井の中の蛙大海を知らず
【運営からのお知らせ】
20××年3月21日0:00より、新エリア【アラビアン】の解放を予定。
それは突然の告知だった。
「新エリア、アラビアン……」
「なんか、砂の通行証が要るらしいで」
「ギルド内で、一人でも持ってたら良いんだろ?」
「よろしくお願いします〜」
「お前も行くんだよ」
「え〜」
「二ヶ月もあれば取れるやろ」
「……いや」
気楽に言うドルに、ユズが口ごもる。
「なんだ?」
「それが……」
ユズが詳細部分を指差す。それを見て、こんどーたちは顔を歪めた。
「……砂時計の回廊」
「げっ……」
「あ〜……」
――砂時計の回廊
ユズたちの居る、ヨーロピアンエリア随一の超高難易度ダンジョン。
四人は、一年ほど前に挑戦して、全滅寸前まで追い込まれた。
「いや……でも、俺らも強くなっとるやん?今なら行けるんちゃう?」
「ポコちゃんも居ますしね〜」
「いや……」
楽観的なひつじとドルの言葉を否定する声が響いた。二人が振り返ると、ユズとこんどーが真剣な顔で考え込んでいた。
「……正直、ギミックが分からねぇ」
「……今思い出しても、攻略できる気がしません」
「ゴリさんでも、わからないんですか〜?」
「……ああ」
こんどーが見抜けない罠。ひつじの眉が下がった。
「……あの時」
こんどーが呟く。
「攻撃が当たる瞬間に“ズレた”」
「……はい」
ユズが小さく頷く。
「避けられたんじゃない。……時間が、飛んだ感じでした」
少しの沈黙の後、ドルが口を開く。
「でも、行きたいんやろ、新エリア」
「……はい」
ユズが新エリアに行きたい理由。それは、新エリア紹介文に記されていた、ランプの魔神の存在が原因だった。ランプの魔神がなんでも三つの質問に答えてくれる、と。
「ランプの魔神に聞けば、星空の街への行き方が分かるんじゃないかと思って……」
「まるでアラジンです〜!私も会いたいです〜!」
「金になりそうな話や、俺も行くで」
「俺は、新エリア自体も気になる」
四人とも、理由は違えど新エリアに行きたいということは一致している。しかし、問題は砂時計の回廊をどう抜けるかだ。
「……俺らだけじゃ無理やな。人数増やすか」
「数打ちゃ当たるの法則だな」
「……ユースケくんとココアさん、呼びますか」
「賑やかになりますね〜」
ニコニコと笑うひつじ。ひつじは早速フレンド枠から、二人に通知を入れる。
【ログインしてくださ〜い】
「文面でもその話し方なんだな」
「癖です〜」
「……来てくれますかね」
少し不安げなユズの隣で、ドルは慣れた手つきで弓の手入れを続ける。
「来るやろ」
「……なんでそんなに自信あるんですか」
「あの二人、メェちゃんを信仰しとったからな」
「信仰?!」
「ポコちゃん信仰や」
「カルトすぎる……!」
しばらくすると、勢い良く扉が開いた。ドルの言う通り、ユースケとココアがやって来た。
「お姉様、どうしましたか?!」
「大丈夫ですか?!」
「ほら来た」
ドルがユースケとココアの方を顎で示す。
「お姉様ってなんだ?!」
「溢れ出るカリスマです〜」
「溢れてるのは脳みそだろ」
「あ〜ん、ゴリさんのいじわる〜!」
ユースケとココアは、息を整えながら四人の方に近付いていく。
「急にお姉様からメッセージが来たんで驚きました」
「何かあったんですか?」
「ああ、いや……。そんなに大したことじゃないんだけどね」
ユズは新エリアと砂時計の回廊について、二人に簡単に説明をする。
「……つまり、私たちにも強くなれと」
「そんなところだな」
「僕たち、まだ始めて半年しか経ってませんよ……。それなのに、メェさんたちだけで倒せないような強いダンジョン入れません……」
眉を下げているユースケに、ユズが近づく。ユズの意志の強い目が、ゆっくりとユースケの視線と重なる。
「だから、だよ」
ユズは静かに言った。
「僕たちだけじゃ、無理だった」
「それなら……」
「でも」
ユズはユースケの言葉を遮る。
「でも、六人なら……攻略できる」
ユースケとココアの目を見ながら、ユズが言った。誰も言葉を発さない。この場の誰よりも真剣に、次のステージに行きたいと願うユズの力強い声が、ギルドに落ちる。
沈黙が流れる中、東山が机の上に飛び乗った。
【ピヨヨッ】
「わっ!……ひよこ?」
「……可愛い」
「ごめんごめん、東山も入れて七人だね」
「東山?!」
「もっといい名前はなかったの?!」
「これには深くて浅い理由があるんや……」
「それ、どっちなんですか?!」
【ピッ】
先程の剣呑とした雰囲気は霧散し、ココアがため息を吐いた。
「……仕方ないわね」
「ココちゃん……」
「お姉様の頼みですもの。ね、ユースケ」
「……分かった、僕も頑張ってみる」
二人の返答に、ユズの顔がほころぶ。
「ありがとう、二人とも」
「ありがとうございます〜」
「あと二ヶ月ある、鍛えるで」
「素材庫、好きに使え。足りねぇなら、俺が取りに行く」
「ありがとうございます」
「頑張ります!」
初めて、六人の足並みが揃った。
【ピヨッ】
七人目も、しっかりと同じ方向を見ていた。
“井の中の蛙大海を知らず”という言葉がある。
一度大海を知ったカエルは、もう一度大海を目指す。
――今度は溺れたりしない。




