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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第一章 転機の日
20/28

帰路へ_2

 馬車からほんの数十メートル程のところに、ガロナのいう変なおっさんの姿はあった。


 確かに変だ。


 顔をぱんぱんに腫らし、拳や服には乾いた血がこびりついている。


 その男はフェリトナを見るや、すぐさま足下まで駆け寄り、膝まづく。


「あぁ、あなた様がフェリトナ・オーロード様ですな!何とお美しい!お会いできて光栄の極みでございます!わたしは、この街で服屋を営んでおります、カルロ・ボアロと言うものでして、この度はわたしの我が儘に……」


「面倒な挨拶は不要よ。あなたに何を言われたって嬉しくないもの。要件はなに?」


「は、はい。では、失礼ながら。先程そちらの奴隷が逃げたというお話をお聞きしまして……」


 ちらちらと上目遣いで自分の様子を伺ってくるボアロに対し、フェリトナは嫌悪感を覚える。


「それでですね、どうやらその逃げた奴隷とやらが、わたしのマリンを奪って逃げよったのです……」


「マリン?」


「はい、わたしの買った奴隷の娘です!」


「ん?あ!思い出した!こいつ、フェリトナ様の前にあのティナ族の奴隷買ってったやつっすよ!なんか、めっちゃきもいっすね!」


 ガロナが、思い出したことと思ったことをそのまま口にする。そして、ジェスもそれに続く。


「わたしも、そんな気はしたが……顔が違いすぎではないか……」


「どうなの?」


 フェリトナは、聞いた方が早いとばかりに、ボアロに向かって簡潔に質問を投げる。


「えぇ、おっしゃるとおり、わたしがそのティナ族の娘を買った者でございます!」


「ふーん、あなたが……ちなみに、その服や手についている血は誰のもの?」


「え?あぁ、申し訳ございません。お見苦しいところを……まぁ自分の血もありますが、大半は裏切りを働いたわたしの奴隷のものですな」


「……そう。変なことを聞いたわね。で、話を戻すけど、わたしに何か用かしら?」


「えぇ、たいへん申し訳にくいのですが、確か契約書によると奴隷が犯した罪はその所有者に責任が帰属すると書いてありまして……その……」


「……」


「つまりですな……そちらの奴隷がわたしのマリンを連れ去ったわけでして……その賠償をお願いしたいといったところです……まぁ、かの吸血鬼の王族の方からしたら、大した額ではないと思うのですが……何卒ご容赦願いたく……」


 この言葉に、最初に反応を見せたのはジェス。


 剣の柄に手をかけ、ボアロに詰め寄る。


「いい度胸だ……死んでもなお、同じ口がきけるか試してやる」


「ひぃ……」


 剣を抜き一閃を放とうとするが、刀身が鞘から出る前に、フェリトナによって止められる。


「フェリトナ……様?」


「下がってなさい、ジェス」


 フェリトナは、そう言いながらジェスとボアロの間に割って入る。

 ジェスの行動に腰を抜かし、目を白黒させていたボアロは、状況を飲み込むや、顔を真っ赤にさせて怒鳴り声をあげた。


「んな、どういうおつもりですか⁉いくら王族とは言え、非常識にもほどがありますぞ!このようなことが、許されるとでもお思いなのですか⁉」


「ええ、許されると思うわ」


「!?」


「この世は弱肉強食。弱いものが強いものに淘汰されるのは世の常。だから、あなたも奴隷を買って、いたぶっていたのでしょう?ただここでは、あなたが弱者でわたし達が強者。次は、あなが苦痛を受ける番ということね」


「な、なにを……言って……」


何を言っているのか理解できないといった様子のボアロは、無意識なのか後退りをして、フェリトナとの距離をとろうとする。


しかし、フェリトナの目から放たれる殺意を感じとったのか、その顔はみるみる恐怖の色に染まり、終には足をもつれさせ尻もちをつくボアロ。


「わたしは今とっても機嫌が悪いの」


「そ、そうでございましたか……いやはや、ここは日を改めた方がよろしいようですな……」


「その必要はないわ……」


「へ?」




一瞬の静寂。




「うぎゃあぁあぁぁぁぁああああ!足!あしがぁぁぁあ!!痛いぃぃぃ!足ぃぃぃがぁ!」


「うるさいわね……」


「ふ、ふざけるなぁぁ!わしの足ぃぃぃ!!ふー、ふー!貴様らぁぁ、こんなことしてただで済むとぉぉ、お、お、思ってるのかぁ⁉」


「あなた、何を言っているの?わたし達がやったという証拠でもあるのかしら?ジェスは剣を抜いていないし、ガロナもあそこから動いていない。わたしにいたっては、武器すら持っていないわ。それで、どうやってその足を切断できるのかしら?自作自演はやめてくれる?ふふっ」


「はぁ、はぁ、そ、そんなことが通じるとぉぉぎゃぁぁあぁぁああぁあああぁぁぁぁ!!!手!手!てぇがぁああぁぁぁぁぁ!わしのわしの手ぇぇぇえぇええぇぇぇぇ!」


 ボアロはいつの間にかなくなってしまった自分の左手を必死に探す。


「あなたの後ろにあるのがそうじゃない?」


「ふー、ふぅ、くぅぅぅ」


 必死に痛みに耐え、這うようにして断絶された自分の左手に向かう。そして、右手を伸ばし、掴もうとしたところで、


「はひ?」


 右手が落ちた。


「あぁぁあぁぁアああぁぁぁぁぁアァ!!いやぁじゃあぁぁああ!!」


 泣き叫ぶボアロ。懸命に両手を拾いあげようとするも、手首から上のない状態ではそれも叶わない。


「びょう、ぼうわかっ!わがっだ!がら、ゆるじでぇぇぐぐぐでぁざぁぁい!」


「気の毒だわ……誰にやられたのか知らないけど……」


 フェリトナは他人事のようにどこ吹く風で、憐れんだ表情を作ってみせる。


「ぐぐぅぅぅぎぃぃ」


 そのまま、両手を懐に抱えるようにしてボアロはうずくまってしまった。

 右足と両手の切り口から、血が垂れ流しになっており、絶命するのも時間の問題だろう。


「ジェス、そろそろ帰りの支度をしてちょうだい」


「はい、準備の方は既に整っております。あとはフェリトナ様のお心次第です」


「そう……憂さ晴らしにもならないどころか、少し疲れてしまったわ」


「心中お察しします。帰りの道中、馬車でお休みになってください」


「そうさせてもらうわ」


「あ!あたし、肩揉みとかしますよ!」


「いやよ……あなた力加減が下手で痛いもの」


「えー、じゃあ姐さんどうっすか?」


「遠慮しておく」


「では、そろそろいきましょ。あなた達も疲れたでしょ。付き合わせてしまって悪かったわね……あなた達も馬車で休むといいわ」


「とんでもございません!フェリトナ様のお近くで使えることこそが、至高の幸せなのです!それなのに、お側にいながら今日のような失態をっ!」


「あたしも!あたしもです!姐さんとまったく一緒です!」


「ありがと!感謝するわ。でも、あとの仕事はそこら辺の男に任せて、馬車の中で休みなさい」


「滅相もありません!お心遣い感謝いたします!」


「あたしも、姐さんと言いたいことまったく一緒です!」


「お前も少しは、自分で考えてものを喋らんか……あと、その呼び方やめろ」


「姐さんが、あたしが言おうとしてたこと盗ってくんすよ!」


「嘘をつけ……脳筋」


「ひどいっす!それ!」


「そう言えば聞いたぞ、ガロナ。この前、お前のことを影で脳筋呼ばわりしていた男を半殺しにしたらしいな……まったく、問題を起こすなとあれほど……」


 フェリトナは、二人のやり取りを横目にボアロの方に意識を向ける。既にこと切れてしまったのだろうか……ぴくりとも動かず、悶え声すら聞こえなくなってしまった。


 血溜まりに、浸るボアロ。


 フェリトナは、それを見ても特に思うところはない。虫の死骸と同じだ。


 フェリトナにはこの世で二つ、大嫌いなものがある。

 その内の一つが人間だ。三大種族である吸血鬼、人間、エルフが覇権争いをしているという事実を抜きにしても、フェリトナは人間が嫌いだった。


 そして、目の前の男は、そんな人間の醜い部分、フェリトナの嫌いな要素を詰め込んだような存在。


 弱いくせに、プライドだけは高く、強者には媚びへつらう。そしてなにより、自分たちが強者だと勘違いしているところに虫酸が走る。


このボアロという男もそうだ。


 下手に出てはいたものの、結局は利を得るための手段に過ぎず、内心では強者からさえも詐取する算段を考えるほどの傲慢さを持った生き物だ。


(死んで当然ね……)


 そんなことを思いながら、何となくボアロの屍を見つめていると、ぴくりと残った左足が動いたような気がした。

 単なる痙攣かとも思ったが、耳を澄ませば、微かな呼吸音と心臓の鼓動が聞こえる。


(驚いたわ……まだ、息があったのね)


 虫の息であることは間違いない。既に意識や痛みもほとんどないだろう。

 ここで、虫に向ける程度の感情しか抱かないフェリトナにも、少しの罪悪感が芽生える。冷静になった今、思い返してみれば、あれは少し八つ当たりだったのかもしれない。


「はぁ、わたしも、まだまだ子供ね……」


 そう独り言を言いながら、せめて楽にしてやろうととどめを指すべく近づいていく。


 しかし、ここでふとくだらないことを思い付いた。


 やってみる価値はあるかもしれない。

 ただ、あの様子では手遅れの可能性もあるが……


(手ぶらで帰るのも不自然だし)


 思案もそこそこにして、さっそく行動に移す。


「ジェス!面白いことを思い付いてしまったわ!」


 いたずらを思い付いたときのような笑顔を見せるフェリトナは、ジェスを含む数人の部下を集め、命令を下す。ジェスは、一瞬驚いたような顔をしたが、即座に行動を開始した。


(暇つぶしくらいにはなるかしら……)


 一通りの説明と命令を終えたフェリトナは、一人馬車へと向かった。


 途中、夜空を見上げるフェリトナ。

 さっきまで、顔を覗かせていた月は今はもう見えない。


(今夜は雨ね……)


 今日で何度目かのため息……明日からのことを考えると憂鬱だ。

 まだ、近くにいるのだろうか……

 きっと雨が降れば、同じ雨にうたれるに違いない。


「リン……」


 ぽつりと呟く。

 ぽつりと滴が落ちる。雨だろうか……それとも……


 それから程なくして、吸血鬼の王族、フェリトナ・オーロードは帰路についた。

 馬車の中で深い眠りにつきながら……



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