09. 恋のライバル
「着いたぞ。ほら、手をかせよ」
女子寮の前で、僕はクララに手を差し出した。紳士として当然の行為だから、これではインパクトが弱い。
「ありがとう。……きゃあっ!」
手を取るふりをして、彼女を横抱きにする。なんて軽いんだ。羽が生えているのかと思う。
「やだっ!ちょっと、恥ずかしいから下ろしてよっ」
「ばか、暴れるなっていったろ?今更、何が恥ずかしいんだよ」
「だって、みんな見てるじゃない!」
寮から数人の生徒が出てきた。窓からこっそり覗く者もいる。どこであっても、女子はうるさい。でも、これは僕たちの関係を公表するチャンスだ。
許婚を抱きかかえて寮に戻る。こういう派手なパフォーマンスは、噂となってすぐに学園中に広がるだろう。クララを狙う男たちへの牽制になる。
知った顔が駆け寄ってきた。僕たちが恐れる幼馴染。伯爵家令嬢のヘザーだ。
「クララ!怪我したって、大丈夫なの?」
「うん。ちょっと転んじゃって」
「びっくりしたわよ。とにかく無事でよかったわ!」
寮には車椅子が用意されていた。病院を出た時点で、ヘザーに連絡をしておいた。さすが対応が早い。
彼女はクララに甘くて、僕には塩対応。今日の活躍にも、労いの言葉すらない。いや、慣れているから、別に構わないけれど。
その代わりに、知り合いの女生徒に声をかけられた。女子寮長。侯爵家の令嬢で、僕のファンの一人だ。クララのために、ここは愛想よくしておくべきだろう。
「転んで怪我をしたんですって? 大変だったわね!ローランド様、クララさんのことは、こちらでお引き受けしますわ。ご安心ください」
「君たちがみてくれるなら、もう安心だな」
爽やかな笑顔を見せれば、たいていの女子はメロメロだ。確信犯的な行動だけれど、僕はそういうキャラで通っているので問題はない。
「ローランド、もう帰っていいわよ。クララの世話は任せて」
「ヘザー、よろしく頼むよ。じゃあ、みんな、また学園で!」
ヘザーに追い払われたので、さっと手を上げて女子たちに挨拶した。キャーっという声が上がる。いつものことなので、適当に放っておけばいい。
「ローランド様と、どういうご関係なの?」
早速、僕たちのことを詮索する声が聞こえた。計画通りに、みなの興味を引けたようだ。
「友人です。領地が近くて。いわゆる幼馴染ですわ」
ヘザーが軽くあしらう。確かに、ヘザーとは言ったままの関係だけれど、クララは僕の許婚だ。そこをもっと詳しく説明してくれりゃいいのに、肝心なところには気が回らないやつだ。
「知らなかったわ。もっと早く教えてくれればよかったのに!今、特別室が空いているから、怪我が治るまではそっちを使っていいわよ。従者用の部屋もあるから、二人で一緒に」
明らかに僕に聞こえるように、女子寮長が言った。
女子寮は基本一人部屋。ただし、王族や外国からの貴賓留学生には、従者用の部屋がつく。それが特別室。今は王族の女生徒はいないし、外国の王家からの留学生もいない。空いたままだ。
そこをヘザーと一緒に使えるなら、クララも助かるだろう。女子寮長には、僕から特別に礼をしておこう。婚約者がいる令嬢だから、少しくらい悦ばせてやっても面倒なことにはならない。
僕はそのまま、市街地に用意した宿に戻る。殿下の警備のために、僕たちは交代でロビーに詰めることになっていた。
今夜の宿直は側近の僕。そして、警護には騎士科からカイルが入る。偶然じゃなくて仕組んだシフト。どうせなら、気を使わない相手と一緒のほうが楽だから。
遅い時間に戻った僕を見て、宿のおやっさんが声をかける。
「あの子の怪我はどうだい?」
「数針、縫ったよ」
「そりゃ、大変だったなあ」
ラウンジのソファーに腰を下ろすと、カイルが本から目を上げた。こいつは本の虫。ものすごい読書量だし、自分でもこっそり物を書いているのは知っている。
「治癒魔法、使えばよかったな」
「ばか、絶対使うなよ。お前の進路に影響が出る」
治癒魔法を使えるのは、ごく限られた魔術師だけ。カイルが使えるとバレれば、否応なく魔法科に転科させられる。そうなったら、臣下の義務として将来は魔術師になるしかない。
でも、こいつは騎士になりたいんだ。その道が閉ざされるなんて、あっていいわけがない。
「殿下は?もう休んだのか」
「いや、お前の報告待ちだ。ゴロツキの件だろ」
「捕まったのか」
「牢にぶち込んでおいた」
クララを助けてもらっただけじゃなく、ゴロツキどもの後始末もさせてしまったらしい。本当にカイルには頭が上がらない。
「お前の許婚の怪我のことなんだが……」
「自分で転んだんだってな。あいつ、トロいから」
「そう言ってたのか?」
「ああ。お前のおかげで助かったって。ありがとな」
黙り込んだカイルをロビーに残して、僕は殿下の部屋に向かった。まだ、本日の業務は終わっていない。殿下も机で書類を読んでいた。
「カイルから聞いたよ。許婚が来ていたらしいな」
「はい」
「この部屋に連れて来たんだろう」
気付かれないと思っていたのに、僕の認識が甘かった。殿下に隠し事はできない。
「申し訳ありません。怪我をしていたので、ここで応急処置を」
「怪我?大丈夫なのか」
「はい。痕は残らないと」
「そうか、よかった」
殿下はほっとした様子で、席を立ってベッドに腰掛けた。ちょうどクララが座ったところだ。嫌な予感がする。
「ご心配をおかけしました」
「たいしたことなくて、安心したよ。彼女は私にとっても大事な女性だ」
「……どういう、意味でしょうか」
「初恋の相手」
僕は動揺を隠すので精一杯だった。まさか殿下が覚えていたなんて。
「ずいぶんと昔の話ですね。すっかり忘れていました」
本当は忘れたことなんてない。絶対に忘れられない。
もう十年以上も昔の話だけれど、クララは確かに殿下の初恋の女の子だった。