第四話 白き翼の死霊使い(4)
インフィニット・ブレイド。赤い光りを放つ伸縮自在のオーラによる剣の構築が、ジュリアンのマイティ・ブレイブだ。射程と威力は本人の精神力次第で、理論上は無限、実際の有効射程は三〇〇メートルといったところらしい。それをジュリアンは手元の剣に重ね合わせて発動していた。実体剣がなくとも発動できるが、剣を握る手応えがほしいのと、相手に斬りつける際の物差しとするために、彼は手元の剣にマイティ・ブレイブを融合させていた。
云うまでもないが、非常に強力なマイティ・ブレイブだ。完全な戦闘向きで射程が伸縮自在ということから、戦いにおいて重要な間合いを制することができる。このマイティ・ブレイブに覚醒したおかげで、ジュリアンは既に壁外遠征チームの若きエースになっていた。
「おらっ!」
ジュリアンのインフィニット・ブレイドがアデプトタイガーの巨大な頭を一撃した。が、無傷である。
「硬え!」
ジュリアンが顔をしかめた。アツシはジュリアンのインフィニット・ブレイドが多くのモンスターを膾斬りにするのを見てきたから、ジュリアンの剣が脆弱ではないことを知っている。つまりアデプトタイガーが硬すぎるのだ。きっと攻撃されたとも思わなかったのだろう、アデプトタイガーはジュリアンを無視するとアツシを見た。アツシもアデプトタイガーを見ていたから目が合った。恐怖の一瞬のあと、アデプトタイガーが地を蹴った。
――え、なんで。
電光石火に飛びかかってくるアデプトタイガーの動きが、アツシにはやけにゆっくりに見える。まるで慈悲ある何者かが死ぬ前に生涯を振り返る時間を与えてくれているかのようだが、アツシはただただ自分の不幸を呪い、後悔に溺れていた。
――なんで俺のときなんだ。今まで色んな勇者がマイティ・ブレイブに覚醒するために壁の外に出てただろ。なのにどうして、俺のときなんだ。どうして、他にもいっぱいいる人間のなかから、俺を狙うんだ。なんで、どうして、よりによって、俺なんだよおっ!
アツシが絶望的な気持ちで胸裡に理不尽を叫んだそのときだ。
「アツシ様!」
レナが両手を展げてアツシの前に立った。その光景に、アツシはただ恐怖する。
――馬鹿! なにやってるんだ、逃げろ!
そんな気持ちを言葉にするだけの時間もない、アデプトタイガーが爪を振り下ろしてくるまでの刹那の時間にアツシは思った。自分はレナの体が、さっきのハリーのように無残に切り裂かれるところを目の当たりにすることになる。しかもそれは無駄死になのだ。レナが我が身を盾にしてアツシを庇ったところでなんになるだろう。アツシの死が一秒延びるだけだ。そんなことためにレナが死ぬ。死んでしまう。
「そんなの――」
胸の奥から、腹の底から、爆発的に湧き起こるものがあった。その溢れる力を感じながら、アツシはレナに手を伸ばして叫ぶ。
「そんなの駄目だ!」
そのときレナに向かって伸ばしたアツシの手の先で光りが生じ、その光りは小日輪となってアデプトタイガーの鼻先で炸裂した。あまりに眩しかったせいなのか、アデプトタイガーは「ぎゃうっ」と一声叫ぶと、体をねじりながらしかし着地に失敗し、レナの数メートル先でどうと倒れたのだ。
そのとき、やっと後ろから勇者たちが駆けつけてきてくれた。蹄を鳴らして躍り込んできたトロイが、目を瞠りながら叫ぶ。
「マイティ・ブレイブに目醒めたのか、アツシ!」
――マイティ・ブレイブ? これが俺のマイティ・ブレイブ? でも俺のマイティ・ブレイブは召喚系のはずだ。あんな光りの玉みたいなのを出すはずが……いや、違う!
「あれは!」
勇者の誰かが叫んだ。
アデプトタイガーは素早く身を起こそうともがいているが、そのアデプトタイガーの首根っこを両手で捕まえて押さえ込んでいる、異形の影があるのだ。
その異形は光りのなかから現れた。特撮ヒーローのような白いメタルプロテクターに身を包んでおり、背中に機械の翼を背負っている、ただし体つきは全体的に丸っこい。
「なんだよ、あれ?」
そう云ったアツシに、ジュリアンが呆れたように怒鳴る。
「てめえが召喚したんだろ! だがありゃあ、なんだ? 翼があるから天使か?」
「天使? あれが? いや、でも云われてみれば……」
アツシは目を丸くした。白いプロテクターに機械の翼を背負ったその姿は、機械仕掛けの天使と云えるかもしれない。
「でも、なんであんなにデブなんだろう……?」
「知るか。なんかさっき死んだハリーみたいな体型してるが、そんなことはどうでもいい。あれがおまえの召喚したものなら、おまえはあれを使役できるはずなんだ。やれるか?」
その言葉にアツシは即答できなかった。そんなアツシを睨んでジュリアンが云う。
「あのファットな天使、信じられんが力はSランクモンスターと互角らしい」
そう、機械仕掛けの白い天使は立ち上がろうと藻掻くアデプトタイガーを押さえ込んでいるのだ。その天使を親指で示しながらジュリアンはなおも云う。
「あれを支配できれば奴を倒せるかもしれん。出来るか?」
重ねて問われたとき、レナがアツシの方へふらつく足取りでやってきた。
「アツシ様……」
そんなレナの声を聞いたとき、アツシは心の一本の芯が通るのを感覚した。
「やってやる!」
それからアツシは天使を睨みつけると、声と心の両方で呼びかけた。
「おい、天使! 俺の声がわかるか! わかるならなんとか云ってみろ!」
答えがあると期待していたわけではなかったが、いきなり頭のなかに声がする。
――わかるよ、アツシ。
テレパシーのようなその声を聞いて、アツシは倒れそうなほど驚いた。聞き覚えのある声だった。
「えっ……」
「アツシ様?」
そう自分を心配そうに見るレナの顔も、このときばかりは目に入らない。アツシはアデプトタイガーを押さえ込もうと奮闘する天使の姿に釘付けだった。
「ハリー、さん? ハリーさんなのか?」
――そうだ、アツシ。僕だ。僕は死んだ。だが君が僕をこの姿に生まれ変わらせた! 勇者のマイティ・ブレイブには無条件で発動できるものもあれば、発動に代償や条件が必要なものもある。君のマイティ・ブレイブは天使の召喚、そのために必要な代償は人間の魂だ! つまり君は死んだ人間をあの世から戦闘天使として召喚する! ある意味では、死霊使いなんだ!
その言葉は稲妻となってアツシの心を照らし、引き裂き、鳴動させた。そしてこの力をどう使えばいいのかわからないでいるところへ、ハリーがなおも云うのだ。
――さあ、アツシ、命令をくれ。今はレナを守れという君の無意識の命令が僕を動かしているけど、この先は君の命令がなければ戦えない。
「命令……」
――倒すんだ、こいつを。
ハリーは今まさに自分がねじ伏せているアデプトタイガーを見ながら、心の声でそう云った。アツシは軽く動揺した。相手はSランクモンスターだ。SランクどころかBランクでさえ撤退するのが勇者の常識である。それをハリーは倒すと云う。
――出来るのか、そんなことが。
アツシがそう可能性を疑ったとき、心に昔聞いた老女の言葉が落ちてきた。
――いい予言が当たったとしたら、それは私たちが努め励んでその予言をつかみ取ることができたから。逆に外れたとしたら、それは私たちが過ちを犯してその未来を掴むことが出来なかったから。それが予言というものに対する向き合い方なのです。
もう長いこと忘れていたその言葉を急に思い出したそのとき、アツシは運命を掴もうとするかのように右手を握りしめ、それをハリーに向かって突き出しながら叫ぶ。
「ぶっちめろ!」




