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コンコン、と、木製の扉をノックする。
ピタリ、と、途端に賑やかな声が止んだ。
「なぁに?どうぞ」
一瞬の間の後、女の子の声がして、雪路はゆっくりと扉を開いた。
「こんばんは」
落ち着いた色の絨毯が敷かれた部屋に、一歩踏み込む。スズラン型のレトロな電気が下がった広い部屋は、明るく照らされていた。ソファーや安楽椅子が幾つも置かれ、あちこちに、十代半ばから二十代に差し掛かろうかという年頃の少女達が散らばっている。
トランプやボードゲーム、化粧品を手に、各々、寛いでいたらしい。
一瞬でその場の視線が雪路に集中した。
そして、ふぅん、と、声が上がる。
「貴方、さっきメルヴィン様の御使いが来た、新しい花嫁候補?」
部屋の奥、赤々と燃える暖炉に一番近いソファーに座っていた少女が問い掛けた。栗色の巻き髪に薄い緑の瞳を持った、雪路と同じ年頃の少女。
「そうです」
おそらく、これが〝リーダー〟、イザベラとやらだと察して、雪路はなるべく当たり障りない微笑みを浮かべた。
「花都 雪路です。よろしくお願いします」
「私、イザベラよ。イザベラ・カーター」
イザベラはニコリと微笑んだ。
「一応、私、先輩だしね。分からないことがあったら、何でも聞いて頂戴」
そうして、チラリと部屋の中を見回す。
「皆も、仲良くやってあげなさいよ」
すると、よろしくね、仲良くやりましょ、とあちこちから声が上がった。
「ありがとうございます」
反射で軽く会釈すると、ふふ、とイザベラは笑った。
「そんなに緊張しなくていいわよ。気楽にやりましょ、砕けた喋り方していいのよ?」
「う、うん」
思ったよりは好感触だぞ、と、雪路はホッとして頷いた。イザベラがどうやら歓迎判定を下したと悟った他の花嫁候補達も、一瞬漂っていた硬い空気を解いている。
「今日はもう休む?」
「うん。少し……びっくりして疲れちゃって……」
「そう。じゃぁ、おやすみ。シャワーはホールの向こうよ」
「ありがとう」
礼を言いながら、想像より遥かに付き合い易そうじゃないか、と、雪路は盛大に内心で安堵の息を吐いた。
誰も逆らえない最有力花嫁候補だと言うから、果たしてどんな典型的な暴君女王が出て来るかと思ったけれど。これくらいなら、確かに何となく上から目線ではあるが、暴君と言うほどではない。
「おやすみ」
無事に挨拶は終わったぞ、と廊下に向き直った時。
「ああ、でも、雪路」
イザベラは不意にそう言って雪路を呼び止めた。
「ねぇ、雪路、花嫁候補の条件は知ってる?」
「え?」
振り向くと、長い巻き髪を背中に払って、ふふ、と、豊かな胸を反らす。
「魔女の素質があること、そして、ある程度以上に容姿が美しいこと、よ」
パチパチと目を瞬いて雪路は部屋をそおっと見た。
確かに、国籍、肌や髪、瞳の色、色々な特徴がそれぞれ異なる少女達ではあるけれど、皆、美醜で言うなれば美しいと括られる少女達ではあった。
「魔女様だって、御自分の後継者、しかも御子息の花嫁に、ブスなんて嫌でしょう?」
イザベラはそう言って、自分の前髪を摘んで見せた。
「貴方も子供っぽいけど可愛い顔してるんだから、そのダサい前髪、せめて切り揃えた方がいいと思うわ」
反射で、雪路は竜の爪で切られた前髪を抑えた。
「花嫁候補は身嗜みが基本よ、しっかりね」
ニッコリ笑うイザベラからは、悪意なのか本気のアドバイスなのか察しにくいところがあったけれど。
「ありがとう。そうする」
どちらにしても最善手はコレだろうと、雪路は人が良さそうに素直に、笑って頷いておいた。
(これ、やっぱりちょっと面倒臭い人だぞ)
数分前の評価を改め、内心でちょっとゲンナリ息を吐いてはいたけれど。