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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第一章 転機の日
19/28

帰路へ_1

「フェリトナ様!お体の方はいかがでしょうか⁉」


 フェリトナが上体を起こすやいなや、ジェスが心配そうに顔を除き込んでくる。


「あれ?えっと……」


 馬車の中。

 フェリトナは、覚醒したばかりの頭の中から無理矢理記憶をたどり、憂鬱な気分の原因を探る。


「そうだったわね……はぁ、今日は散々な一日だったわ……でも、もう大丈夫よ。心配かけたわね」


「フェリトナ様……」


 思い出すなり、余計に気分が落ち込んだが、ジェスの顔の方が余程重症に見えたのが可笑しくて、少し気が晴れたような気がした。


「わたしは、どれくらい寝ていたのかしら?それほど時間は経っていないように思えるのだけど」


「はい、ほんの十数分といったところです……それで、現在も捜索隊を出してはいるのですが……一向に行方がつかめず……」


「そう……仕方ないわね」


「申し訳ございません!わたしが、付き添いながら、このような失態を!」


「いいのよ、ジェスのせいじゃないわ。それに、今は少しだけ嬉しかったりもするの」


「嬉しい……ですか?」


「そうよ!だって、わたしの目に狂いは無かったってことでしょ!あの子こそ、わたしの旦那様にふさわしい方だわ!」


「そうでしょうか……わたしには、少し過大評価に感じます。相手が男だったから運が良かっただけのこと……例えば、わたしやガロナが相手をしていれば……」


「はぁ……頑固ね、ジェスは。確かにあなた達が相手だったらひとたまりもないでしょうけど……それでも、今の時点で、吸血鬼の男よりも強いという証明にはなったわ」


「まぁ、それはそうですが……」


「それに、わたしは器の大きい女なのよ!殿方の浮気の一つや二つ許してあげるくらいの器量がないと駄目なのよ!」


「フェリトナ様!王女であられる身でありながら、男に対してそのようなことを言ってはなりません!浮気をする男など八つ裂きで十分です!」


「物騒なことを言うのね……でも、ジェスにもきっと分かるときが来るわ……本気で好きになってしまったら、何もかも許せてしまうものよ」


「……わたしの方が年上なのに」


「ん?何か言った?」


「いえ!それよりも、そろそろ宮殿の方に帰宅せねば、数日後に控えているフェリトナ様の聖誕祭に間に合わなくなってしまいます……それに……」


「それに、お姉様達ね」


「はい。まだ猶予はございますが、念のため早めの出発を心がけた方がよろしいかと」


「そうね……わかったわ。残念だけど……」


「一応、何人かの捜索要員をこの街に置いておきますので……」


「ええ、よろしくお願いね……」


 そうは言うものの、あまり期待は出来ないだろう。

 ジェスの言うとおり、数日後にはフェリトナ自身の聖誕祭も控えている。内心では、面倒だと思いつつも、出席しないわけにはいかない。


 当初の予定であれば、今年は今までで一番最高の聖誕祭になると思っていた。

 リンというフェリトナが欲して止まないものが、手に入っているはずだったからだ。それが、転じて今までで一番最悪の聖誕祭になりそうだ。


 これ以上、考えるとますます憂鬱な気分になりそうだったので、気晴らしに外の空気を吸おうと腰を浮かせたところで、


「フェリトナ様ー、姐御ー、いますかー?」


 戸を叩く音と一緒に、外から気の抜ける声が聞こえてきた。


「まったく、あいつは……」


「ふふ、ガロナね」


 頭をおさえたジェスは、呆れた様子で馬車の戸をあけると、戸の前でへらへらと笑っているガロナに軽い拳骨をお見舞いする。


「痛ったー!」


「変な呼び方で呼ぶなと言っているだろう!あと、フェリトナ様の前で腑抜けた態度をとるな、まったく……」


「仲がいいのね、あなたたち」


 ようやくフェリトナにも少しずついつものような笑顔が戻ってきた。ジェスとガロナもそれに気づいたのか、顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。


「それで、そっちは終わったのか?」


「ん?あぁ、終わったさ、ほらね?」


 ガロナがひょいっと持ち上げた大検には真新しい鮮血がびっしりとついている。


「殺してはいないのよね?」


「はい!もちろんです!」


 フェリトナは大検についている血の量を見て、少し疑いの表情を見せたが、そういえば二人いたことを思い出し納得する。しかし、どちらにしても瀕死だろう。


「それで、フェリトナ様かわたしに何か用か?」


「あー、それがっすね……何か変なおっさんがフェリトナ様に会わせろって五月蝿いんすよ。ぶった切ってもいいっすか?」


「変なおっさん?」


 フェリトナは自分の顔見知りに、それに該当する者がいるか思い出すが、どれもしっくり来ない。


「はい、人間の変なおっさんです」


「それだけじゃ、わからんだろ……あと、ぶった切るのはひとまず却下だ」


「はぁ、あまり会いたくはないけど、会ってみないことにはわからないわね」


「わたしが、代わりに見てきますので、フェリトナ様はこちらでお休みになっていてください」


「いいわ、わたしが行くからジェスは付いてきてちょうだい。ちょうど外の空気も吸いたかったところだし」


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