07. 許婚は幼馴染
こんな治安が悪いところに、どうして彼女がいるんだ。
「クララ?こんなとこで、何してんだよ」
「知り合いか?」
今まで一度も、女との関係を説明したことはない。カイルも興味を持たなかった。
それなのに、こいつは僕の許婚だと、どうしても言っておきたいと思った。動物の勘。
「ああ。幼馴染というか、腐れ縁というか。一応、許婚だ」
胸がザワザワした。彼女と一緒にいるカイルが、ものすごく自然に見える。まるで二人が、ずっと前からの恋人同士みたいに。
カイルが抱き取れとばかりに、彼女を差し出してきた。子供の頃と違って、絶対に嫌がられる。
殴られるのを覚悟で抱きかかえると、意外にも彼女は僕の首にしがみついてきた。
いつもと違う彼女の反応。柔らかい体を押し付けられて、柄にもなく興奮する。女で赤くなるなんて、プレイボーイの名が廃る。
僕は冷静になろうと、頭の中で素数を数える。見ていられないというように、カイルが僕から目を逸らした。
「怪我をしている。手当してやってくれ」
「怪我?迷惑かけたな」
「ああ。しかし、お前、苦労するな」
カイルは僕を鼻で笑ってから、颯爽とそこから歩き去った。もしかして、素数の呪文を魔伝で飛ばしていた?
とにかく、これは非常事態だ。彼女のスカートは土で汚れているし、足からは血が流れている。こんな姿を人前に晒すべきじゃない。
「ちょっとローランド!もういいから、下ろしてよ」
「はあ?お前、なんで怪我なんてしたんだよ」
「それは後で話す。とにかく恥ずかしいから!」
「ああ、そうか。じゃ、そこの宿に入るぞ」
「は?ちょっと、何言ってんの?待って!」
変な噂が立つ前に、どこかに隠れる必要がある。変装してたって、こいつは超絶美人。一目見れば、その顔を忘れる男はいない。
都合がいいことに、近くに殿下の仮宿があった。あそこで応急手当をすればいい。
彼女をかかえたまま、車道の反対側にある安宿に向かって走る。彼女は諦め悪く、まだ僕の腕の中で暴れていた。
「おいっ!危ないだろ。馬車に轢かれるぞ!しっかりつかまれよ!」
すぐ後ろを馬車が横切ったので、彼女が僕にギュッとしがみついた。密着する場所から体温が伝わって、僕の熱も急激に上がる。
とりあえず、宿に駆け込んで、亭主に声をかける。僕らの身分を知っていても、あれこれ詮索せずに黙って泊まらせてくれる貴重な宿主だ。
「おやっさん!部屋貸して!」
「おっ!今日はえらい別嬪さん連れてるじゃないか」
いつもは汗臭い男子集団で来る。珍しく女子と一緒なのをからかわれた。
おやっさんの軽口を聞き流して、僕は殿下の部屋に直行した。魔法陣で結界が張ってあって、中での会話が外に漏れない場所だ。
「で、何があった?なんでカイルと一緒だったんだよ」
「この宿の常連みたいね。何に利用してるの?」
互いへの質問が、ほぼ同時に出た。何って、殿下の任務には守秘義務がある。おいそれと話せることじゃない。
「あー、まあ、色々と?門限に間に合わなかったときとか。課外授業とか?」
「はあ?どうせ、女の子連れ込んでるんでしょ?おじ様に言うわよ!」
僕の女性関係を気にしてる? 今まで、どんな女と一緒にいても、全く僕に関心なかったのに。いい傾向だ。
「男の嗜みだよ。いわば研究と実践だ。父上も気にしないって」
素人の女と、こんなところに来るわけがない。そういうのは、もっとうまく隠蔽できるところで……、というのは今は言う必要ない。
「あ、そう。じゃあ、ヘザーにそう言う!」
それはまずい。ヘザーは僕らの幼馴染。昔から頭の上がらない友人だ。そのへザーに言いつけられたら、僕の素行がバレてしまう。あいつの情報収集力は並じゃないんだ。
「すいませんでしたっ」
すぐに謝罪の言葉が飛び出た。僕たちは顔を見合わせて、どちらからともなくプーっと吹き出す。ヘザーより怖いものなんて、この世にはない。
「もういいや。怒る気が失せた。ヘザーと出て来たんだけど、途中で別れて学園の寮に戻るところだったの」
そして、道に迷ったところで、三人のゴロツキに金をせびられたらしい。
「ゴロツキに、怪我させられたのか?」
「あ、いやいや、怪我は自分で転んだの。それに、あの人が助けてくれたし」
「カイルが?」
そうか、あのゴロツキたちは、カイルから逃げていたんだ。
「あの人、カイルっていうの?知り合い?」
「ああ、友達だ。それにしても、あのカイルが……」
僕が近くにいると、カイルは知っていた。なのに、なぜ魔伝で連絡してこなかった? いつも女が絡むことは、僕に丸投げしてくるのに。
「え、何?なんか問題あるの?」
「は?いや、女嫌いだから」
あいつの女嫌いは半端じゃない。たぶん、未婚で父親のいない子を産んだ母への反発。どんな状況であっても、女には絶対に触れない。握手で妊娠すると思っているのかってくらいに。
「怪我したから、運んでくれただけよ」
「それが驚きなんだよ。女なんて目に入らないやつなのに」
「そうなんだ。確かにそんな感じはしたけど……」
カイルに興味を持つなよ。あいつはすごくいいやつで、それを知れば誰だって好意を持つ。こいつも例外じゃないはずだ。
「あいつはやめとけよ」
「何言ってんのよ、意味不明。どーでもいいけど、私もう帰らないと」
お前こそ、何を言ってるんだ。怪我しているのに、このまま帰すわけがないだろう。どうして、もっと僕を頼らないんだ。こいつにもカイルにも、僕は要らない人間なのか?
選ばれし人間と必要とされない僕。胸に不思議な焦燥感が芽生える。羨望と嫉妬が入り混じったような、一言では形容しがたいもの。
それを劣等感と呼ぶには、僕はプライトが高すぎた。負の感情に蓋をして、僕は彼女の怪我に目を向けた。




