第50話 切られた薔薇にも根は生える
グレイヴには姉がいた。
過去形だ。今じゃ絶縁してこの広い大地のどこにもいない。
グレイヴとは7歳差のアルマジロの魔族で見た目は完全にアルマジロで丸くなるとバスケットボールサイズだ。グレイヴとは異なり、学歴優秀でとても頼りになる。見かけはとても頼りなく見えるが、日常的に仕事のことしか考えられないような”デキる女”だった。
◇◇◇◇◇
グレイヴはカインの言葉に絶句していた。突然音信不通の姉の話が出たのだ。無理もない。
「…姉ちゃん」
驚いたのは他のメンバーだ。特にルートが驚いている。
「姉がいたのか!?表では一人息子だと聞いていたぞ?」
情報通のルートにとってこういった情報の穴を発見したら、すぐにふさがないと気が済まない。グレイヴは意を決した。
「…あぁ、名前はメアリー。アルマジロでさ。俺と年が離れてるんだ。俺が6歳の時に姉ちゃんが結婚することになって…。でも突然いなくなったんだ」
グレイヴの顔から熱い何かが湧き上がる。今封印された姉との思い出が徐々に蘇った。
「いつの間にか、姉ちゃんは…。除籍されてて、追うこともできなかった。姉ちゃんのこと、いつしか忘れてたな、俺」
グレイヴは鼻をすすりながら語りだす。最後に会ったのが6歳でも記憶は昨日のことのように鮮明に脳内で映し出された。
「…いなくなる前、姉ちゃん。俺に言ってたな。『この鳥籠から抜け出せ』って」
「鳥籠?」
チェルルは比喩表現がよくわからず丸い体をくねりと曲げる。エリックが口を開いた。
「もっと社会と現実見ろってことじゃない?」
そのまま沈黙が流れた。彼らの足元の木製の床がダークブラウンがより一層濃くなっている部分がところどころあった。――やがてそれらは1つの大きな色になる。
◇◇◇◇◇
――その頃リアーナではカインが1人自室でビルのライトで輝く夜景を眺めていた。先日退院して仕事の再開の準備をしていたのだ。
彼も同じく15年前のメアリーのことを思い出していた。彼女の失踪前にカインは”名無しのサイボーグ”として雇われたので彼女の存在は充分わかっている。
――そう、充分すぎるほどに…
カインは部屋の大きな窓のサッシに腰をかけて座っていた。そして、”ある人物”と電話していた。
「お前から電話なんて珍しいな…。また”太陽に捨てられた者の集い”でもするのか?」
これは隠語である。太陽はアポローン、もしくは責任者の天照寺家を示す。集いと言えども、ただ愚痴を言い合うだけだ。マジホから女性の声が発せられる。
『まぁ、そういったところね。あなたには感謝しているわ、D-7846の魔王さん』
カインは少し笑う。
「お前にその番号言われたとき正直驚いた。まさか魔界と繋がりがあるとはな…」
『苦しくて呪いかけてたら悪魔のダーリンと結ばれただけ。そのときあなたの正体も知ったわ』
「何度も聞いた。老化か?」
『…あなたに言われたくないわ。1000歳の人に』
「まだ3桁だ」
女性はどこか大人びている。だが、明らかにクロエではなかった。
「…それで、今回の愚痴は?」
カインは楽しそうに本題に持っていく。グレイヴとは有り得ない”大人の会話”だ。無駄も妙な盛り上がりもない。
『…実は、私ギルドで働いているの。この世界でね。だけど、職場が不景気でつぶれちゃって仕事がないの。旦那は今別世界で死神やってるし、こっちのお金の収入がないの…』
メアリーは魔界の悪魔と結ばれたため、天照寺家と絶縁した。絶縁した理由は2つ。
1つは政略結婚。彼女は13歳で結婚相手が見つかった。動物系の魔族は成人が早いが寿命は人間と変わらないのだ。だが、結婚相手と全く顔を合わせられなかった。その理由を教えたのは、後の夫である。理由は相手は浮気癖が酷く、酒乱で1年中部屋に閉じこもっているからだ。それでメアリーは結婚を阻止しようと黒魔術を悪魔から教わったが、どれも効果なし。いや、正確には呪いや黒魔術は効いているが相手が全く動じないのだ。
悔しがっていると悪魔が「最も強く揺るがない呪いがある」と言った。彼女にはすぐにこれがプロポーズだとわかった。そして魔界に行くため元の世界の戸籍を消した。
もう1つはグレイヴに溺愛していたため。これは想像できた人もいるであろう。メアリーが愛想が無くおまけに人型を嫌がるので両親は無能のグレイヴのことを妙に執着していた。そこを寄り添ったのが名無しの使用人――つまりカインである。カインはメアリーの学力の優秀さは勿論のこと、海外の国家予算や議論、さらには経済的動きにまで理解が及ぶことに気づいていた。だからカインはメアリーの除籍と脱走に協力したのだ。
だが実はメアリーがカインのことを魔王番号で呼んだことで始まったものなのだ。夫からカインがかつてアポローンの軍隊が使用した古い隠し通路を把握していたことを聞いたから利用したのだ。
*****
――20年前、D-7846の魔王と交渉したとき
「…君は私を利用するのか?私はいつ君に刃を向けてもおかしくないが…」
「もちろん、利用する。この先の未来は私が賭けてやる」
メアリーに正体が知られてもカインは驚かなかった。薄々悪魔の存在には気づいていたからだ。メアリーの瞳の奥の熱い炎にカインは立ち上がる。そしてやってきたのはメアリーの部屋だった。カインはベッドを持ち上げる。
「ここは、昔砦があって地下通路がある。この部屋のベッドの下にな。私が今穴を開けるからそこから逃げなさい」
「逃げてどうするの」
「その先に海がある。海外の港だ。しかし、悪魔といれば魔界に繋がる船が現れる。それに乗れ。あとは君の愛する旦那様が同行してくれる」
カインは静かに目をメアリーの横の大柄な男に目を向けた。男は普通の人間とそう変わらないが、違う大いなる何かを放っていた。メアリーはその言葉を信じてベッドの床に開けられた穴の中に身を投じた。何も持って行かなかった。彼女には何もなかったからだ。
*****
話は戻って現在のリアーナ。メアリーはとても苦しそうだ。
『それで悪いんだけど…』
「職場を探せ、か。それならアポローンで困っている奴がいる。お前の弟がな」
『え?イヴが?』
カインは話を切り出した。だが、すぐに付け加える。
「ただ、向こうにまだないんだ…”あれ”が」
メアリーは全て悟った。
『そう、じゃあもう少し様子を見ましょう。あなたのことだから私のこと、とっくに思い出させていそうだし…』
「相変わらずの嗅覚だな…」
2人は魔界の存在の者同士でただアポローンのことを語り合うのであった。
※この物語はフィクションです。




