魔族の貴公子、日本の朝ごはんに胃袋を掴まれる。そして始まる異世界ドタバタ同居生活!
魔族の貴公子、日本の朝ごはんに胃袋を掴まれる。そして始まる異世界ドタバタ同居生活!
小鳥のさえずりと、窓の隙間から差し込む柔らかな朝日。
アバロン魔皇国の貴公子たるルーベンスは、ゆっくりと重い瞼を開けた。
「……見慣れぬ天井だな」
寝ぼけた頭で呟き、彼はゆっくりと体を起こした。
その瞬間、ルーベンスは自らの身体に起きている『異変』に気づき、ハッと息を呑んだ。
「な、なんだこれは……! 体が……羽のように軽いだと!?」
激戦で完全に底を突いていたはずの魔力が、体の隅々に至るまで満ち溢れている。
それだけではない。野営や安宿の硬いベッドで寝た翌朝につきものの、腰の痛みや首の凝りが一切ないのだ。
ルーベンスは、自分が昨晩倒れ込んだ『マットレス』と『羽毛布団』を震える手で見つめた。
「一晩、ただ眠っただけで、これほどまでに完璧な超回復を遂げるとは……。この『寝具』、まさか伝説のエリクサーでも練り込まれているのか……?」
魔族の常識を覆す現代の睡眠環境の暴力に、彼は再び戦慄を覚えた。
と、その時。
——トントン、ジューッ。
——コトコトコト……。
部屋の外から、リズミカルな包丁の音と、何かを焼く香ばしい匂い、そして心が落ち着くような温かい香りが漂ってきた。
「む……? なんだ、この暴力的に食欲をそそる匂いは……」
『至福の寝心地』から抜け出すのは名残惜しかったが、空腹を刺激されたルーベンスはベッドから這い出し、匂いにつられるようにしてリビングへのドアを開けた。
「おっ、おはようルーベンス。ちょうどいいところで起きたな」
対面式のシステムキッチンに立っていたのは、エプロン姿の加藤真守だった。
その隣では、フィリアが器用に菜箸を使って小鉢に盛り付けをしており、ポンコツ天使のエルミナはお盆を持ってウロウロと配膳の手伝い(邪魔?)をしている。
「おはようございます、ルーベンスさん! 今、朝ごはんができたところですよ!」
フィリアが満面の笑顔で振り返る。
「貴様ら……朝から騒がしいな。それに、この匂いはなんだ。魔皇国の宮廷料理人でも、これほど複雑で芳醇な香りは出せんぞ」
「宮廷料理なんて大層なもんじゃない。ただの日本の『朝定食』さ。顔を洗ってきたら、そこのダイニングテーブルに座ってくれ」
言われるがままに洗面所で顔を洗ったルーベンスが席に着くと、目の前には彼がこれまでの人生で見たこともない料理が並べられた。
真っ白でツヤツヤと輝く穀物(白米)。
湯気を立てる、茶色く濁った不思議なスープ(味噌汁)。
皮に絶妙な焦げ目がつき、大根おろしが添えられた魚の塩焼き。
そして、新鮮な生野菜のサラダだ。
「さぁ、冷めないうちに食べてくれ。いただきます」
マモルが手を合わせると、フィリアとエルミナも「いただきます!」と元気に声を揃えた。
ルーベンスは恐る恐る、割り箸(マモルが木を削って用意した簡単なもの)を手に取った。
まずは、茶色いスープに口をつける。
ポポロ村特産の『月見大根』と、日本から持ち込んだインスタントの『出汁入り味噌』を合わせた、シンプルな大根の味噌汁だ。
ズズッ。
「…………ッ!!」
ルーベンスの赤い瞳が、カッと限界まで見開かれた。
「な、なんだこれは……! 口に入れた瞬間、大豆の深いコクと、得体の知れない強烈な『旨味』が押し寄せてくる! それでいて、この丸い野菜(大根)がスープをたっぷりと吸い込み、噛むほどに優しい甘みが……っ!」
「それは『お味噌汁』っていうんだ。二日酔いや疲れた体に染みるだろ?」
マモルが笑いながら白米をかきこむ。
ルーベンスは震える箸先を、今度は魚の塩焼きへと向けた。
ポポロ村の川で獲れた凶暴な魚型魔獣『ピラダイ』を、マモルが丁寧に下処理し、IHのグリル機能で外はパリッと、中はふっくらと焼き上げたものだ。
パリッ、フワァ……。
「う、美味い……! 魚の臭みが一切なく、閉じ込められた上質な脂が口の中で溶ける! しかも、横に添えられたこの白い雪のようなすりおろし(大根おろし)と一緒に食べると、脂っこさが中和され、無限に食べられてしまうではないか!」
さらにルーベンスは、マモルが『魔導炊飯器(ただのIH炊飯器)』で炊き上げた白米(精製された米麦草)を口に運んだ。
「この穀物……信じられん。一粒一粒が立っており、噛むほどに甘い。これが、マモルの故郷の飯だと……!?」
魔族は快楽主義者が多く、美食を好む。アバロン魔皇国の軍隊食ですら高級レストラン並みの味を追求しているほどだ。
だが、ルーベンスの目の前にあるのは、異世界の贅を尽くした料理ではなく、ただの素朴な『日本の朝ごはん』。
計算し尽くされた味の調和と、現代の調理家電が生み出す完璧な火加減の前に、魔皇国の美食家は完全に胃袋を掌握されてしまったのだ。
「ふふふっ、美味しいでしょう! マモル様のご飯は天界の神酒よりも素晴らしいのですぅ!」
エルミナが、自分の手柄のように胸を張ってご飯をおかわりしている。
「くっ……悔しいが、認めざるを得ん。至福の寝心地に続き、この極上の食事。マモル……貴様、本当にただの人間なのか……?」
ルーベンスは箸を止めることなく、あっという間に白米を平らげ、無意識のうちに「おかわり」と茶碗を差し出していたのだった。
***
朝食後。
完全にマイホームの虜となったルーベンスの行動は、魔族の貴公子らしく(?)電光石火の如く素早かった。
彼はすぐさまポポロ村の村長、ラミラスの元へと向かった。
「——ラミラス村長。昨日のサイクロプス襲撃の件だが、この村の防衛力にはいささか不安が残る」
「は、はい。ルーベンス殿の加勢がなければ、危ないところでした」
冷や汗を流すラミラスに対し、ルーベンスは尊大な態度で腕を組んだ。
「そこでだ。アバロン魔皇国とポポロ村の『異文化交流推進』および『防衛協力』のモデルケースとして、私の部下たちを自警団の駐屯地に滞在させることにした。彼らには魔族の戦闘技術を伝授させよう。もちろん、彼らの滞在費や食費は、彼ら自身に森で魔物を狩らせて稼がせるゆえ、村に負担はかけん」
「なっ……! ま、魔皇国軍の精鋭が、我が村の自警団に加わってくださると!? そ、それは大変ありがたいお話ですが……!」
ラミラスは信じられない申し出に歓喜した。
だが、ルーベンスに付き従っていた部下たちは、信じられないものを見る目で彼を見つめていた。
「る、ルーベンス様!? 我々にこの村の自警団に入れと!? いえ、それは構いませんが……テントでの野営生活になりますぞ?」
「あぁ、問題ない」
ルーベンスは部下たちに向けて、薄く、しかし絶対に逆らえない冷酷な笑みを浮かべた。
「お前たちは村の外れでテント生活をして、大いに防衛に貢献してくれ。本国の魔王ラスティア様……いや、あのババアには、『ルーベンスは緩衝地帯で重要な外交任務に就いている』とうまく伝えておけ」
「ハッ! し、しかし、ルーベンス様ご自身はどうされるのですか?」
部下の問いに対し、ルーベンスはわざとらしく咳払いをした。
「私か? 私は……この村の中心にある、マモルという男の家を監視拠点とする。あの家には、魔皇国をも脅かしかねない『未知の超魔導アーティファクト(家電)』が隠されているからな。私が直接、あのフカフカのベッドと……ゲフン。あの家に潜入し、全容を解明せねばならんのだ」
「(……絶対、あの超快適な家に入り浸りたいだけだろ)」
部下たちは全員、内心で激しくツッコミを入れたが、恐ろしい上官の命令に逆らえるはずもなく、「は、ははぁっ!」と敬礼して去っていくしかなかった。
こうして、ルーベンスは職権乱用と屁理屈を駆使し、見事にマモルの家への長期滞在(居候)の権利を勝ち取ったのである。
***
その日の夜。
カモフラージュされたマイホームの2階、広々としたバルコニーテラスには、涼しい夜風が吹き込んでいた。
満月がポポロ村を明るく照らし出している。
テラスに置かれたガーデンテーブルの上には、氷を浮かべたグラスと、ポポロ村特産の極上芋焼酎『イモッカ』のボトルが置かれていた。
「——それじゃあ、村の平和と、俺たちの新しい日々に」
マモルがグラスを掲げた。
「カンパ~イっ!」
フィリアとエルミナが、満面の笑顔でグラス(彼女たちは陽薬草のお茶とオレンジジュースだ)を打ち合わせる。
「……フン。人間と天使とグラスを交わす日が来るとはな。悪くない夜だ」
ルーベンスも、ロックグラスを傾けながら、片手で高級葉巻『ポポロシガー』をふかしている。月明かりに照らされた銀髪の魔族が、現代のバルコニーで葉巻をくゆらせる姿は、妙に絵になっていた。
「ルーベンスさんも、今日からよろしくね! 朝ごはんは私が作るから、楽しみにしててね!」
「小娘の料理など期待していないが……マモルの教えを受けたのなら、まぁ食ってやらんこともない」
「だからフィリアですー! もう、素直じゃないんだから!」
フィリアが頬を膨らませて怒り、ルーベンスが鼻で笑う。
その横では、エルミナがポテトチップスの袋を開けて「はわわ! この薄いお芋の揚げ物、塩気が効いてて止まりませんぅ!」とサクサク音を立てていた。
「お前ら、あんまり騒ぎすぎるなよ。近所迷惑になるからな」
マモルは苦笑いしながら、イモッカのロックを喉に流し込んだ。
芋の甘みとガツンとくるアルコールが、心地よく五臓六腑に染み渡っていく。
(……一時はどうなることかと思ったけどな)
結婚を前提に購入した、35年ローンの新築5LDK。
一人きりで絶望の底にいた俺の人生は、トラックに跳ねられ、異世界に転生したことで劇的に変わった。
純情で心優しい弓使いの少女。
鳩の餌を食べていたポンコツ聖騎士の天使。
そして、布団と朝ごはんに胃袋を掴まれた魔族の貴公子。
一人で住むには広すぎたこの家は、今や種族の垣根を超えた、賑やかで愉快な仲間たちの『居場所』となっている。
「(35年ローンも悪くない。いや……異世界転生、最高じゃないか)」
マモルは月を見上げながら、そっと口元をほころばせた。
現代のインフラと家電がもたらす圧倒的な快適さ。
そして、ちょっとワケありな異世界人たちと織りなす、ドタバタで温かいマイホーム生活。
加藤真守の『最強の異世界スローライフ』は、まだ始まったばかりである——!
(第一章・ポポロ村とマイホーム編 完)
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
「日本の朝定食に胃袋を掴まれるルーベンス様、完全にチョロいw」
「部下を外のテントに追いやって自分は豪邸暮らしを満喫する魔族の鑑!」
「マモル先生、ついに種族バラバラの楽しい同居生活スタートですね!」
と、ここまで読んで少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、
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皆様の『評価ポイント』と『ブックマーク』が、マモルの家の光熱費を支え、次章の執筆を爆速にする最大のエネルギーになります。
どうか、この愉快な異世界同居生活を、応援よろしくお願いいたします!
次章でもお会いしましょう!




