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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.9
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9-23

 善は急げというもので、さっそく土曜日の午後には引越して来る事になった。掃除は寮監とウェンディがしておいてくれるというので、雪路とカレンは、荷物を纏めて持ってくることになる。

 「と言っても、そんなに荷物もないわよね」

 馬を一頭、ヘイダルの鉱山から借り受ける事にしたが、おそらくそれで運搬は事足りてしまうだろう、と。

 寮からの帰り道、カレンが言った。

 「そうだね。家具とか布団は備え付けだし、雑貨はせいぜい、中型ダンボール一個くらいかも」

 雪路は頷いて、何気なく続ける。

 「私は着替えも殆ど無いし」

 そう、自分で言ったところで、ハッとした。

 「そうだ、仕立屋!」

 土曜の夜の為に、駄目元で寄ってみるつもりだった事を思い出す。

 「あ!」

 このまま屋台街で夕飯を一緒に取ろうと寮を出て来たウェンディも飛び上がって思い出す。

 「あ……でも、もう、この時間じゃ……」

 ハッと呟いたカレンも含め、同時に三人で見上げた空には、既に夕日の名残も無かった。思った以上にお茶会で時間を過ごしてしまって、既に時刻は遅く、星と月が高い位置で瞬いている。

 「……閉まっちゃってるね……」

 ぼそりと、雪路が呟くと、気まずそうにカレンとウェンディは頷いた。

 「明日……でも、土曜に間に合うかな……?」

 たかが一日、されど一日である。縫製に掛かる時間を想像せると、二十四時間というのは、かなり大きい気がした。

 「ごめんなさい……。うっかりしてたわ」

 お茶を切り上げるよう言うべきだったと落ち込むウェンディに、そんな、と慌てて首を振る。

 「私も自分の事なのに忘れてたし。お茶、楽しかったから……」

 すると、この先の屋台街に続く交差路までは一緒にと横を歩いていたフロールとヘイダルは、不思議そうに三人を見た。

 「仕立屋がどうかしたのか?」

 「着替えが殆ど無いって、どういうことだい?」

 それぞれ疑問点を口にした二人に、あっ、と雪路は口元を抑える。服を殆ど全部、駄目にされてしまったことは言っていなかったのだ。

 「……もしや、嫌がらせの関連か?」

 既に、会話の内容からだいたいの事は察されてしまったらしい。そういえば、雪路が近頃同じような服か、工女達の衣装を着回していたことも、予想を容易くしたらしい。

 「……雪路、君、もしかして服を全部盗られたとか?」

 流石に深刻に心配げなフロールと、眉間に深く皺を寄せたヘイダル。下手に隠し立てしても、余計に不安を煽るだろうと、そこで雪路は観念した。

 「……ええと、実は、決闘の前の事なんですけど……」

 服を全て切り裂かれた事と、今週末に、出来れば一着、見栄えの良い物が欲しい予定が入ったのだ、という事を白状する。

 「……洒落にならんな」

 話を聞いたヘイダルは、ますます苦い顔をした。

 「勝手に他人の部屋に入って、私物を破壊する、と。……それはもはや、嫌がらせを通り越して、盗難と同等以上の犯罪じゃないのか?……となれば、俺が介入出来る領域では」

 「そ、それはちょっと!ありがたいですけど!」

 元が実直なのも手伝って、だいぶ立腹の様子に、まぁでも、と雪路は慌てて苦笑いする。

 「あの、たぶん、逆効果ですし……。過ぎた事ですから……」

 「過ぎてないよ」

 フロールもいくらか厳しい表情で言った。

 「現に君、今、困っているだろう?土曜日、服が必要だ、って」

 「それは……まぁ、あれば良いな、くらいなので……」

 内心では絶対に欲しい、くらいには思うけれど。ショボンとした気持ちを押し隠して笑う雪路の肩を、ウェンディとカレンがポンポンと摩ってくれる。

 数秒、無言でフロールとヘイダルは顔を見合わせた。彼等としても、今更にその事で花嫁候補達に自分達が何か言ったところで、根本的には解決しないどころか状況を悪化させるのはわかっている。ならば、目下、不機嫌になるより、何か手を貸してやれることはないかと思案して。

 「ああ、そういえば」

 不意に、フロールは紅玉の目を見開く。

 「そうだよ、あれがあるじゃないか」

 「あれ?」

 聞き返したカレンに、ああ、と少し柔らかい笑顔を取り戻して。

 「ほら、昔、エリックとかニコロが、服装の文化基準をもうちょっと幅広くできないか、って提案して。仕立屋達の勉強用に、魔法界とか地球から、大量に服を仕入れた事があったよね?」

 「ああ、確かメルヴィンが、保管の魔法を掛けて管理していたな」

 ヘイダルも思い当たったのか、パチリと目を瞬く。

 「あれの中からだいたいの体型に合う物を選べば、ちょっと丈だけ直すくらいなら、仕立屋に頼めば半日も掛からないんじゃないかな?」

 フロールの言葉に、ぴくりと雪路は顔を上げた。

 「ある物から選ぶ事にはなるけれど、どれもほぼ新品だし、良いものばかりだけど、どうかな?」

 「すごく、ありがたいです」

 元より、店にある既製の服を買うのが普通だった現代人の雪路からすれば、ある物から選ぶ事に不満などない。要はマネキンに着せていた特別な服を卸してくれようということなのだから、渡りに船だった。

 「それならメルヴィンには話をしておくから、明日の夕方に、メルヴィンの鉱山においで」

 ニコリとフロールは改めて微笑む。

 「もちろん、ウェンディやカレンも、もし興味があったら一緒にね」

 「ありがとうございます」

 ソワソワと興味ありげにしていた二人は、パッと頷いた。雪路としても、あまり関わりの無いメルヴィンの所となると、何となく一人では行きにくいので嬉しい。

 引越しに加えて、土曜日の服装についても少し見通しが立ってきたと。星を見上げて安堵した。


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