11. ピアノ室の密会
「許婚の怪我が心配だろう。様子を見てきたらどうだ?」
あの翌日、殿下の勧めで僕は急遽学園に戻った。最初は固辞したけど、すでに殿下の命でカイルが行っていると聞いて、変な対抗心が生まれたから。
「私が見舞いたいところだが、立場上、簡単にいかなくてね」
だから、代わりに腹心の部下を派遣した。殿下は本当に、クララのことを心配している。
でも、どうして急に。あれから十年以上、一度もクララと会ったことはないはずなのに。
学園に到着すると、女子寮長が飛んできた。僕の取り巻きが、クララを奥庭に呼び出したと教えてくれる。校内には、他の生徒の足止めを兼ねた見張り役もいるらしい。彼らを巻いて、ようやく僕がクララの元にたどり着くと、すでにカイルが一緒だった。
「クララ! 大丈夫か?」
「え、 大丈夫だけど」
「女子に呼び出しくらったって……」
「ああ、そのこと。カイルのおかげで切り抜けたよ」
「カイルの……」
「偶然、通りかかっただけだ」
カイルは無愛想にそう言った。研修中で学園にいないものが、偶然通りかかるわけがない。殿下の命でここにいることは、クララには言わないつもりか。
「クララが世話になったな。礼を言うよ」
「礼なら、もう本人に言われた。お前が言う必要ない」
「いや、こいつの保護者は俺だから」
僕が守ってやりたかった。たとえカイルでも、クララだけは譲れない。ただ、カイルと気まずくなるのは避けたかった。信頼できる数少ない友達。
徐々に人が庭に出てきた。学園にいないはずの僕たちが、こんなところにいるを見られるのはまずい。僕はクララをベンチから抱き上げた。
「え? ちょっ、何してんの?」
「足が痛いだろう。送ってく」
「いいよ! もう大丈夫だから!」
クララの右足から、カイルの魔力の痕跡を感じる。まさか、カイルが治癒魔法?そんなはずはない。誰が気付くか分からない学園で、そんなリスクはおかせない。
「少しは考えろ。お前の取り巻きが荒れるぞ」
「お前に、関係ないだろ。あいつらには俺から言っておく」
いい機会だ。ファンクラブなんてものは、解散してもらう。クララと婚約すると宣言すれば、ある程度は諦めるだろう。
「遊びはほどほどにしろ」
「余計なお世話だ。もう行けよ」
言われなくても、そんなことは分かってる。多少の時間はかかるけれど、あいつらとは切れないような関係じゃない。
僕に追い払われて、カイルはスタスタと校舎のほうへ歩いていった。
「ローランド!とにかく下ろして。態度悪いよっ」
「お前のせいだろ」
「なんで私のせい?カイルとは友達でしょ?」
「なんで呼び捨てしてんだよ」
「だって、同い年だから」
「それ、あいつから聞いたのか?」
いつの間に、カイルとそんなに仲良くなってんだ。昨日の今日だぞ。そんなことまで話す時間、どこにあったんだよ。
「ちょっと、どこに行くの?」
「ピアノ室」
「なんでピアノ?」
「密室だから」
「え?どういう意味?」
僕はクララを抱きかかえたまま、校舎とは反対方向にあるピアノ室に向かう。
この学園には裏庭の奥に、ピアノを置いた離れがある。練習室は個室で、空いていれば誰でも使用できる。かなりの部屋数があるわりに、ほんの一部の学生にしか利用されないから、いつでも使い放題だ。
僕はその建物のドアを乱暴に開け、一番奥の練習室に入る。クララを椅子におろしてから、ドアに鍵を掛ける。
「何、怒ってるのよ?」
「もう、カイルとは話すなよ」
「なんでそこでカイル?」
「気になるんだ」
「ちょっと、分かるように説明してよ!」
殿下だけじゃなくて、カイルにも要注意だ。こいつは自分のことを分かっていない。その笑顔がどれほど人を惹きつけるか。すでに学園内でも、その美貌が噂になっているくらいなのに。
「俺の勘は、当たるんだ。あいつのことは、俺に任せてくれ」
クララは意味不明とばかりに、首を傾げる。この鈍感!そんなに分からないなら、僕の気持ちをはっきり言ってやる。
「好きなんだ。誰にも取られたくない」
クララの表情が強張って頬が赤くなる。でも、まだ足りない。こういうときには、手っ取り早く気持ちを伝える方法がある。今まで、これで女とうまくいかなかったことはない。
「うん、分かった」
クララの言葉には、嬉しそうな響きがあった。よかった。これで問題はない。座っているクララの顎に指をかけて、僕のほうに顔を向かせた。そして、そのまま唇を奪う。クララの肘が鍵盤に触れて、ジャラーンと音が鳴った。
僕たちはキスをしている。もちろん、舌をつかった大人のキス。お子ちゃまのクララには少し早かったらしく、全力で突き放された。もう一度、ピアノの不協和音が響く。
「やめてよ!何のつもり?」
「牽制。あいつに近づかないように」
「なんでこれが?」
クララは手の甲で、唇をゴシゴシと拭いている。こういうキスの経験がないと分かって、少し安心した。僕は乱れた前髪をかき上げて、そのまま手櫛で整える。
「今度あいつとベタベタしたら、その口をまた塞ぐからな」
小さい頃に、おままごとみたなキスしたことはある。だから、これが初めてというわけじゃない。なのに、心が浮き立った。
「お前、カイルに何された?」
「変な言い方しないでよ。手当してくれただけ」
やっぱり治癒魔法を。魔力を隠しているのに、よりによって膨大な魔力を使用する術を学園内で使ったのか。これが、殿下の指示のはずがない。殿下はカイルに、無理に魔法を使わせたりしない。
嫌な予感は的中するもの。これはカイルの意思だ。
「クララ、足ちょっと見せてみろよ!」
僕はクララの前にしゃがんで、傷を確かめるためにスカートをたくし上げた。
『鈍感男爵令嬢クララと運命の恋人 ~ 選ばれし者たちの愛の試練~』の「7. 道ならぬ恋」と同じイベント発生ですが……




