ』という言葉に胸を痛めた。しばらくして少し歩き両腕を組む。
「…あいつら遅いな。途中から位置情報が読めなくなったせいでわからないぞ…」
彼は誰もいない部屋で拳を握る。
「べ、別に心配じゃねぇぞ!あいつらがいなくても俺1人だってできる。あぁ、早く海にでも逃げてくれりゃあなぁ…」
一体この男は誰に対して言っているのやら。そんなことを考えていたそのとき――
――ドガーン!
「こ、殺される~!」
グレイヴたちが壁を突き破って突っ込んできた。
「…なっ!?」
至近距離でスピードもあったのでカインは逃げられずそのまま衝突。そして倒れてしまいカインの背中が勢いよく飾られていた銅鑼にぶつかった。
酷い大きな音が広い部屋を何度もこだましてその場にいる全員の耳を塞がせる。
「ぐわああ!!」
長時間それは小さくなることなく響き続けた。やっと音が収まってグレイヴは壊れた機体の大穴から這い出て人型になる。
「なんで受け止めなかったんだよ!?」
「…予想外だった。お前掃除でモップ絞らなかっただろ。俺のミスだ」
「は?」
実はグレイヴたちの逃走路に掃除経験皆無のグレイヴが全く絞っていないモップで掃除した床があったのだ。グレイヴの変装用の機体のタイヤは中古の安物だったため床の水でスリップして壁に激突したのだ。さらに不運は重なり衝突した壁は老朽化でもろくなっていた。その証拠にチェルルの頭に『老朽化、接触禁止』と何か国語にも書かれた紙が貼られている。
「コースアウトとはな…。そのせいで実験が…」
カインはため息をついて倒れた体を起こすとグレイヴたちより離れた地点にベージュのコートの男が倒れていた。
「…そうだ、ルート」
グレイヴは覚悟を決めていた。静かに剣を握る。奥歯を強く噛み締めて。
「俺が殺すよ…」
小さく呟くとカインは肩に手を添え、首を横に振る。ルートは起き上がった。
――しかし、瞳は輝きを放っていた。
「…天照寺、さっきの音で目が覚めた。もう俺は敵じゃない」
「え?」
グレイヴは心の穴に生暖かいコンクリートが流されるような感覚がして涙が自然と流れる。カインは口角を上げた。
「やはりか…」
「やはりって?」
チェルルの質問にカインは丁寧に答える。
「あのメモ、インクが滲んでいた部分を筆圧検査したんだ。それで読めたのは『脳を突き刺す』『金属』だった」
マグネは背後の銅鑼を視界に入れる。
「そうか、さっきの銅鑼の音で洗脳が解けたということですね?」
「そうだな、きっと」
しかし、カインは笑顔を向けることなく呆れた表情を浮かべていた。
「…ところで、なぜさっきからマジホを俺に向けてる、グレイヴ」
グレイヴは目を輝かせてマジホでカインの写真を連写していた。
「なんでって、お前の色の薄いサングラスかけてるところ初めて見るからさ。待ち受けにするんだよ。明るい色も似合うな」
「待ち受けって…」
(あっ、そうだ)
カインは嫌だったが、同時に面白いことを思いついて機械の手を前に出す。グレイヴは目をぱちくりさせた。
「なんだよ、その手」
「ギャラだよ。俺みたいな有名人にはパブリック権というものがあるんだ。金払え」
どこか圧を感じる笑顔のカインにグレイヴは顔を真っ青にする。
「い、今すぐ消します。魔王様」
カインは真顔になる。
「…冗談だ。あと、今まで通り俺のことは『カイン』と呼べ。今更敬われても嬉しくない」
「そ、そうだよな…。ネットにはあげないし待ち受けにもホームにもしねーから安心してくれよ」
「…そうしろ」
そのとき、部屋のドアが開かれた。
「大きな音がしたけど大丈夫かしら?」
クラウスだった。グレイヴは安心して話す。
「あっ、魔王・剣山様。銅鑼の音です。それとウ――」
そこでカインが腕でグレイヴの顔面を殴るように乱暴に口を塞ぐ。
「ぐっ!」
あまりの痛みにグレイヴは鼻を抑えた。鼻血は出ているが骨折はしていなそうだ。グレイヴは静かに目だけをカインに向けると、カインは明らかに警戒の目をしていた。その視線の先はクラウスだ。
「カ、カイン?」
やっと声を出したが、カインの顔には濃い影が落ちていて、ゆっくり息を吐いてクラウスに向かって歩き出す。
「…」
クラウスは反射的に両手を上げた。
「あら、ど、どうしちゃったのかしら?」
カインは表情に重い冷たい空気をまとわせたまま語りだす。
「とぼけるな。この裏切り者が」
(…え?)
グレイヴたちには全く状況が把握できない。
「最初、お前言ったよな?『ウラヌスが復活した』と」
「そ、そうよ?」
カインは間髪入れずに話す。
「俺はこう言ったんだ。『過去の組織が動いている』とな。”過去の組織”なんて星の数以上だ」
ここで全員の解釈が一致した。クラウスは冷や汗を流している。
「なぜ”ウラヌス”だとわかった?――答えなくていい。もう解は1つに定まった」
カインは何もなかった手に銃を召喚して前のクラウスの眉間に向ける。
「…お前だな。ウラヌスと手を組んだのは」
そこでクラウスは笑い出した。
「えぇ、そうよ。だって魔王が増えるのって面白そうじゃない?」
「バカ言うな!あのディエゴ・七宝は、転生者ブラックリストにも載っているほどの人物なんだ!試練もせずに魔王になるだなんて――いや…」
カインは電撃が走ってやや感情的だった表情を無にした。それは怖いくらいに。
そして、――引き金を迷わず引いた。
【ただいま、A-1537を魔界に強制送還。審判を要請】
カインの前には血だまりも足跡もなく、ただ空調の風と暖かい高級感のある光だけが床を照らしていた。グレイヴは反射的にカインの胸倉を掴んでいた。
「お、おい!何したんだよ!?」
「…肉体を消滅させただけだ。本人は魔界で審判を受けている」
「だ、だからって!もっと良い方法あっただろ!」
カインは泣き出すグレイヴに眉間を押さえる。
「会話している間に魔界から指令があってな。【A-1537の魔王の審判のため魔界に強制送還しろ】と」
グレイヴは手を離し目を泳がせる。カインは乱れた襟を整えて天井の吹き抜けを何気なく見上げた。しかし、そこには噂の人物がいた。
「これはこれは英雄のご子息様と魔王様やないの。お目にかかれて光栄や」
さっきまでアルセーヌに抱きついて謝罪していたルートが目を丸くする。
「あ、あれは…」
グレイヴは歯を食いしばって睨む。
「ディエゴ…!」
グレイヴは雷魔法を彼目掛けて放ったが、ディエゴは易々と持っていた扇子で叩き落としてしまった。
「君はとても良い人材を供給してくれはった。まあでも消さなぁあかんから、せめて最期を看取って――」
そこでカインはディエゴの扇子から放たれた一筋の光を障壁でブロックして同時にルートに無理やり持っていたミントタブレットのような錠剤を飲ませた。
「これで、遠隔的な始末はできないぞ!」
しかし、ディエゴは焦ることなく1つの小さな麻袋を取り出した。
「彼がいなくとも僕にはこれがある。ちょうどええのがあるしな」
麻袋をマサムネゼロの写真に一直線に投げるとそのままディエゴは去ってしまった。ぶつかったのと同時に額縁が動いて床に倒れる。
そのガラスの下では光沢を放つ何かがうごめいていた。
※この物語はフィクションです。




