10. 敬語はナシで(クララの視点)
「ローランドのやつ、学園でも手広くやってるようね」
「でも、そのおかげで、しばらく二人でここ使えるから。許してあげよ」
「しょうがないわ。あれは病気みたいなものだからね」
特別室で、ヘザーは呆れたようなため息をついた。あの宿の常客になっていると知れたら、ローランドの命が危ない。突っ込まれないうちに、話題を変えよう。
「図書館はどうだった?」
「すごいわよ。蔵書数が半端じゃないわ」
「へえ。大きいの?」
「立派よ。建物だけでも一見の価値あるわね」
「王都の名所だもん」
「そうね。『占いの館』にいた東洋の女子学生団体も来てたわよ」
「観光?」
「でしょうね。おかげで本館が激混みだったから、別館の政治学コーナーに直行したの」
ヘザーの夢は新聞記者。だからか、昔からよく難しい本を読んでいた。貴族令嬢に職業婦人の道はないのに、ヘザーは諦めずに勉強を続けている。そういう一本気なところ、尊敬している。
私が怪我の経緯を説明している間、ヘザーはてきぱきと明日の準備をしてくれた。
「迷惑かけてごめんね」
「慣れてる」
「う、そっか。ローランドにも……」
「あいつは気にしなくていいわよ。好きでやってるんだから」
病院まで付き添ってくれて、寮まで馬車で送ってくれた。ローランドの行動は親切だし、すごく感謝もしてる。でも……
「なんか、目立っちゃったよね」
「あれはわざとよ」
「え、なんでそんなことするの?」
新入生女子が上級生男子に抱きかかえられて寮に戻る。それがどんな噂になるか、想像するだけでも気が重くなる。
「……さあね。ま、そっちは私に任せてよ」
ヘザーがそう言うなら、それがいいんだろう。余計な心配をしてもしょうがないし、起こったことは変えられない。前向きで頑張るべき!
私とヘザーは久しぶりに夜が更けるまでおしゃべりして、一緒のベッドで眠った。ヘザーがいてくれて、本当に心強い。大好きな親友だ。
そして、翌日は入学式。問題なく終わって、続くオリエンテーションは校内見学。私は怪我をしているので、中庭のベンチで待たせてもらっていた。
「ちょっとお話があるの」
突然、全く知らないお姉様方に囲まれた。奥の池のそばに連れていかれる。校舎から死角になる場所。これが学園生活の醍醐味『お姉様方からの呼び出し』というもの?
「あなた、ローランド様のなんなの?」
「友人です」
だから、言ったのに!あんなに目立ってしまったら、もうトボケようもない。
「一緒に帰ってきたのは?」
「足を怪我したので、送ってもらったんです」
「怪我?ローランド様を誘惑する嘘じゃなくて?」
「違います。本当に針で縫う傷で……」
お姉様方は私の足をちらっと見る。制服のスカート丈はくるぶしから十センチ上。ギリギリ包帯が隠れる長さだ。
「その傷、見せてちょうだい」
「あの、それは……」
「できないの?やっぱり嘘なのね」
無茶苦茶な言い分だ。いくらなんでも、人前でスカートを捲くったりできない。そんなことをすれば、貴族としての嗜みがないと嘲笑の的になる。
「とにかく、ローランド様に近づかないことね」
お姉様方は私を、ジリジリと池の縁へと追い詰める。肩をぐっと押されて、バランスを崩した。池に落ちる!
せめて、水が冷たくないといい。そう思ったとき、誰かが私の手を引いた。学園男子の制服ブレザー。まさかローランド?
「カイル様!ここで何を?」
違う。昨日の失礼さんだ!そういえば、ここの生徒だっけ。私を後ろにかばうようにして、失礼さんはお姉様方に向き直った。背中からものすごい圧を感じる。お姉様方もタジタジだ。
「じゃあ、クララさん、お大事にね。カイル様もご機嫌よう」
動物の勘で逃げるが勝ちと踏んだらしい。お姉様方は早々と立ち去った。でも、失礼さんは動かない。
「あの、もう大丈夫ですから。ありがとうございました」
失礼さんは急に我に返ったように、私のほうを振り向いた。
「どうかされましたか?」
「いや。素直に感謝されたから驚いただけ……」
昨日もちゃんとお礼言った。なのに、さりげなくけなされた?
「相変わらず失礼ですね。いいから、そこをどいてください!」
失礼さんがすっと離れた瞬間、私の体がグラッと揺れた。両足で立ってるのに、どうして?よく見ると、足がガクガクと震えていた。
「怖かったんだろ。無理するな」
失礼さんの支えで、なんとか近くのベンチにたどり着けた。座る私の前にしゃがんで、失礼さんは右足に目を落とす。
「悪かったな。俺のせいで」
「気にしないでください。おかげで助かりましたし」
「触るぞ」
失礼さんは私の足に手を当てた。スカート越しとはいえ、触っていいって言ってないのに!抗議しようと口を開きかけたとき、足にぽうっと暖かい熱が注ぎ込まれた。
治癒魔法。高度魔法が使える人なんだ。
「痛みは?」
「えーと、ない……かも」
さっきまでズキズキしていた足から、すっかり痛みが引いていた。
「少しだけ、回復を早めた」
「あ……りがとうございます」
「敬語はいいよ」
「え、でも、上級生ですよね?」
「飛び級してるから。年齢は同じ」
ああ、なるほど。あんな魔法使えるんだもの、そりゃ優等生だよね。ローランドの友達だけあって、やっぱりハイスペックだ。
「あ、ありがとう、カイル……様?」
「ぶっ。何でそこでサマ付け?」
失礼さんは、なぜか笑っている。 悪い人じゃなさそう。
「えーと、じゃあ、カイル?」
「ああ、うん。それでいい」
カイルは咳払いしてから、私から目を逸らした。顔が赤くなったように見えたのは、きっと私の気のせいだった。
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