04. 残念なイケメンさん(クララの視点)
カフェを出た後、私は市場に向かった。ヘザーは勉強家なので、図書館に入ったら最後、最低でも二時間は出てこない。
私はと言えば、本よりも食べ歩きが好き。でも、カフェでケーキを食べたばかりだし、今日はもう食べられない。
とりあえず、市場の見学をしよう。市場なら領地で通い慣れている。今日は変装しているので、私はその辺の町娘に見えるはず。
そして、市場に入ったところで、私は偶然見かけてしまった。町人のフリをしているけど、どこからどう見ても金持ち貴族のお坊ちゃまが、路地裏でゴロツキたちにお金をせびられているのを。
「衛兵さーん!こっちです!人が脅されてまーす!」
本当は関わるべきじゃなかった。お金を渡せば、ゴロツキは満足する。なのに、ついつい親切心で助けを呼んでしまったのだ。
「あの、大丈夫でしたか?」
ゴロツキが逃げ去ったので、お坊ちゃまに駆け寄って声をかける。驚いたことに、その人は天使かと思うような超絶美形だった。
身長は180cm超。サラサラと額にかかる髪は薄茶で、目は海のような深い青。甘く整った目鼻立ちとは対照的に、引き締まった口元には意志の強さが感じられる。
「あ、ああ。ありがとう。助かりました」
「いいんですよ。市民の義務ですから。衛兵さんが来たら、被害を通報しますか?」
そう言うと、イケメンさんの顔色が変った。お忍びの身分がバレたくないんだ。
そう理解した瞬間に、その超絶イケメンさんは私の手を掴んで、路地の中へと逃げるように走り出した。
なんで私も一緒に?でも、気持ちは分かる。この美貌で、この物腰。私が特徴をあげれば、高確率で身元が判明する。
しばらく走った後、その人は急に立ち止まった。
「すみません。ちょっと事情があって、あそこで騒ぎを起こしたくなくて」
分かります。大丈夫、私も人のことは言えない。
「そうでしたか。立ち入った真似をして、かえってすみません」
「いえ!そういう意味ではないんです。あの、何か助けてもらったお礼を……」
「気にしないでください。お礼なんていらないので」
私が笑ってそう言うと、超絶イケメンさんは困ったようにこう言った。
「それでは、僕の気が済まないんです。じゃあせめて、貴方が喜ぶことを……」
そして、今、こんなことになっている。これは何?一体、何が起こっているのだろう。
場所は王都の狭い路地。目の前には超絶イケメン。そして、状況はというと、いわゆる……壁ドン?
「絹みたいに綺麗な髪だね。瞳も煌く宝石のようだ」
誰の話?もしかして、自分のこと語っているとか。相当なナルシストさんなのかな。この美貌じゃ、それもありうる。
あまりにも非現実すぎる展開に、妙に冷静になってしまう。私が無反応なので、そのイケメンさんは不審に思ったらしい。いえ、不審者は彼のほうなんですけど。
「おかしいな?女性を喜ばせるには、まずは容姿を褒めることだと教わったのだが」
私のことを褒めてたんだ。そりゃ、けなされるよりはずっと嬉しいけど、時と場所と場合というものがあるでしょう?
今ここじゃ全く意味がない、いや、むしろ逆効果かも。なんか、こわい。
「これでダメなら、次は……」
超絶イケメンさんは、そういうと私の顎に指をかけて上を向かせた。これは顎クイ?
ダメ!これはまずい!非常に危険だわ!
あのおじいさんの言葉を思い出す。素性の知れない人。見知らぬ男性!もしかして、この人はお腹の中が真っ黒な狼?
バシーン!
私は両手で、思いっきり超絶イケメンさんの頬をひっぱたいていた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするイケメンさんと、手のひらの痛みに耐える私。
これはどう考えても正当防衛!暴力なんかじゃない!護身術の先生も、きっとそう判定してくれるはず!
「どこのお坊ちゃまか知りませんが、女性にいきなり迫るのはマナー違反です!」
私がそう訴えると、超絶イケメンさんは両頬をさすりながら、オロオロと謝罪を繰り返した。
「すみません。貴方に喜んでもらいたくて」
「いくらイケメンだって、女性に強引に迫って喜ばれると思ったら大間違いです!」
「あ、いえ、そうじゃなくて。あの、女性を喜ばせるには、まず距離を詰めて容姿を褒め、次は口付けをするようにと教わって」
だから、それは何の教え? 女を口説く手順じゃないの! どう考えても、このシチュエーションで、それはおかしいでしょう。
「もういいです。私、急ぎますので失礼します」
「あの、名前を教えてはもらえませんか?後日、改めて謝罪とお礼を」
「結構です!」
どうやって、後日また会うつもりなのか。意味分からない!この人、いいのは顔だけ?鑑賞用の残念イケメンさん!
困惑している残念イケメンさんを残して、私はそこから足早に退散した。彼が追ってこれないように、わざと入り組んだ路地をあちこちの方向に曲がってみる。
正直、自分が自分どこを歩いているかは分からないけれど、とにかく先に進まないと!
それにしても、とんでもない人だった。でも、外見は素敵。髪からは爽やかな香木の香りがしたし、瞳は甘やかで、微笑んだ顔は優しくて誠実そうだった。
いや、いやいやいや。残念イケメンさんは、近づいたり、ましてや触らせたりしちゃダメなあやしい人!
姿は町娘だけど、私は貴族なんだもの。変な人に迫られたけど、撃退できてセーフ!
そんなことを考えていたせいで、私はすっかり上の空だった。そのせいで、あのゴロツキたちが後をつけていることにも、全く気が付かなかったのだった。
『鈍感男爵令嬢クララと運命の恋人 ~ 選ばれし者たちの愛の試練~』の「2. サファイヤの瞳」「3. 奇跡の残念イケメン」と同じイベントが発生しました。
乙女ゲームで言うと、こんな感じでしょうか♪
<残念イケメンさんにキスを迫られています>
1. キスする(アレク・フラグ)
2. 反撃する◀
3. 逃げる
この作品はアレクとカイルのフラグを折って、ローランドのフラグを選択するルート設定となっています。