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第四話 白き翼の死霊使い(5)

 その言葉を待っていたように、ハリーがアデプトタイガーを思い切り殴りつけた。それが信じられない音をさせる。そしてそんな殴打を浴びてなお、怒り狂い叫びながら四肢をばたつかせているアデプトタイガーは正真正銘の化け物だ。

 しかし何度目かの殴打で、アデプトタイガーが急にぐったりした。弱ったのだ。それを好機と見たハリーが、機械のつばさをひろげて空へ舞い上がる。が、その瞬間にアデプトタイガーも力強く立ち上がり、ハリーを睨みつけた。

 ハリーが空中で蹴りの構えを取り、アデプトタイガーに向かって急降下を始める。一方、アデプトタイガーは口を大きく開けたかと思うと、その口のなかに光りを含んだ。その光りはみるみる輝きを増し、そして一条の怪光線となって迸る。それにハリーは、真っ向から蹴り込んだ。そして両者は激突し、蹴りで光りを切り裂いたのはハリーだった。彼は錐揉みしながらアデプトタイガーの頭を蹴り、次の瞬間、轟音と爆発が起こった。

 爆風によって大地がめくれあがり、土砂が礫となって周囲にいた勇者たちを襲う。アツシは咄嗟にレナを抱きしめて彼女を庇っていた。

 そしてその爆風がみ、土埃が収まってすべてが明瞭になったとき、爆心地の大穴に機械仕掛けの白い天使が一人静かに佇んでいた。


「アデプトタイガー、は……?」


 勇者の一人がそう云うと、ハリーは黙って自分の足下を指差した。だが、そこにはなにもない。つまりは跡形もなく消え去ってしまったのだ。

 それを全員が理解するには時間が必要だった。だが何秒経ってもあの恐ろしい怪物が復活しないのを見て、誰かが叫ぶ。


「か、勝った! 倒した! マジか!」


 それを皮切りにわっと歓声が起こって、あとはもう興奮の渦だった。アツシはもみくちゃにされながら色々なことを問い糾された。あれはハリーなのか。どういうマイティ・ブレイブなのか。おまえがやったのか――と云った矢継ぎ早の質問に、しかしアツシはなにをどう答えてよいかわからない。そこへ威厳ある男の声がする。


「質問に答えろ、アツシ」

「トロイさん」


 いつの間にかトロイが馬から下りてアツシの前にやってきていた。アツシはほっとしながら、自分のマイティ・ブレイブについてわかったことのすべてをトロイに話した。話を聞いたトロイは、自分の顎に指をあてたまましばらく沈黙していたが、やっと口を開いた。


「記録にある限り、Sランクのモンスターを倒したことはない。あのレベルのモンスターを倒せたということは、我々の可能性が広がることを意味している。これほどの戦闘力を持つ者を召喚し、使役するとはな。死者が転生した天使か……」


 トロイはそこで言葉を切ると、ハリーを振り仰いで云う。


「アツシ、ハリーと話せるか?」


 ハリーは先ほどから大穴の真上に浮かんで佇んだままだ。


「ハリーさん、こっちへ」


 アツシがためしにそう呼びかけてみると、ハリーは空中をすべるように動いて、アツシたちのところまでやってきた。


「この樽のような腹は間違いなくハリーだぜ」と、ジュリアン。

「ハリー、なんとか云ってみろ」


 トロイの言葉に、しかしハリーは答えない。なんの反応も示さない。


「見たところ、顔らしきものはあるが口がないな。発声器官がないのか?」

「ハリーさん?」


 ――聞こえてるよ。でもトロイさんの云う通り、僕はどうやら君の心にしか話しかけられないみたいだ。


 アツシはそれをそのままトロイに通訳したあと、ハリーを見て眉をひそめた。


「ハリーさん……死んで天使になって生まれ変わってきたのも、それをやったのが俺のマイティ・ブレイブだって云うのもわかったんですけど、これからどうするんです?」


 ――さあ、それは僕が聞きたいことなんだ。僕は君のマイティ・ブレイブによってこの場に召喚されている。でも本当は死んだはずなんだ。果たしていつまで地上に留まっていられるんだろう? そして一回あの世へ送り返されたら、もう戻ってはこられないんだろうか?


 アツシがそれを訳して聞かせると、先ほどの土砂を浴びて砂混じりになった髪に手櫛を入れていたジュリアンが云った。


「その辺りは検証が必要だな。マイティ・ブレイブは勇者の命綱だ。だからマイティ・ブレイブに覚醒した勇者は、まず自分のマイティ・ブレイブについてあらゆる角度から検証することが急務となる」

「ジュリアンの云う通りだ。アツシ、おまえのマイティ・ブレイブは、どうやら死者の魂を媒介とする。この強力な天使の召喚には、人間の死が前提となるわけだ。血を欲する俺のマイティ・ブレイブ以上に業の深いマイティ・ブレイブだな」


 トロイの声の調子は責めるでもなく同情するでもなく、ただ平坦だった。一方アツシは、自分のマイティ・ブレイブの呪わしさを改めて痛感していた。


 ――そうだよ。今後、俺のマイティ・ブレイブを戦術に組み込んで使うってことは、誰かに死んでくれって云うようなものだ。こんなマイティ・ブレイブ、どうすればいい?


 愕然としたアツシの表情を読んだか、トロイが云う。


「自分のマイティ・ブレイブとの付き合い方を考えるのもいいが、それ以上に重要なのは検証だ。おまえは自分のマイティ・ブレイブの発動条件や効果をあらゆる角度から徹底的に確かめねばならん」

「た、確かめると云っても……」

「王都に戻り次第、自然死した人間を使って実験する。老衰や病気で死ぬ人間は毎日一定数いるから、彼らに事情を話して協力してもらおう」

「いや、協力って……」


 人間を実験動物かなにかのように云うトロイの物云いに、アツシは軽く仰のいた。ジュリアンも顔をしかめている。だがトロイは淡々としたものだった。


「殺すわけではない。放っておいても死ぬ人間に、最後に協力を求めるだけだ。なにか問題があるのか?」

「い、いや、理屈はわかりますけど……」


 理屈はわかるが、感情が納得しない。おもえばレナの心臓を使う使わないで揉めたときもそうだった。トロイの言葉は正しいが、心には響かない。


 ――この人もしかして、人の心がわからないんじゃないのか。それとも俺の方が子供なのか? 俺がわがままなだけなのか?


 アツシがそこまで思ったところで、トロイが冷たく云う。


「ならばいいだろう。検証の内容は、誰が天使として召喚できて誰が召喚できないのか。天使の力量に個体差はあるのか、あるとしたらその差はなんによって生ずるのか。死んでからどれだけの時間内なら天使として召喚できるのか、どれだけ経ったら天使として召喚できなくなるのか。死体との距離は? そもそも魂を媒体にするのに死体は必要なのか?

 死体が必要でないとしたら魂との繋がりはなにによって生ずるのか。一度召喚した天使が現世に留まっていられる時間は? 同時に何体の天使を召喚できるのか? 天使はどこまでおまえの命令に従い、場合によっては叛逆できるのか。召喚した存在を元の世界に返した場合に再度召喚できるのか……などなどだ」

「そんな――」


 死者の冥福をなんとも思わぬ提案の数々に、アツシは恐れをなして一歩退こうとしたが、トロイが腕を伸ばしてアツシの肩を掴んできた。


「アツシ。おまえのマイティ・ブレイブは非常に有用だ。大袈裟に云うと歴史を変える可能性を持っている。そういうマイティ・ブレイブに目醒めてしまった以上、周りが逃がさない。おまえはこの仕事に取り組まねばならん。それが勇者の義務だ」


 なるほど、それはそうだ。トロイの云うことは正しい。だが心情的に反発を覚えたアツシは、その義務とやらを逆手に取ることにした。


「わかりましたよ。じゃあ早速一つ検証してみましょうか」


 アツシはそう云うとハリーを振り仰いだ。


「ハリーさん、成仏したいですか?」


 ――成仏? 神に召されるってこと? そうだなあ、どっちかって云うと死にたくないけど、でも僕ってもう死んでるんだっけ。じゃあしょうがないな、ハハハ!


「……笑ってないで真面目に答えてくださいよ」


 ――うーん、正直云うと一度自由にしてほしいかな。だってこの姿だと美味しいものとか食べられそうにないし、それだと生きる喜びがないんだよね。君の召使いとしてこの世に留まるっていうのもなんか人間的じゃないって思うし。それにそもそも君は僕をあの世へちゃんと導けるのかな? 一回、僕で実験してみた方がいいんじゃない? いつまでこの状態が続くのかわからないし、やるなら今のうちだよ。


「じゃあ、帰っていいですよ」


 アツシは笑いながらそう云った。ハリーがあんまりにも気楽だから、つい自分も気楽にそう云ってしまったのだ。

 すると次の瞬間、天上から一条の光りが差してきて、ハリーはその光りに吸い込まれるように空へ昇っていってしまった。あっと云う間の出来事だった。


 ――グッバーイ!


 そんな声を最後に、ハリーと云う機械仕掛けの戦闘天使は消えてしまった。それを誰もがぽかんと口を開けて見ていたが、一番に我に返ったトロイがアツシに食ってかかった。


「おい、なにをした?」

「えっと、なんか自由になりたいみたいだったので、そうしてあげました」

「あの世へ返したのか?」

「はい。これで検証が一つ終わりましたね。召喚した天使は俺の意思であの世へ導くことができる」


 それはアツシにとっては前進だった。死んだ人間を永遠に束縛するようなマイティ・ブレイブではないのだ。友を一人失ったことは寂しいが、これが自然なことなのだ。

 トロイはふうとため息をつくとアツシを見て云った。


「再召喚はできるか?」

「えっと……」

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