03. 親友の事情
王都の市場はいつもにぎわっている。国内外から様々な物資が集まり、色々な人間が出入りする。
今日から二週間、僕たちはここで労働に従事する。町民生活に溶け込んで庶民の意見を吸い上げることは、王太子とその側近となる者たちのタスクだ。
でも、本当の目的は市井での情報収集。不穏な動きを見せる北の共和国のことを探るために。
「ローランド、サボるなよ」
僕の姿を見つけたとたん、そいつは野菜がいっぱい入った木箱を押し付けてきた。
「配達だ。ついて来い」
そう言って、酒樽をひょいと肩にかつぐ。バカ力か。さすが騎士を目指すだけあって、普段の鍛え方が違う。でも、それにしたって、それは重過ぎないか?
「おい、一人じゃ無理だろ」
「肉体労働には慣れてる」
こいつが孤児院出身の養子だと、余計な噂が立ったのは少し前だ。特殊なお家事情が暴露され、周囲から浮くことになってしまった。
「慣れの話じゃなくて、単純に重さの問題だ。肩を壊したら、剣が持てなくなるぞ」
「魔法でなんとかなる」
「お前、魔法は使わないって言ってたろ」
僕は近くに置いてあった台車を借りる。こいつが担いでいた酒樽だけじゃなく、他の荷物も全部それに乗せた。このほうが断然効率がいい。
「だいたい、お前の任務は警護じゃないか!なんで労働してんだよ」
黒い騎士服。騎士科の学生は、王太子を秘密裏に警護する訓練中のはずだ。なのに、こいつは何も言わずに、台車に乗り切らない果物の箱を持ち上げた。
答えは聞かなくても分かる。頭ばかりで体力のない奴の肩代わりをしたんだろう。困っている者を放っておけない性質だ。たとえそれが、自分を中傷した者であっても。
「で、殿下はどこだよ」
「パブのカウンター。飲み物を出してる」
「そりゃ、おそろしく似合う仕事だな」
「夜だったらな。昼間は宝の持ち腐れだ」
あやうく吹き出しそうになった。確かに王太子の甘い美貌は、夜の酒よりも人を酔わせる力がある。女がいくらでも酒を買うに違いない。
「お前、相変わらず言うな」
「今更」
僕たちは中等部から一緒だ。無愛想で腹芸一つできないこいつ。そして、中途半端に器用貧乏な僕。互いに飾らないで本音を言える、数少ない友達。
「なあ、魔術師の親戚っているか?今そこで、お前に似たじいさんに会ったんだけど」
「俺に身寄りはない」
「アンダーソンって名乗ったんだよ」
「尚更だ。アンダーソンと血縁関係はない」
そうだった。こいつは故アンダーソン子爵の妻の連れ子。継子の存在を疎んだ義父に、孤児院に預けられていたらしい。
実の父親は不明。殿下がこっそり調査したけれど、結果は芳しいものではなかったとか。本人が望まないのにわざわざ知らせる必要はないと、殿下はその内容を明かさなかった。
もしあれが実の父方の縁者だったとしても、今のこいつには何の価値もない相手だ。
「悪かったよ、変なこと言って」
「別に。こっちこそ、気を使わせて悪いな」
何も言ってないのに、こいつには僕の考えがバレてしまう。それほど、僕らは互いの性格を知り抜いてしまっていた。
「お前さ、騎士科に移ったのって、それが理由じゃないよな?」
昨年度まで、こいつは王太子側近を育成する特別クラスだった。なのに、今年度から急に騎士科に移動した。自分の適性を見据えた将来の選択だと言っていたけれど、まさか出自を気にしたんじゃ……。
「俺に向いてるだろ」
「人と争う仕事がか? 戦時には殺し合いになるんだぞ。一番向いてないだろうが」
「そんなことを言うのは、お前ぐらいだな」
こいつの実父については、勝手な憶測が流れた。凶悪な犯罪者と決めつけて、あからさまに嫌悪を示す者もいた。もちろん、そういう奴らには裏で密かに手を回して、表から消えてもらったけれど。
「理由を言えよ」
「……守りたいものがある」
誰より平和を好むくせに、争いに身を投じようとする。そうまでして守りたいもの? お前がそんなに大切にしてるのって、一体なんなんだよ。
そう問おうとしたとき、突然王宮から連絡が入った。王都の中心にある高級宿泊施設に、殿下を訪ねて急な来客があるという。
僕宛に魔伝が来たということは、殿下に連絡が付かないということだ。意図的に受信を遮断しているのかもしれない。
「貴族宿に客が来てる」
「ああ」
隠しているけれど、こいつの魔力はかなり強い。魔伝なんかは、聞き放題だろう。
「アポなしだ。迷惑なやつもいたもんだな」
「行けよ。俺はこの荷物を置いてから、殿下を探して連れてく」
「頼む」
こういうことも想定して、僕たちはそれなりの準備をしてきている。幸い『貴族宿』はここからそう遠くない。控え室で服を着替えて体裁を整えたところで、宿の支配人が思いつめたような顔をして僕を呼びにきた。どうやら、相手は並みの貴族ではないらしい。
「お客様が、お待ちでございます」
「どなたか分かりますか」
「はい。おそらくは、隣国の末の王女」
「セシル殿下?こんな時期に非公式訪問を……」
隣国のセシル王女は、王太子妃第一候補と目されている。殿下とは幼い頃から交流があるけれど、恋愛感情はないと聞いていた。
「詳しい事情は不明です。ただ、他国からの帰国途中に、ちょっと寄られたという感じでした」
寄り道か。何か政治的な問題が起こったわけではないということだ。隣国は北の共和国と縁戚関係にある。ここで対応を誤れば、国際問題に発展する恐れもある。
鏡で念入りに全身をチェックし、香水をふりかける。失敗は許されない。殿下の側近に相応しい振る舞いをしなければ。外交にひびが入ったら、被害をこうむるのは国民だ。
僕は緊張を隠して、王女のいる部屋を訪ねた。
策略家として有名な隣国の国王。その娘なんて、どれほど高慢な王女かと思っていた。けれど、それは偏見だった。実際に会った彼女の印象は、それとは全く違ったものだった。




