橋本さんと秋山さん 4
遂に、夏休みが始まった。
連日連夜セミが鳴き続け、何とも言えない湿度と高い気温に少しうんざりするものの、学生にとって大型の休みというのは大歓迎。まだ宿題に焦る必要もなく、ダラダラと過ごしている。
結局、あれから凪とはあまり上手く喋ることが出来なかった。須藤に言われて初めて気づき、彼氏探しは一旦置いて凪と過ごすようにしたけど、どうも肝心の凪が余りあーしと居たくないようで、少し避けられているみたいだ。
正直、理由がわからなくてショックだ。
「おー凄い。ザ・田舎って感じで良き」
「心が洗われるよねー」
で、そんな風に黄昏ているあーしと対照的に楽し気な友人たちは、とあるツテで山奥にあるという別荘へ向かっていた。貸し切りのバスで。
『とりあえず山行こうぜ!』
『あ、日向が別荘持ってるよー』
そんな超スピードの提案と解決で、夏休みの予定が一つ埋まった。牧原と一緒に居るようになった須藤は異常にアグレッシブで、その元気を少し分けて欲しいと切実に思った。
まだ夏休みに入ってから一週間で、大して会っていない期間も長くないのにやけにこの騒がしさが久しぶりに感じる。まぁ六人で集まるのは実際久しぶりと言うか、初めてなんだけど。
「でも、大丈夫だったんですか?お仕事とか……」
「たまにはゆっくりして、息抜きもしなきゃね。それに、こうやって友達や恋人と遊ぶのって初めてで楽しみだったんだ。何だかワクワクしないかい?」
「はい!楽しみです!」
「良かったねぇゆまっち」
そう、今回は珍しく荒木も一緒にこの旅?に参加している。まぁ別荘の持ち主が荒木なんだし居ない方がおかしいのはそうなんだけど。こうやって遊ぶのは初めてで、どうなることやら。
あーしはといえばそんな須藤たち程楽しむ余裕もなく、今だって喧騒を流し聞きしながら頬杖をついて窓の外を眺めている。滅多に見ない文字通りの田舎の風景にしばしば関心を寄せながらも、頭ではやっぱり別のことを考えていた。
「どした?橋本さん。浮かない顔してんね」
「……須藤。いや、ちょっとね」
「ま、そういう気持ちの切り替えも兼ねて誘ったんだ。今は楽しもうや」
「……ホント、ありがとね」
「よせやい。私とアンタの仲じゃないか」
「どんな仲だったか思い出せないんだけど」
一見ふざけているようにも見える須藤だけど、こうやって妙に周りを見たり、その心に敏感で気を使ってくれたりすることが最近特にわかるようになった。今だって、あーしと同じようにどこか上の空だった凪にちょっかいを仕掛けに行っている。
「秋山さんどした?気持ち悪い?美少女にあるまじきゲロ顔披露しちゃう?」
「いやいや、私はそんなヘマしないって~。正直友達が別荘持ってる時点でよくわかんなくて、現実感がなくてさ~。放心してたんだ~」
「そっかそっか。じゃあ次は秋山さんが歌ってね。はいマイク」
「えっえぇっ!?」
デリカシーとか脈絡とかは置いといて。
「んふふ、いい女でしょー」
「否定できないわ。あんなに面白くて変な奴だったなんてね」
「でも二人っきりの時は、超甘えてきて可愛いんだぁ……袖引っ張ってキスせがんでくるのマジヤバイ」
「……全然想像つかないわ。てかあーし目線別に教室でもベタベタ甘えてる印象しかないんだけど……」
「ふふふ、あれは氷山の一角ー。家ではね、何と言うか湿度が違うんだよぉ」
「へー……待ってなんでシームレスに惚気られてんのあーし?」
「あは。暇そうだったから、つい」
こっちは絶賛お悩み中だというのに、お気楽な奴め。
「ま、そんな眉間にしわ寄せてないで、この旅行中は目一杯楽しんでね」
「そうね。須藤にもそう言われたし、はしゃぐとするわ」
あーしの不調、と言うか気分で由真たちが変な雰囲気になってしまうのは避けたいし、あーし自身普通に山だの別荘だの楽しみたいし。
無茶ぶりされて必死に歌う凪に飛びついて、同じマイクに口を寄せる。
「あーしも一緒に歌うわ!」
「うぇっ、真奈!?」
せっかくだしね。いつもよりはしゃいじゃってもバチは当たらないでしょ。
騒いでいたあーし達を連れてきてくれたバスを見送って、荷物を地面に卸してぐっと全身を背伸びさせる。ついでに深呼吸をすると、明らかに街中と違う空気のおいしさに驚いた。
「到着ー!」
「ここからはちょっと歩くから、もう少しの辛抱だね」
「辛抱だなんてとんでもないです!なんて言うか空気が美味しくて、景色も新鮮で……」
「ね。あーしもびっくりしちゃったわ。本当に空気が違うのね」
「なんか~、砂を踏んだのも凄い久々な気がするよ~」
バスの中で一緒になって騒いだお陰か、ここに来るまでにあった余所余所しさはどこかに飛んで行ってくれた。前のように凪と仲良く話せるのは嬉しい。
「わー懐かしー!ねぇ、ちっちゃい頃作った秘密基地まだあるかなぁ?」
「あー作ったなぁ。どうだろ、もう荒らされちゃってるかも」
「ひー諸行無常ぅ」
「あれ、愛美は来たことあるんだ?」
「これでも一応幼なじみって奴だからねー。お互いやんちゃだったからよく遊んでたんだぁ」
「へー……あの、その頃の日向さんの話って聞かせてもらってもいいですか?」
「あの由真、ちょっと昔の話は恥ずかしいと言うか……!」
「いいよいいよぉ。後で日向がいないときにゆっくり聞かせてあげよーう」
「本当ですか!楽しみですっ!」
「うぐぐ……恨むよ、愛美……」
「まぁまぁ~。可愛い思い出話だってぇ~」
「そうそう。まさか言えないようなコトしてたわけでもないでしょ?」
「ここぞとばかりに弄ってくるね君たちは……!」
「……」
由真が目を輝かせ、須藤と凪がぷるぷる震える荒木を回りながらつんつん突っついているこのカオスな空間。あーしは上手く言えない感情がこみ上げてきて、にやついたため息を抑えることができなかった。
「おかえりなさいませ」
少しだけ砂利道を堪能してくっちゃべっているうちに辿り着いた荒木曰くの別荘は、もう別荘というよりは旅館という表現が近いような、立派な佇まいで。
揃ってぽけーっと見上げるあーし達を更に驚かせるように、その玄関から仲居さん?が出迎えてくれた。使用人って奴なんだろうか。初めて見た。
「やぁ、ただいま。取り敢えず荷物を置きたいから、部屋に案内してくれるかな」
「かしこまりました」
「ほぇー……」
なんでもないようにやり取りをする荒木を見て、別の意味で呆けている由真はさておき。凄いところに来ちゃったな、と隣の凪と顔を見合わせた。
「なんか、凄いところに来ちゃったね~」
「同感。こんなことになるなんてね。人生何があるかなんてわかんないわ」
「ふ、だから面白いんだよ」
「キャラ迷子になってない?あんた」
「ぐっ!やめろ橋本さん。その言葉は私に効く」
「あー!杏をいじめるなー!やっていいのはあたしだけだぁー!」
「愛美のいじめならもうバッチコイだぞ。どこからでもかかってきなさい!」
「くらえー!ぎゅー!」
「ぐええぇへへへ」
「苦しみながら悦んでるわ……」
「逞しいね~」
アホなことやってないで、さっさと行きましょ。
仲居さんに案内されて、玄関をくぐって部屋にむかう。荒木は「せっかくだから一緒の部屋にしようよ」と言って、仕切られた和室の間のふすまを取っ払って大きな部屋にしてしまうと、楽しそうに笑った。正直あーしもちょっとそういうことにはワクワクしてしまう。枕投げとか余裕でできそうだし。
荷物を置いたあーし達は早速この自然を堪能しようと、山の中を流れているという川に向かうことになった。なんでも魚も釣れるらしく、仲居さんに言って簡単な釣り道具を持っていくことになった。
しかもこの仲居さん。なんと人数分の弁当も用意してくれていたらしく、赴く前に持たせてくれた。もう至れり尽くせりで、あーし達が本当に来てよかったのかと若干心配になった。
「いいんだろうか。もう山の中で友達&恋人と川釣りとか私人生の勝利者じゃないか」
「大げさじゃないか?」
「ちっちっち。甘いぞ荒木さん。人工甘味料並みに甘い。こんな超恵まれたシチュエーションに居るなんて前世でどんな徳詰んだんだってぐらい凄いことなんだ。多分私昔劉備だったわ」
「間違いなく凄いけど絶妙なライン突いてくるね……」
「でも、私もとっても楽しみです!こんな凄いところ来たことなくて……!それに釣りって初めてで、上手くできるでしょうか……」
「大丈夫、私が一からしっかり教えてあげるよ」
「……見ました?奥さん。あれがタラシのムーブですよ。イケメンにしか許されない動きですよ」
「いや~あれを至近距離で受けるとみんな一発KOになっちゃいますよ~。なんで自然と肩抱いてるんでしょうね~?」
「わぁ……!ありがとうございます!」
「ふぐっ……いや、由真に怪我なんてしてほしくないからね。当然さ」
「そして至近距離大天使笑顔カウンターで沈むと」
「あれは流石の荒木さんも駄目みたいだね~。というか耐えられる人多分居ないんじゃないかな~?」
「あんたら何を実況してんのよ……」
「沢山釣れるかなー。でも多分腕鈍ってるんだよねぇー……」
砂利道を挟んで木々がおい茂っている中を騒ぎながら進んでいると、やがて件の川が見えてきた。
奥に行くにつれて深くなっているようで、その様子が透き通って見えた。とても水が綺麗なんだろう。太陽の光を全体で浴びて、宝石のようにきらきらと光っている。
「うっわ、超綺麗なんだけど……」
「わー、これは立派だね~!魚が泳いでるのが見えるよ~」
「うわぁ……!」
「うーむ、これは思わず唸ってしまうね……」
「わー超懐かしいぃ!変わってなくて安心ー」
「気に入ってくれたみたいで良かったよ。じゃ、早速だけどやってみようか」
みんな思い思いに感心している中、テキパキと準備をする荒木はでもどこか得意気に見えて。そういうとこが由真の言っていた可愛いところなんだろうなぁ、と何となく思った。
「おっ、早速来たきた!」
「で、こうやって持って、後ろを気を付けながら、振りかぶる!」
「わぁ、ありがとうございます!」
「うん。次は一人でやってみてね。もし魚が掛かったらまた教えて」
「ふんぬっ!」
「おーやるじゃん杏ぅー。んーここは川釣り先輩として負けられないなぁ。よーし!」
「こうやって釣れるまで、ぼけーっと静かに待つのもいいねぇ~」
「静かって言っていいのかわかんないけど、川のせせらぎの音とかは確かに良いわね。なんか日常から切り離された感じがして」
「よっしゃ入れ食いフィーバーか!?またヒット!」
「えぇー!?なんでぇー?」
「あ、あのっ!なんか引いてる?感じなんですけど、これどうしたらっ」
「落ち着いて落ち着いて。後ろから竿持ってあげるから、一緒に釣りあげてみよう」
「……ま、いいとこだわ。ホント。荒木には感謝ね」
「いい所だよねぇ~」
「そうそう。そうやって持って、サイドスローで滑らせるように投げる!」
「え~いっ」
川釣りが一段落して弁当を食べて、食後の運動と称して荒木が水切りをやったことないという凪に教えている。
ピシュッピシュッと凪の投げた平たい石が水面を弾んで向こう側へ飛んでいく途中、耐え切れず沈んだ。
「中々センスあるわね」
「そう~?えへへ、真奈もやってみてよ~」
「任せなさい」
この自然の中で変に上がったテンションで、適当によさげな石を見つけ、振りかぶる。
無駄に左手を前に構えて重心を下ろし、サイドスロー。
投げた石は最後まで跳ね続け、向こう岸に到達した。
「どんなもんよ」
「お~凄い~!向こう側まで行っちゃった!」
「む、中々やるね橋本さん。じゃあ私も……」
「いえーいどーん」
「どーん!」
「きゃぁっ!?」
あーしに倣って石を振りかぶろうとした荒木を、後ろから密かに近づいていたらしい須藤と牧原が軽く小突いた。勿論どうなるかは明白だ。脇腹に不意打ちを食らった荒木は、バシャバシャと足元を濡らす。
「……やってくれたね、須藤さん」
「待って、今の悲鳴聞いた?きゃぁっって。超可愛い声だしてたよ」
「許さないっ!」
「わぁっ」
全く空気を読まない須藤にキレたのか、俯いたままその手を引っ張った荒木は、同じ川の中に引きずり込んだ。
「ひゃー冷たー!でも気持ちいいわー」
「全然動じてない……」
「あたしも行くー!」
気持ちよさそうに靴を飲み込んだ川の中で足を動かすに触発されたのか、はしゃぎながらバシャバシャと牧原が続いた。
「み、みんな何してるのっ?そこ川の中だよ?」
「宮永さんも来なってー!気持ちいいよー!」
「え、そ、そうなの?」
「どうせこの後お風呂入っちゃうんだしいいじゃーん。ゆまっちもカモン!」
「でも……」
「真奈?」
その瞬間をみんなと共有したくて、自然と体が動いた。
渋る由真を尻目に、バシャバシャと水を蹴りながら川に入っていく。
透き通った綺麗な水は火照った体に心地よくて、涼しくて気持ちいい。
「お、橋本さんは来たね。さあどうする?」
「楽しいよー?ほれほれー」
「やめっ!蹴ってくるなって!服にかかっちゃうから!」
「来なよ、凪。ほら」
「えっ、あっ」
あーしが進んで川に入ったのが意外だったのか、呆けていた凪の手を取って、連れてくる。
「ほら、一緒」
「あ……」
「うぇーい」
目を丸くした凪と手をつないで顔を合わせていると、唐突に後ろから水しぶきが飛んできた。
……文字通り水を差されたワケだ。
「……やってくれたわね!」
「ひゃー!助けて荒木さん!」
「ちょっ、何で私を盾に使うんだ!関係ないだろ!」
「私より大きいじゃん!大人しく盾になってって!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、橋本さん。な?私は関係ないだろ?」
「え?何?あんた須藤の味方すんの?」
「は!?何でそうなっ、ちょっとっ!」
須藤を追いかけて、はしゃぐ、はしゃぐ。自然と笑いが出てきて、楽しくなってくる。
「食らいなさいっ」
「な、なんで私まで!?」
「なんのっショットガン!」
「ぶっ!」
「ほら、カモン!」
「きゃぁっ!あははっ冷たい!」
「私たちも参戦しよぉっ、秋山さん!」
「……よぉ~し、負けないぞ~!」
「あははっ」
「何で私を挟む!?このっ!」
「ちょっ、強い強い!荒木さん強すぎ!」
日が傾くまで、童心に帰って小学生のように遊んだ。当然ずぶ濡れになった。
「はーい。というわけでくじ引きしまーす。同じ番号が書かれた人がペアになって順番にお風呂に行ってくださーい」
散々川で遊んで別荘に帰り、私たちが釣った魚を調理してくれる間に、お風呂を先に頂こうという話になった時。相変わらず須藤が突拍子もないことを言い始めた。
「……何故、ペアで風呂に?しかもくじ引き?」
「その方が面白いから」
「異議なーし」
「わ、私はいいですよっ。それにちょっと楽しみです」
「あーしも別にいいよ」
「いいじゃ~ん。楽しそう~」
「……わかったよ、私の負けだね」
「はい観念してくださーい。じゃ、この割り箸に番号書くから、それを引いてね」
須藤がどこかから貰ってきた割り箸に数字を書いて、見えないように握りこむ。
全員で適当な箸を握って、引き抜いた。
「だーれだっ!……私1だわ」
「え、須藤さん……?なんか不安なんだけど」
1番ペアは、須藤と荒木。
「あたし2番だぁ」
「あ、私も2番ですっ。よろしくお願いします!」
2番ペアは、牧原と由真。
「ってことは、最後はあーしと」
「……私だね~」
3番ペアは、あーしと凪だ。




