9-14
「体調、悪くなってませんか?」
火曜日からはフロールの補佐だった。昨日よりは少し顔色が戻ったものの、やはりなんとなく具合の悪そうなフロールに、雪路は朝から定期的に確認を取っている。
「大丈夫だよ。おかげさまでね」
執務机に向かったフロールは、そう言って笑った。
「それより、君は大丈夫かい?熱っぽくなってきたりは?」
「あ、いえ、大丈夫です」
罰悪く頷いた雪路は、いくらかサイズの合わない鉱夫用の作業着を羽織っている。
扉を塞がれるという嫌がらせは、なかった。けれど今朝方、玄関から出た雪路の頭上には冷水が降って来たのだ。玄関ポーチの屋根に細工がしてあって、玄関扉が開くと、ポーチ屋根の梁影に隠して設置したバケツがひっくり返る仕組みになっていたらしい。
決闘前に急ぎで誂えて貰った服を着回している状況で、特にコート、水を被って一番濡れてしまった物は、他の服を切り刻まれてしまった時に着ていて助かった一着しかない。
泣く泣く、寒空の下をコート無しで通勤して来た雪路を見て、フロールはじめ、鉱夫達も、風邪でも引かないかと気の毒がって気を使ってくれているわけである。
「……前々から、花嫁候補達の中で、揉め事というか……嫌がらせや上下関係が出来てしまっているのは、感知してたんだけどね」
フロールは少し曇った表情で呟いた。
「……言い訳になるけれど、僕も含め、皆それぞれに思うところあって、なかなか介入には踏み切れなくて……」
「それは仕方ないですよ。だって、皆さんが下手に介入したら、逆に悪化した可能性も高いですし……」
もうそれ自体が一種の秩序になってしまっているような閉鎖的な集団内部の序列問題は、外から強制的に直そうとしたって上手くはいかないのだ。表面上は綺麗になるかもしれなくても、それこそ、綺麗な表面の裏側、見えないところで、外部に気付かれないよう、更に陰湿に深刻化する可能性だってある。
先生が怒ったくらいで解決するのは、せいぜい小学校低学年の喧嘩まで。それ以降は、たとえ表面上は握手して謝り合っても、本当に本人達が納得しない限り険悪な空気が消えることは無い。
内側……花嫁候補達が、何かあって変わらない限り、改善はないのだ。
魔女の子息達が下手に介入しなかったのは、どんな思惑であれ、結果的には間違っていない。
「とは言っても……。毎日何かされて、普通の生活がままならない、なんていうのは問題だ」
フロールはウーンと唸った。
「生活圏全体が敵地みたいなものだし……」
「それは……確かに、何とかしないと、とは思うところですが……」
フロールが唸りながらも器用に処理する資料を、受け取った端から纏めて整え、雪路はちょっと考えた。
(自分の部屋すら、絶対安全圏じゃないのは、確かにちょっと辛いものあるよね……)
仕立屋に更に新しい服を頼んで作って貰っているところではあるけれど、それもこのままでは自室には置けないだろうと考えていた。
(ウェンディに預かって貰うのも……お互い不便だしなぁ……)
決して広くは無いという工女の寮に暮らしているウェンディだから、きっと雪路の服まで置くとなると、受け渡しの手間に加えて空間的な負担も地味に大きい気がする。
そこまで考えて、ふと閃いた。
「そっか、寮……」
ポンと手を打つ雪路に、え、とフロールが怪訝に振り向いて。
「いっそ、引越しちゃうのも、手か」
カレンが、つい昨日言っていたではないか。居場所は、あの屋敷だけではなかったのだ、と。
「工女の寮に空きがないか、ウェンディに聞いてみよ」
名案だと、うんうん頷く雪路を、フロールや鉱夫達は目を丸くして見詰めた。




