暗殺者アンミェル・タレッチ
王都の大通りは人の往来が盛んであり、それは夜になっても変わらない。にも関わらずその真ん中では突如出現した魔族が一人の冒険者に襲いかかっていた。
「うわぁー!」「なんで魔族がここにいるの!?」「早く衛兵を呼べ!」
当然大衆の目の前でそのようなことが起きれば大混乱となり、通りは大騒ぎとなっていた。
「な、なんですか!?とぼけてなんかいないです!というか貴方誰なんですか!?」
「貴方には一つだけ聞かなければならないことがあります。一体どうやってループを認識しているんです?」
「ループってなんの話ですかぁ!?わたしなにも知らないですー!」
「チッ、やっぱり痛めつけないと駄目みたいですね」
フルカニがしびれを切らして付与術で大型化したナイフを振り上げる。しかしその瞬間、彼女の喉にナイフが突きつけられ動きが止まる。
「よお、はじめましてだな。テメェがフルカニか?」
「アンミェル・タレッチ……」「アンミェル様!?」
いつの間にかフルカニの背後にアンミェルが回っており、得意の得物である『情熱の踊り子』でいつでも仕留められる状況を作っていた。
「おお!勇者様が来た!」「こんなにも簡単に魔族を……!流石は王国の選抜隊だ!」「待っててください!もうすぐ衛兵が来ますから!」
周囲の国民からの称賛の中、特に気にする様子もなくアンミェルはナイフを突きつけながら、反撃されないようフルカニをのけ反らせる。
「今のテメェに許されることは変な呪文以外の言葉を口にすることだけだ。答えろ、なんでカエバスをねらった?コイツはループのなかでボクが干渉したのは一回だけだろ、それも軽い依頼を済ませただけだ、オマエらが狙う理由としては弱いだろ」
「はぁ〜……情報を与えながらの脅迫ですか、こちらにも利がある以上答える必要がありますね」
フルカニは観念したように大きく息を吐くとゆっくりと口を開く。
「私にも詳しい事は分かりません。この地に来てすぐにアンクレバスからこの女の監視の指示がきた。分かっているのは、おそらく前のループの私はこの女に関してなにかしらの報告をしていたということ」
「アンクレバスのヤツから頼まれたのは監視だけだろ?なんで襲った?」
「彼女は明らかにループから外れた行動をしたから、彼女はレイルと出会い、そしてパーティを組まないかと提案されたにも関わらず、彼女はそれを断った」
「なに……?」
「だからループを認識していると判断して、彼女に話を聞こうとしたら警戒されたので脅したの。どうせ貴方は今回も死ぬと思ったので、多少の無茶を通してでも話を聞こうと」
「死ぬことは否定しねえけど、ボクが今回も失敗すること前提で行動されるのは普通にムカつくぜ。コイツはスキルも大したことはねえ、ただどこにでも消えねえメモを残せるだけの女だからもう巻き込むな」
「そうですか、どうやらお互い情報は無いみたいですね。貴方が嘘をついていなければの話ですが」
「それはお互いさまだろうが、無駄なことがんばってしまったようだな」
「ええ、そのようですね。ではさっさとトドメを刺したらどうですか?」
フルカニは抵抗する様子もなく、運命に身を委ねる。
「…………いや、殺しはしねえよ」
「……はい?」
「せっかく捕まえたんだ、生かしてればいくらでも使い道があるだろ。やる理由は全くない」
そう、アンミェルはまるで自分に言い聞かせるように呟く。そんな彼女は暗殺の仕事をしていた時の事を思い出していた。
………………
「やだっ……ぱぱ……ままぁ……!」
燃える館の中、折重なった死体に縋る小さな子供をアンミェルは見下ろしていた。
「話しかけても無駄だ、テメェのクズ親は信じまってんだからな」
「どうして……どうしてなの……?」
両親の死から現実逃避したいのか、子供はアンミェルに幼い頭では理解できないであろう問いかけをする。
「どうしてかって?テメェの親は平民どもに重税で強いてたのに、瘴気による疫病が蔓延したにと関わらずなにもしなかった無能だからだ」
アンミェルは冷酷かつ無感情に告げる。
「しかも近隣の男爵領の鉱山が瘴気で汚染された時にソイツが助力を懇願する手紙を出してたのに、無視した挙げ句残った鉱物資源をイグザイルの襲撃にかこつけて横取りしたらしいじゃねえか、そんな豚野郎は死んで当然なんだよ」
「な、なんで……なんでそんなこというの!?ぱぱぁ!ままぁ!」
子供は理解できず、ただ狂ったように泣き始める。そんな様子をアンミェルは苦々しく見る。
「泣いてもわめいてもどうにもならねえよ……」
「ま゛ま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!ぱぱぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
「やめろ……やめてくれ……」
耳に張り付く子供の悲痛な叫びそれに耳を塞ぎたくなる衝動を堪えながら、アンミェルはナイフを構え……そして素早く喉を掻き切った。
(……ここでこのガキを救っても国やボクに復讐心を持った不穏分子を残すだけ……だが残しても炎に焼かれて苦しむ、仮に脱出できたとしてその後は……ならこれがボクにできる唯一のことだ)
アンミェルはナイフの血を布で拭いそれを捨てると、すぐにその場を後にした。館は焼け崩れ、全ては炎に包まれた……
………………
「アンミェル、仕事は済ませたようだな」
王城の中にある一室、そこには一度隠し扉を通り、地下からその部屋に通じる階段を通ることでしか入れない特別な部屋。その部屋で初老の紳士がファイルを開き、不機嫌そうにソファーに座るアンミェルにそう言った。
そのソファーは、炎牛ボナススの毛を編み込んで作られた高級な布が使われている。帽子程度に使われていても、その家の豊かさを示せるものだと認知されているほどの高級な布地だが、それがふんだんに使われているそのソファーに、アンミェルは身体の汚れも払わず座ってふんぞりかえっている。
「ああ、サス爺の言った通りに指定したヤツらと、のちのち厄介なことになりそうなヤツを始末してきたよ。これでいいんだろう?」
そう言って、ソファーに横になるアンミェル。肘置きを枕と足置きして代わりに図々しく横になるたびに、煤と泥まみれの身体の汚れがソファーに移る。
「ふん、自らの使命に関してその程度の態度しか示せんとは……所詮掃き溜め生まれの下賤の子か」
部屋の入って正面の壁に掛けられた、薄い板状のアーティファイトに映し出された老人が、アンミェルを見下しながらそう吐き捨てる。
その老人は、椅子に座り杖に体を預け、その老体にふさわしい折り畳まれた皺と白髪から相当高齢だと分かるが、その一方で杖を握る手の力強さと鋭い眼孔は普通の人が見ればすくみ上がる威圧感を放っていた。
「ケッ、忘れんなよ、バッテを人質に取るような真似してまで泣きついてきたから、こうやってボクが協力してやってんだ。どんな偉え立場のべべ着てんのかしらねえけど、ボクにとっては関係ねえ話だ」
そう言って睨み返すアンミェル。その老人はこの国の騎士団の儀礼用の制服を身に纏っており、その金房付きの肩章と、首から下げた黒曜石の不気味な勲章は、彼がこの国の最高司令官である事を周囲に知らしめていた。
この国の高位勲章は何故か心臓をモチーフにしており、老人のつけている勲章も檻に閉じ込められた心臓という不可解なデザインだった。
アンミェルはその勲章から不気味な印象を初見の時から感じていて、その異様なデザインがずっと気に入らなかった。
「それはこちらとて同じだ、あのような不埒者など、我々からすればいつでもどうとでも出来る存在だ。その程度の者を守り、この国の庇護を受ける気があるならば、それ相応の働きで価値を証明してみせろ」
「……ッ!?死にぞこないの干物の分際でのたまってんじゃねえぞ、この……!」
「アンミェル!事を荒立てるなと言っているだろう!何度も言わせるな!」
怒りを露わにして立ち上がるアンミェル。そんな彼女を初老の紳士が一喝する。
「……チッ、はいはい、お利口さんにしてればいいんだろっ」
舌打ちしながらも、アンミェルは初老の紳士の言葉に従って大人しくなり、不本意そうに不貞腐れながら、全体重を乱暴にソファーに落とした。
「コイツがヤった証拠だ、ヤツが身につけてた爵位章とその嫁の爪……確かに変な塗料使ってるのか嫌な色の変化しやがる。あとゴミから男爵からの懇願書も見つけてきた」
そう言いながら、アンミェルが伯爵の爵位章と、装飾された生爪を机に出す。そしてくしゃくしゃになった紙らしきものを広げると、それを初老の紳士に直接渡した。
爪に関してはアンミェルの言う通り、複数の液体をかき混ぜた時のように、毒々しい色合いが絶えず歪みながら変化していた。
「確かに受け取った、この二つは暗殺の証明として十分だろう。この書類も一緒に提出しておく、他にもあるか?」
「なんか隠し棚やゴミ漁ってたら色々へんなこと書かれてる書類もあったぜ、見つかったのはこれくらいだ」
「十分だ、後の事はこっちで用意していたカバーシナリオ通りに進めておく、お前は魔族討伐の遠征に行くまで身を隠しておけ。ご苦労だった」
初老の紳士はアンミェルの提出した戦利品を受け取って確認すると、淡々とした口調で今後の方針を伝えると、軽く労いながら資料に目を通しつつアーティファクトに映る老人と話をし始めた。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、アンミェルは親代わりだったバッテという男のことを考えていた。
アンミェルは物心ついた頃には既に親がおらず、他のスラムの子供たちと共に物乞いをして育った。
そんな暮らしをしていたある日、娼婦の女が男と体を重ねて対価を貰う現場を見てしまう。
同じことをすれば食事にありつけると考えたアンミェルは、見よう見まねで男を誘った。
栄養不足で貧相な身体だったが、それでも誘った男は面白半分で彼女を使い、その対価としてカビたパンを彼女に与えた。
それに味を占めたアンミェルは「痛いのを我慢すればメシにありつける」と考え、娼婦の真似事で食い扶持を稼ぐようになる。
アンミェルがバッテと出会ったのは、そんなどん底の生活をしていた時だった。
彼は軽い彼女を抱きかかえて家に連れて帰り、食事を与えて一緒に暮らすようになった。
そして彼はアンミェルに、自分の身を案じ、他人に優しくできる人間になれと、ぶっきらぼうにそう教えていた。
だからこそ、アンミェルにとってバッテの教えに反する暗殺の仕事は唾棄すべき行いだった。
スラム育ち故に生きる為に手を汚す事には抵抗などなかったアンミェルだったが、これがバッテの為という前提があった事がアンミェルの気分を悪くしていた。
「では後を頼むぞサスベン、その小娘が余計な事をせんよう見張っておくのも忘れるな」
「はっ、了解しました」
サスベンと呼ばれた初老の紳士に画面の老人が指示をし、それに対してサスベンが了承の会釈をしたのを確認すると、老人は通信を切った。部屋の中にしばしの沈黙が続く。
「……なあ、サス爺、アンタはなんでここにいるんだ?」
「ん?急に何かと思えば……簡単な事だ、私にはこの国に尽くす以外の生き方ができなかった。それだけのことだ」
静寂の中でポツリと呟いたアンミェルの言葉、その素朴な疑問にサスベンは当然のように忠義を口にする。しかしその答えはアンミェルを納得させるものではなかった。
「そんなワケねえだろ、アンタだってやろうと思えば国をぬける生き方もえらべたはずだ。なのにいまだにこんなクソ溜めにしがみついている。不思議におもうのは当然だろ」
「……アンミェル、お前はまだ……どうしようもなく幼い。だから分からないのは仕方ない事だが、人というのは今までの生き方をそう簡単には捨てられないのだ。それに、私にはこの国に尽くさなくてはならない忠義がある」
「ケッ、テメェの代わりにコロシをしてる相手をガキ扱いかよ。ボクからしてみれば、んなの逃げてるだけにしか見えねえな」
「お前とてそうだろう?現に今も、お前は縛るもののせいで不本意な仕事をさせられている。生きるとは、自らの苦痛をどのように受け入れてしていくのかを考えていく事なのだ」
「不都合を全部ぶちころして片付けようとしている連中の犬に言われても説得力ねえな」そう言ってアンミェルが立ち上がる。
「仕事で何人ぶっ殺そうがどうでもいいけど、少なくともプライベートでヤるのはもう勘弁したいぜ。んじゃ、ボクはもう消えるよ」
「ああ、何かあっては我々も困る、だから体に気をつけるんだぞ」
「ケッ、るせえよ」
サスベンに悪辣な返事をしてから、アンミェルは地下へ続く螺旋階段の真ん中、底まで吹き抜けた空間を飛び降りると、軽い身のこなしで地下に華麗に着地する。
「毎回この仕事はクソだとおもってたが、今回はとくにクソだったな……いつまでこんなことしなくちゃなんねぇんだ」
そう言って、抑えきれない手の震えを強引に掴んで押さえ込む。
「クソッタレ……もうガキはなるべくヤりたくねえな……」
………………
アンミェルが現実に意識を持っていく、目の前には拘束された魔族がいて、アンミェルの『情熱の踊り子』が喉元に突きつけられている。
この刃で喉を掻っ切ればそれで魔族を殺せる。それはアンミェルにも分かっていたが、それでもこのフルカニという魔族の幼い容姿が殺してきた幼い対象達と重なってしまうのだ。
「なんですか急に、もしかして情でも感じてます?」
「るせぇ、むしろ事情をしっている魔族を生け捕りにできるチャンスなんだからむざむざ殺すかよ」
それを聞いたフルカニは、ただ一つ「はぁ〜……」と深くため息を吐き、右手を高く掲げた。よく見ると人差し指に小さな宝玉の嵌った指輪をつけている。
「あん?なんだ……」
「貴方は馬鹿ですね、ブリチノエンほどでは無いですが。時間が巻き戻るのを知っていて命を軽視するのが貴方だけだとなぜ思えるんですか?」
それを聞いた瞬間、アンミェルは素早くフルカニの指を切り落とす。が、既に手遅れだったようで指輪が強く輝き、次の瞬間に閃光と衝撃がアンミェルを襲った……
ガコンッ
そして、次にアンミェルが目覚めた時、そこは最早彼女には見飽きていたいつもの追放場面だった。
随分長いこと放置してしまいました……
書きたいことがちらかってしまい、ここで書かなくていい事で頭悩ませてしまいました。




