12. 煽るなよ
スカートの中から、ふわりといい匂いがした。一瞬、目の前がクラっとする。いや、今は欲情している場合じゃない。傷を調べる必要がある。
「バカっ!やめて」
クララは足をバタバタさせる。そんなことしたら、下着が見えるだろう。まさか、誘っているのか?こんな密室でそういう迂闊な真似をするなんて、こいつは男を分かってない。
「いいから黙ってろ!」
僕に一蹴されて、さすがのクララも気が付いたらしい。こいつは鈍感で、少し強く言わないと気が付かない。昔からそうなんだ。
母親同士が親友ということもあって、クララは生まれたときからの幼馴染。これだけ長い付き合いだから、僕がこういう言い方をしたときは真剣に話を聞く。
包帯を解くと、患部を覆っていたガーゼを取り除いた。クララの白い足は細っそりとして形がいい。そこにあった痛々しい傷痕は、すっかり消えてしまっている。
「すごい。治ってる!」
クララが感嘆の声を上げた。傷の程度にもよるけれど、ここまで完璧に治せたのは相当の魔力の持ち主だから。この学園では、たぶんカイルと殿下くらいしかいない。
よくを確かめようと、クララの足を目の位置までぐいっと持ち上げた。思ったとおり、傷のあった場所から、カイルの魔力が漂う。女嫌いで有名で、ずっとまともに女といるところを見たことはない。挨拶すら無視するようなやつなのに……。
「ひゃあっ!」
僕が傷痕に口付けると、クララが声を上げた。僕の舌と唇に攻められて、クララの足がビクっと痙攣する。
「あ、あの、それ、なんの真似?」
「あいつが触ったところを、そのままにしておけるか!」
魔力の上乗せなら、手で触るだけでいい。でも、それじゃダメだ。クララの認識のほうを上書きする。この足に触れた男は、カイルじゃなくて僕だということを。
「これは俺の問題なんだ」
クララは僕だけもの。ずっと昔からそう決めていた。だから、本人にもそう自覚してほしいと、素直に気持ちを伝えた。鈍感なクララでも、あそこまでストレートに言えば通じたはず。
怪我があった場所を舐め尽くしてから、僕はそのまま立ち上がった。真っ赤な顔をしたクララを見て、襲ってしまいたい気持ちに駆られる。頼むから、そんなに煽るなよ。
本能の衝動を抑えるため、僕はクララを直視しないよう努力した。こんな状態で我慢できるのは、こいつを大切に思っているからだ。ありがたく思ってくれ!
「あいつの魔法のこと、誰にも言うなよ」
「分かってる。でも、こんなことはやめなよ」
「こんなこと?」
「男女で密室に……」
クララからこんな言葉を聞けるなんて!僕を異性としてちゃんと意識しているんだ。子供だと思っていたけれど、ちゃんとこの先に起こりうることを予想できるのか。
僕たちはいずれ結婚する。今ここで深い関係になったところで、問題はない。ただ、婚期が早まるだけだ。
でも、こんな場所でクララに手を出すのは、ロマンチックの欠片もない。女っていうものは、初めての場所とか雰囲気とかを気にするものだろう。ここでがっついて、一生文句を言われるのはかなわない。
「大丈夫、失敗したことはない。場数だけは踏んでるから」
「場数って。それがダメって言ってるの!」
「気になるのか?」
「当たり前でしょ!」
そりゃそうだ。遊びの関係とはいえ、他の女の影がちらついたらいい気はしないか。クララと関係を進める前に身辺を整理しよう。ここが年貢のおさめどきだ。
「分かったよ。もう止める」
「よかった。約束だからね!」
クララが微笑む。こいつ、どこまで無自覚に煽る気なんだ。小悪魔か。押し倒したい気持ちがこみ上げる。顔がめちゃめちゃ熱い。
「ローランドの真剣な気持ち、私は知れて嬉しかったよ!大丈夫!頑張って」
待ってくれよ。頑張れって、この場合どうしたらいいんだ。女にここまで言わせて、ここで行かないのはまずくないか?いや、やっぱりダメだろ。取り返しがつかなくなる前に、外に出たほうがいい。
僕はクララの両手をとって、そっと立たせた。その手をクララはギュッと握りしめる。こんな純粋な誘いをうけて、このまま帰したらダメだ。これは不可抗力。
「お前、積極的すぎるだろ」
僕は深いため息をついて、クララを自分のほうに引っ張り寄せた。
「え、何?」
クララは駆け引きをする気もないらしく、まったく抵抗する気配も見せない。くっそ、可愛い。僕は思わず、クララを強く抱きしめた。
「約束は守る。お前も今日のことは秘密にしろよ」
僕はクララの頬に片手を添え、そのまま後髪に深く指を差し込んだ。さっきと同じキスを繰り返す。もう一方の手で、クララの腰のあたりを撫でる。
僕に抱きすくめられて、クララは身動き一つ取れない。どんどん深くなるキスに、だんだんとクララの体から力が抜けていく。
刺激が強すぎたのか、クララはそのまま倒れてしまった。これからってところだったのに、ここでギブアップとは初心者らしい。少し残念だけど、慣れていないんだから当たり前の反応だ。その事実が、僕を有頂天にさせる。今までもこれからも、こんなことをクララにできるのは僕だけだ。
僕はクララをそっと抱き上げてから、魔伝でヘザーを呼んだ。