9-13
寮に戻ってみると、丁度カレンが玄関ホールに下りてくるところだった。その手にモップとバケツがあるのを見て、雪路は何となく嫌な予感を覚える。
「あ、雪路、おかえり」
気付いたカレンがこちらを見たので、ただいま、と答えて。
「あの……それ……」
「ああ……」
モップを示すと、少しだけ気まずそうに、カレンは小さく俯いた。
「……廊下……私と、貴方の、部屋の前……、ちょっと汚れてたから……」
「ごめん、私の所までやってくれたんだ……」
「いいのよ。雪路が謝る事じゃないし!」
慌ててバケツを持とうと近寄ると、苦笑いしてカレンは首を左右に振る。
「……私はともかく、雪路はさ、決闘であれだけ勝ってみせたのに。……相手も往生際が悪いっていうか、なんか、悔しい……」
ふぅ、と溜息を吐くカレンに、うん、と雪路も苦々しく頷いた。
「何か劇的に変わるとは思ってなかったけど……」
少しは、嫌がらせを戸惑う様になったりはしないだろうか、と、そういう希望はあったのだ。けれど、おそらくゴミなり土なり、部屋の前に撒き散らされていたらしい様子からして、希望は叶わなかったらしい。
「一対一の決闘じゃ雪路には敵わないと思ったんでしょうね。でも、だからこそ、こういうので押し切って潰してやる、って、逆にムキになってるのかも……」
カレンは肩を竦め、掃除用具を片付ける為に歩き出す。バケツもモップも渡して貰えなかったけれど、慌てて雪路が横に続くと、軽く笑った。
「早く片付けて夕飯に行かないとね」
「うん」
ウェンディも待っているはずだと気を取り直した雪路に、カレンは少し緊張したように小首を傾げる。
「私、鉱夫や工女とゴハンなんて初めてなんだけれど……」
「ちゃんと紹介するから大丈夫だよ」
「うん……」
頷いたカレンは、少しだけ考え込むように廊下の床を見詰めた。
「……今まで、ここしか居場所はないと思ってた」
だから、食堂も風呂場もどれだけ嫌がらせされても、ここしかないのだと、必死に耐えて、なんとか使える時を伺っていた、と。
「でも、確かに、考えてみれば、外には食堂だって、お風呂だって、別にあったんだもんね」
そこに踏み込む勇気やキッカケを、掴めないだけだったのだと、小さく笑う。
「今更だけどね、雪路に声掛けて貰えてよかったわ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
素直な感謝に、どうして良いかソワソワと頷くと、またカレンはケラケラと笑った。
「雪路って、結構バリバリ言うべきことは言う、負けん気が強い子かと思ってたんだけど。案外、ソワソワしてて可愛い感じね」
「え」
「誠様って、意外と、そういう可愛いタイプが好きでいらっしゃったの?」
その言葉に、雪路はパチリと目を瞬いてから、苦笑いして首を左右に振る。
「あー、なんか、私の本命、誠さん説が有力らしいけど……。あの、実は、違うからね?」
「え?」
目を瞬いたカレンに、誠さんはお兄ちゃんみたいなもの、と呟いて。
「……あの誠様をお兄ちゃんって……」
一瞬、絶句したカレンは、次の瞬間にはコロコロと笑い出した。
「わかった。雪路って、変な子なんだ」
「え、ちょっと、どういう意味?」
心外だと膨れる雪路に、カレンはコロコロと構わず明るく笑い続けていた。




