破れ鍋に綴じ蓋
「【ヒール】!」
ひつじの詠唱とともに、星のエフェクトが広がり、こんどーとユースケの傷が癒えた。
「サンキュー、メェさん」
「ありがとうございます!」
「は〜い」
その間もこんどーとユースケは、ピエロから目を離さない。再び武器を構え直す。
「ユズ!」
「はい!【戦術共有】!」
こんどーの激にユズがスキルを発動すると、ユズから半径5mの範囲に淡い光の円が現れた。
戦術共有は、ハロウィンイベントの個別報酬で得たスキルだ。円の範囲内に居れば、スキルによる敵の行動予測ができる。だが、ユズとピエロの間には距離があり、その円は届かない。
「もっと近づかないとダメです!」
「俺たちが気を引く。その隙に行け」
「はい!」
こんどーが地面に向かって斧を振り下ろした。
「【ヘヴィープレス】!」
ボコボコと亀裂が走り、地面が跳ね上がる。地下から押し出されるように地面が隆起し、礫が敵に当たる。
――HPは変化しない。
「【ウィンドシャワー】!」
ドドドドッ
矢の雨が降り、着弾する。少し遅れて、ピエロのHPがわずかに削れた。
「やっぱり……!」
ユズが全体を見回す。
「……攻撃は当たってる。でも、“結果”が遅れてる……」
「なら――」
こんどーが、口角を上げる。
「合わせりゃいいってことだな」
「――はい」
ユズが思考を巡らす。まずはパターンと周期の把握。それから、一番大事なのは――誤差の秒数。
「こんどーさんとドルさんは範囲攻撃を繰り返してください!」
「おう」
「任せろ!」
「メェさんはいつも通りに!ユースケくんとココアさんは、メェさんのカバー!」
「は〜い」
「はい!」
「わかりました」
こんどーとドルが、交互に範囲攻撃を繰り返す。その間に、ユズがピエロの死角に入り込む。
――半径5m。
戦術共有の効果範囲に入った。
近い。
ユズの心臓が緊張で跳ねる。ユズの目には、ピエロがコマ送りのように次の攻撃を仕掛けるのが見えた。
「……ココアさん!次そっちに行きます!」
「はい!」
宣言通り、ココアに向かって攻撃が飛ぶ。ココアは攻撃を去なすが、やはり遅れてダメージを負う。
「くっ……!」
「ココちゃん!」
「【ヒール】!」
「ありがとうございます……!」
ココアのHPはかなり削られたが、ひつじの魔法により回復される。ひつじは、いつも以上に魔法の使用を強いられるため、自分のHP管理と仲間のHP管理に追われているようだ。戦況を見守っていたユズが叫ぶ。
「ドルさん、後ろ!!」
「ああ?!」
――ヒュンッ
分離した手が、ドルの死角から攻撃を繰り出していた。咄嗟のことで動けないでいるドル。あわや直撃すると思われた、その瞬間。
【ピッ!】
ドルの頭の上で、戦況を見ていた東山が庇うように前に出た。
「アホ!」
ドルは手を伸ばすが、東山はするりとすり抜けた。東山に攻撃が直撃した。
――その瞬間。
東山の頭に被せられた、王冠が光った。
ドッ
数秒後、敵の腕が仰け反った。少しだがHPも削れているようだ。東山のハロウィンの王冠による、自動カウンターが発動していた。
「ユズ!」
「はい!……見えてる攻撃と、実際の判定が半拍ずつズレてる。往復できっかり3秒。だから、こっちが合わせるのは1.5秒……!」
「で、でも、カウンターした時の手応えはありましたよ?」
「避けた先でも攻撃が来るのもおかしいわよね」
「幻術か何か、スキルを合わせてやがるな」
「最悪の後出しジャンケンっちゅーわけやな」
さらにピエロの攻撃は続く。ピエロの投げた岩がドルのすぐ隣を通り抜けた。
「くっ……!なんかパターンは無いんか?!」
「胴体はスピン!右手の横薙ぎの次は左手での投擲です!最後に砂のブレスが刃に変わる!!ランダムで来る両足の踏みつけに注意してください!」
「面倒だな……」
「……全員、1.5秒遅らせてください!」
「えっ、どうやって……」
困惑するユースケの横から、こんどーが声をかける。
「先に動くな。見てから、遅れて動け」
さらに戸惑うユースケとココア。言わんとしていることは、なんとなく分かるが、それを正確に理解し実行に移すことは出来ない。そんな二人を見て、こんどーは斧を構え直す。
「つまり、こうだ」
こんどーが一歩前に出て、攻撃が来るのを待つ。
――ビュンッ
右手の横薙ぎだ。見える。攻撃の軌道が、はっきりと。こんどーは、動かない。
一拍。
もう一拍。
敵の右手が、こんどーに当たる。
「――今」
斧を振り抜いた。
ガギィンッ
確かにこんどーに触れていたはずの右手が、少し遅れて仰け反った。さらにHPが小さく削れている。今度は、手応えと結果が一致した。
「ビンゴだ」
ココアがこんどーを信じられないものを見る目で見つめる。
「攻撃が当たってから動くなんて……。正気の沙汰じゃないわ……。少しでもズレたら、終わるわよ……」
「絶対無理だよ……」
「それが、ここの難易度の答えやろな」
淡々と答えるドル。その目線は未だカウンターをキメ続けているこんどーへと向いていた。ユースケは、ちらりと戦場を見る。そこには、最善を尽くし指示を出し続けているユズと、恐れを知らぬ戦い方をしているこんどーが居た。
ユースケは、震える手で槍をギュッと握りしめた。
「……やるしか、ないんだよね」
「ユースケ……?」
「……怖いけど、僕やってみるよ」
そう言うと、ユースケが一歩前に出て、攻撃を待った。
――ヒュンッ
砂の刃が飛んでくる。ユースケの目の前に迫るが、まだ動かない。緊張でユースケの肩が上がっている。
一拍。
また一拍。
恐怖で目を閉じそうになるのを、必死に留める。
「――今!」
槍を振り抜いた。
カキィンッ
刃を押し返した。ズレていたはずの時間が、ぴたりと重なる。
「あ、当たった……!」
「ナイスや、ユースケ!」
「ナイスです〜」
歓喜に沸くパーティメンバー。ユースケは戸惑いながらも、嬉しそうに頬を緩めている。
「……」
ココアは自分のグローブを見つめる。ユースケを守るために一緒にいるはずなのに、まるで自分は役に立たない。一人で歩いていくユースケを、ただ見つめるしか無かった。
「ココア」
ココアの後ろから、ドルが声をかける。
「……はい」
「落ち込んどる暇は無いで。近接職の出番はこれからや」
「え……」
「ギミックがわかれば、こっちのもんや」
そう言うと、ドルは弓を引いた。
「とっておきの矢や。【チェインアロー】!」
――シュッ
敵の動きを予測して、1.5秒ずらして放たれた矢が、浮かんでいた胴体を貫いた。胴体を貫いた矢は、壁につきささり、透明な鎖が胴体と矢を繋ぐ。胴体はうぞうぞと藻掻くが、縫い付けられたかのように、その場から離れられない。
「今や!一気に削れ!!」
「っはい!」
ココアが、胴体の傍まで走り寄る。絶対に外さない距離。1.5秒のラグさえ関係ない。ど真ん中。
「【フレアパンチ】!!」
炎を纏った拳が胴体を殴りつける。縫い付けられた壁に亀裂が走る。
【ウォォォォ】
数拍遅れてピエロの絶叫が響いた。初めてピエロの口から声が漏れた。HPはほとんど削れていない。しかし、生存本能を震わすような攻撃だったようだ。
ピエロの胴体からは、砂がこぼれ落ちていく。
「そのまま続けてください!リズムを崩さないで!!」
ユズの声に全員が応える。ズレていた時間が噛み合い、攻撃と結果が完全に一致する。
「右腕、消えました〜」
「早ないか?!」
「さすがポコちゃん……!」
「さすポコ……」
さらに別の場所で声が上がる。
「左脚、やったぞ」
「やりました!」
余裕の笑みを浮かべるこんどーの横で、ユースケが槍を掲げている。他の部位も順調に破壊されていく。破壊する毎に敵のHPが大きく削られていく。
「っみんな早い……!」
ココアは一人、胴体を相手取ったままだ。MP切れを起こすまで殴り続けているというのに、胴体が消える様子はない。胴体から落ちた砂は、時間経過とともに元に戻ろうとする。まるで賽の河原での石積みのような時間に、ココアの顔が歪む。
「焦んな、よぉ見てみぃ!部位ごとにコアがあるはずや!」
ドルの声にココアが顔を上げると、視野が広がる。確かにあった。
――淡く光る、赤いコア。
「っ……ここっ……!」
バリィンッ
炎を纏ったココアの拳が、コアを砕いた。それと同時に、胴体から大量の砂が弾けた。
【ヴァァァ!!】
先程よりも苦しげな声が漏れる。残るは、頭部のみ。
浮かぶ頭をドルが見上げると、その頭上に影が浮かんでいるのが見えた。ドルは口角を少しあげると、ぽつりと呟いた。
「……最後にええとこ持っていきよるわ」
そこには、高く飛び上がったユズがいた。ピエロの額。赤いコア目掛けて、ユズが剣を振り下ろす。
「【ディストラクション】!!」
ビキッ
パリンッ
【ガァウァァァ!!】
コアが砕け、狂ったようにピエロが飛び回る。砂が漏れだし、ボトボトとパーツを落としながら、ゆっくりと形を失っていく。
やがて。
――砂が落ちきった。
静寂が、戻る。
遅れていた音も。
ズレていた感覚も。
すべてが、元に戻っていた。
「おわっ……た……」
ユースケが呟くと、その瞬間、全員の肩の力が抜けた。部屋には、大量の砂と、ピエロの残骸が落ちていた。
「剥ぐ手間が減ったわ」
「……またそれですか」
開口一番、やはり売ることしか頭に無いドルに、ユズは呆れた視線を送る。
「こんなピエロ売れるのかな……」
「強かったんやから売れる」
「なんだ、その理論」
「お前に理論がどうの言われたくないねん!」
「うるせー」
「宝くじ先輩に一票です〜」
「メェさん?!」
さっきまでの緊迫した雰囲気無くなり、いつもの空気が戻ってくる。
全員が黙々と素材回収をしている中、ユズはふと足元を見た。砂の中で、何かがキラリと光った。
「……なんだ、コレ」
拾い上げて、砂を払うと、それは懐中時計だった。金色の装飾が光る、アール・デコ調のデザイン。秒針が、静かに刻まれていた。
アイテムのステータスを確認すると、名前が浮かび上がった。
「……【クロノスの懐中時計】?」
「なんや?!宝か?!」
ユズの声に目敏く反応したドルが駆け寄ってくる。それに続くように、こんどーとひつじも、ゆっくりと近づいてくる。
「なんやそれ、時計?効果は?」
「対象を1.5秒行動停止。幻術系スキルの効果上昇……?」
「つえーな」
「デザインもオシャレです〜」
集まって話す四人の姿を、ユースケとココアは遠くから眺めていた。
「……」
「……楽しかった?」
「え?」
ユースケがココアの顔を覗き込んで、にっこりと歯を見せて笑った。
「僕はね、すっごく楽しかったよ!」
「……」
心底から思っている、輝くような笑顔だった。ココアはその顔を見た後、一瞬だけ四人の方を見る。
「……そうね。悪くは、無かったわ……」
「へへ……。良かった!」
ココアは、無意識にあがっていた口角に気が付いて、頬に手を当てる。そんなココアを見て、ユースケが心底嬉しそうに、また笑った。
「……今回のMVPは誰や」
「誰とかねーだろ」
「みんな頑張ってました〜」
「いいや、俺や」
「はぁ?」
こんどーは呆れた顔でドルを見た。ドルは至って真剣な顔で続ける。
「俺が、チェーンアローで足止めしたから倒せたんや」
「それを言うなら、ユズがギミック見破ったからだろ」
「そこや」
「あ?」
ドルは帽子をとって、三人の前へ突き出した。
【ピヨ?】
帽子の上の東山が首を傾げる。
「こいつの、カウンターでラグが何秒なんかが分かったんや」
「いや、まぁ……」
「じゃあ、東山がMVPですか〜?」
「違う」
ドルが横に首を振って否定する。
「コイツの飼い主は俺や。つまり、俺がMVPや!!」
「はぁ……」
「せやから、その時計は俺のもんや!」
「ホントになんなんだよ、こいつ」
「これ貰って、どうするんですか〜?」
「売る」
「即答かよ!」
「やっぱ人としてダメだな、こいつ」
遠くで四人のやり取りを見ていたユースケたちが、肩を落とす。
「……やっぱり、ついて行く人間違えたかしら」
「……ハハ」
――それでも。
ドヤ顔のドル。呆れた顔のこんどー。怒っているユズ。ほわほわと笑っているひつじ。コロコロと変わるユズたちのの表情に、二人は目を合わせて笑いあった。
“破れ鍋に綴じ蓋”という言葉がある。
歪な者同士でも、噛み合えば力になる。
バラバラだった時間も。
バラバラだった六人も。
――今は、ひとつに重なっていた。
ふとユズは大事なことを思い出した。
「ところで砂の通行証は?」
砂の通行証のために、このダンジョンを攻略したのだ。キョロキョロと周りを見回しているユズに、ユースケが言いにくそうに口を開いた。
「……みなさんの足元です」
「え?」
ユースケの言葉で、四人は足元を見る。四人の足元には、踏まれてちぎれた砂の通行証があった。
「……」
「これ、もしかして……」
「……もう一回?」
「です〜」
「……実家に帰らしてもらいます」
「僕も帰ります」
「待て!俺らを見捨てんとってくれ幼馴染組!」
かくして、二度目の挑戦を余儀なくされた。ダンジョンから出ると、ハルトとユリが待っていた。手ぶらのユズたちを見て、鼻で笑った。
「格の違いを見せてくれるんだろう?」
「……いや……一回は攻略したんです……」
「なんて、見え透いた嘘ですの……。最低ですわ」
「ホントなんです……」
「君たちには失望したよ」
「信じてください……」
そうして、二度目に手に入れた砂の通行証は、エリアが解放されるまで、額縁に大切に飾られていた。
懐中時計は、ユズの腰に掛けられて、静かに揺れていた。
ランプの魔神に出会うまで、あと――。
第1章 完




